極道と日本国の盾

「ちょっとぉっ、この人達、ホントは、ゾンビなんじゃあないのっ!?」


聖戦の名の下に、痛みや苦しみにくみすることなく、死すらも恐れるに値せず、ただひたすらに向かって来る信徒達。むしろ、それすらも、殉教者として、あつい信仰の証となる。


信仰に命を賭ける、自らの行為に酔いしれ、興奮のあまり、痛みすら感じなくなっているのかもしれない。


脳内分泌物が出ている時の石動と、同様のことが、今、信徒達にも起こっているのだ。


そして、どれだけ負傷しようとも、ヒーリングで復活を果たすその姿は、まさしく、ゾンビと言ってもいい。神を信仰する者達のはずではあったが。



最初こそ、空からの奇襲攻撃が成功し、優勢だったものの、今では、クルセイダース達に押され気味で、窮地に立たされている。


数の差もあるが、やはり一番の原因は、敵のヒーラーの数だった。そのお陰で、即死させる以外に、敵の数を減らす術がない。さすがに、クルセイダースの全員が、ヒーリングを使う訳ではなかったが、それでも複数人が、常時ヒーリングを使っている。


「やはり、ヒーラーを何とかしなければ、なりませんかね」


とは言っても、敵のヒーラー達は、部隊後方で、多勢の兵士達に囲まれて、鉄壁の防御態勢が敷かれている。そこまで、辿り着くのも容易ではない。


-


「そういえば、うちのヒーラーは……」


マサが見やると、物理防御壁を遠隔操作で動かし、敵どもを防御壁でなぎ倒しているアイゼン。


「そりゃ、まあっ、攻撃は最大の防御と言いますが……随分と、あれな、防御壁の使い方ですね……」


「あらっ、ちゃんと、ヒーリングだってしてるわよっ、自動オートヒーリングですけどねっ」


「ダークエルフちゃんの生命エネルギーを感知して、ターゲットに命中率補正をかけるって話を、応用したのよっ」


実際に、元剣闘士達が怪我をすると、すぐに自動で回復されている。


「味方の生命エネルギーを感知して、弱ったらターゲットである味方に向かって発動するのよっ」


「やっぱり、あたしってばっ、癒しの天才なんじゃあないかしらっ」


しかし、マサは、はしゃいでいるアイゼンをそっちのけで、空を見上げていた。


「どうやら、間に合ったみたいですね」


-


空を飛ぶ鳥。はじめは、ただの鳥だと思い、誰も気にしてもいなかった。


だが、それは、こちらに近づくにつれて、次第に大きくなって来る。


翼竜よくりゅうにも似ている怪鳥かいちょう


「なあっ、あれっ、ダークエルフのあねさん、ちゃうかっ?」


空を見上げたサブは、そのことに一早く気づく。


「あらっ、よく、あんなとこ飛んでる鳥の、そんな細かい所まで見えるわねえっ」


ビーストマスターが操る、両翼十メートル級の怪鳥かいちょう。その脚に、体をくくりつけているダークエルフの女ストヤ。


「なんやっ、ダークエルフのあねさん、鳥の脚に、縛り付けられてるみたいやけどっ、新しいプレイかなんかやろかっ?」


「あらっ、やだっ、若頭にそんな性癖があったなんて、知らなかったわっ……本人同士が、それでいいんなら、あたしは何も言わないことにするけどっ」


その姿は、石動も確認していた。


「おうっ、あいつも、ついに、俺に抱かれる気になったかなっ」



体を括りつけているのは、当然、両手を使うためであり、ストヤの手には、ダークエルフ専用のスナイパーライフルが握られている。


「勇者殿の女になるという話は、まだ返事保留中だが……」

「しかし、返事をする前に、死なれてしまっては、困るのでな」


ストヤがトリガーを引くと、間も無く、地上のヒーラーが一人倒れる。頭を撃たれて、即死だ。


「おうっ、いいじゃねえかっ、極道の女らしくなって来たぜっ」


「あの高度を移動しながら、長距離狙撃……まぁっ、普通は、そんなの絶対当たらないんですけどね……あのひとの命中率補正、えげつないんで」



敵はすぐに、物理防御壁を、ヒーラーの頭上に展開したが、怪鳥を移動させながら、いろんな位置や角度から、物理防御壁の隙間をついて、狙撃手が狙って来る。


「もう少しだけ、右に回り込んでくれ」


「おうっ、任せておけ」


ストヤの指示に、ビーストマスターは、怪鳥を旋回させる。


自らが移動しながら、敵のヒーラーが、物理防御壁からわずかに外にはみ出す、位置と角度、その瞬間を、ストヤは狙い撃つ。


まるで、最初から、ピンポイントで当たる唯一の軌道が見えているかのような弾道。ストヤが放った弾丸はヒーラーの頭を貫いた。


-


ヒーラーの数が減り、兵の回復速度が、殺される速度を下回った時、形勢は逆転する。


転生組のクルセイダース、立花は、全身に、じっとりとした嫌な汗をかいているのを感じていた。


まるで、獰猛どうもうな魔獣にでも睨まれているみたいな、戦場では、これまで感じたことがないような殺気、ピリピリとした空気が、肌に突き刺さる感覚。


咄嗟に、立花が振り返ると、大きなこぶしが左頬をかすめる。その風圧だけでも、倒れてしまいそうな威力。


手にする剣を振り下ろしたが、すでにそこに敵の姿はない。


次の瞬間、飛んで来た頭突きが、立花の顔面にヒットする。そして、間髪を入れずに、足の裏で腹を蹴り飛ばす、ヤクザキック。


立花は、後ろに転げ回る。



それを見た副長の十文字が、すかさず助けに入るが、石動の大きな右手が、首を喉輪で掴み、十文字の体を持ち上げる。


「グハッ!」


喉を掴む手に力を込める石動、そして、そのまま、十文字の体を、真横に投げ飛ばす。


筋力五倍の前提条件が同じであっても、石動は圧倒的に強い。


元の力を一とするならば、五倍にしたら五になる。

だが、元の力が二であれば、五倍にすれば十になる。

決して、その差が縮まることはない。

そして、石動の元の力は、二どころではない。



左肩に十字の紋章を持つ、銀の鎧を着たクルセイダース。石動は、彼等を集中的にマトにかけた。


敵のヒーラーが回復させたところで、全く問題はない。またぶちのめすだけ。何度でも。


「父さん、母さん、ユキコ……」


四度に渡り回復したのち、立花が、再び立ち上がることはなかった。日本に居る父と母、妹に思いをせ、立花は逝った。


ヒーラーの数を減らされ、とうとう、ヒーリングの供給が追いつかなくなって来たのだ。


「……もう一度、日本に、帰りたかったっ……」


クルセイダース副長の十文字もまた、何度かヒーリングによる回復を受けた後、絶命した。


ぶん殴り、投げ飛ばし、蹴りを入れる。石動が、際限なく、それを繰り返している内に、いつの間にか、回復して立ち上がって来るクルセイダースは、誰もいなくなっていた。


-


廃墟を背に向け、石動の前に立つ、クルセイダースの隊長、神原かんばら。その手には、剣と盾が握られている。


「化物か、悪魔か……」


神原は、思わずそう呟いた。


ギラギラとした光を目に宿し、周囲の空気を震わせる程の圧を放つ、巨漢。


切りかかった剣が、その巨体に触れる瞬間、ぶん回す右フックが、剣を横から真っ二つに折った。


すぐさま、剣を捨て、自らの拳を叩きつける神原。


確かな手応えはあったが、相手は微動だにしていない。


風を切る相手の拳を、手にする盾で受け止めると、この世界で、最も硬いとされているはずの盾が、大きく凹んだ。



幾度となく、響き渡る衝突音。


理不尽に圧倒的な暴力を、何度も受け止め続ける盾。


石動の拳を、盾で受け続けていた神原、神原の拳を、自らの肉体で受け続けていた石動。


だが、疲弊しているのは、明らかに神原の方だった。


「そろそろ、決着をつけようじゃねえかっ」


盾を手に構える神原に向かって、石動は、渾身の一撃、重い拳を放つ。


拳が盾に当たった瞬間、すざまじい衝撃音が響く。


盾はねじれ曲がったが、石動の拳は、そのまま盾ごと、神原の体を後方へと押し込んで行く。


そして、背後に位置していた廃墟の壁にぶつかると、神原の肉体は、壁と盾の間に挟まれて、押し潰された。


「グハァァァッ!」


盾越しに、腹に一撃を入れられ、内臓を潰された神原。その口からは、大量の血が吐き出される。


石動が、盾から拳を離すと、神原は、壁にもたれかかったまま、ズルズルと地面に崩れ落ちた。


-


「……どうやら、私の、負けのようだな」


すでに死を悟った神原は、壁にもたれかかり、顔を上げ、石動に問う。


「お前も、日本人なのだろう?」


「あぁっ」


「どうだ、日本は? 」

「……我々が居た十年前と比べて、何か変わったか?」


「たかだか、十年ぐらいで、そんなに、変わりゃあしねえよっ」


「そうかっ……ならば、よかった……」


「この十年、祖国、日本のことは、一日たりとて、忘れたことはなかった……」


口から血を流しながら、寂しげな表情を見せる神原。



「こう見えても、我々は、元自衛官でな……」


「海上自衛隊所属で、水上艦艇かんていの乗組員をしていたのだが、領海侵犯して来た不審船との接触事故で、船は沈没……」


「乗組員だった我々は死んで、この世界に転生することになったんだ……」


「見知らぬ世界にやって来た我々は、みな不安で、心細くて、仕方がなかった……」


「家族や友人達と死に別れ、もう二度と、家にも、故郷にも、それどころか、日本にすら帰ることが出来ない……」


「みな、辛く、寂しく、悲しかったのだ……」


「何よりも、日本国を守るというこころざしが、なかばにしてついえて、絶望していた……」


「だから、気がつけば、いつの間にか、宗教にすがり、それを心の拠り所としていた……」


「つまり、宗教に、依存したって訳かっ」


「……そうだな、依存と言われれば、依存かもしれんな……」


「何かに依存せねば、心を正常に保っていられなかったのだろうな、きっと」



「まぁっ、俺達は、極道でなっ」


「逮捕されたことだってあるし、人を殺したことだってある、そんな、俺達みてえな極道が、まともに見えちまうぐらいに、クソみてえな世界だぜっ、ここは」


「まぁっ、天下の公僕なんてのは、昔から、気に入らなかったが、あんた達にだって、国のために、国民のために戦うっていう芯があったんだろうよっ、きっと」


「そんな、真っ当な人間であるはずの、あんた達がだっ」


「何も思わなかったのかいっ? この世界を見て」


「……」


「余裕が無かったのだ、自分達のことだけで精一杯で……それも、ただの言い訳か……」


現代日本の倫理観では、到底、許容出来ないこの世界を、彼等は、見て見ぬフリをしてしまっていた、そういうものだと思い、諦めてしまっていたのだ。


だが、自身の自由をおびやかされたこともあって、石動にはそれが出来なかった。この世界全体に、牙を剥いて、噛み付くことを選んだ。


「だが、この救いの無い世界で、人々の魂だけでも救済されるべき、それしかもう道はない、そう思い込んでいたのもまた事実だ……」


「しかし、国を、国民を守る、あの頃の想いには、到底、至りはしなかったのだな……」



「どうやら、あんた達、こっちに来て、見誤みあやまっちまったみたいだな」


「……そうなのかもしれんな」


「この世界に苦しむ人々が、宗教以外で、救われる、そんな道もあったのかもしれん……」


「お前には、どんな時でも、己の芯を貫き通す、そういう強さがあるのだろうな、きっと」


「グハァッ」


すでに内臓を押しつぶされている神原は、再び大量の血を吐き出す。


そして、石動は、神原の眉間に銃口をあてた。


「同郷のよしみだっ、苦しまないように、逝かせてやるよっ」


「あぁっ、頼む……」


パァン


石動は、異世界に転生した元自衛官、神原かんばらの眉間を撃ち抜いた。


むくろと化した神原に、石動は背を向ける。


「あんた達……」

「次は、どこに、転生するんだろうなっ?」


-


離れた崖の上から、戦いの一部始終を見ていたシャナブル。


「まさか、全滅とは……」

「クルセイダースでも、かなわぬのか……」


 ――賭けは、どうやら、私の負けのようだな


 これだから、ギャンブルというものは……

 負ければすべてを失いかねん……


 クルセイダースの精鋭達を呼んでおいて、全滅させたのだ……


 私もただではすまんだろう……


 このまま、ここに居ても、本国の教皇から出頭命令が来て、連行されるだけ


 本国に戻れば、断罪され、処断は免れまい


 私の野心も、どうやら、ここまでのようだな……


 戦いに巻き込まれて、生死不明、消息不明


 どこかで、名前を変えて、また機会を窺うとでもしよう……


 いっそ、魔王領という道も、アリかもしれんな


 また、いずれ、どこかで、再び会うこともあるだろう……それまでは……


「さらばだっ、勇者よっ」


シャナブルは、勝手に別れを告げて、崖から姿を消した。


-


クルセイダースが全滅したことで、勝敗はすでに決していた。


だが、信徒兵達は、まだ諦めようとはしていなかった。逃げるどころか、退却しようとすらしない。


信仰に命をして、殉教すらもいとわない、例え、ここで命が果てようとも、信じるモノのために、最後まで戦おうと言うのだ。


すでにボロボロになっている武器を手に、石動に向かって来る信徒兵達。


「ちっ、どいつも、こいつも、死に急ぎやがって」

「しゃあねえなっ」


狂信者達に、銃口を向ける石動。



その時、信徒兵達の前に、立ちはだかった影。


「もう、これ以上はよせっ!」


それは、元剣闘士のマリョウだった。


マリョウの声に驚き、思わず動きを止める信徒兵達。


「お前達も、きっと、何かを守りたいのだろう」

「守りたいモノがあるのだろう」


「だが、今は、もう止めておけ」


これまで、二十年近くもの歳月を、日々、毎日を、生き残ることだけを考えて、生きて来たマリョウ。


「まずは、今日を生き残ることだけを考えるんだっ」


「その先には、きっと何かがあるっ」


今の彼には、果たして、その先が見えているのか。


「ここでの負けは、死ではないっ!!」


それでもなお、向かって来る信徒兵達を、マリョウはぶん殴り、投げ飛ばす。死なない程度に、動けないように。


これまで、相手を殺すための闘いしかして来なかったマリョウが、今、相手を生かすために闘っているのだ。


「お前たちはっ、宗教の、奴隷なんかじゃないっ!!」


マリョウの姿を見た石動は、振り上げた銃を下ろす。


「まぁっ、そりゃあ、お前が言うと、説得力が違うわなっ」

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