極道とテーマパーク
「おいっ、知ってるか? あの噂」
冒険者の男が、酒場で同席している連れに話題を振った。
「あぁっ、あれだろ、郊外の廃墟に死霊が出るって言う」
ここマジアリエンナの郊外には、今は廃墟となっている教会の跡地があり、そこに、夜な夜な死霊が出ると、街ではもっぱらの噂になっていた。
しかも、そこは、昔、教会が火事となり、多数の信徒が焼け死んだという、いわくつきの事件があった場所だけに、幽霊話により一層の信憑性がもたらされている。
「ちょっと、見に行ってみないか?」
その晩、嫌がる連れを、無理矢理に引きずって、廃墟へと向かった冒険者。
「おっ、おいっ、やめておこうぜっ」
「なに、ビビってんだ、俺達は、仮にも冒険者だぞっ……」
ガサッガサッ
「ひぃっ」
草むらの音に、連れは完全にビビっていたが、冒険者は剣を手に身構える。
だが、出て来たのは、顔が青ざめて、まるで生気の無い者達。肩をがっくりと落とし、
「アンデットかっ!?」
剣を振り上げた冒険者だったが、そんなものには、まるで気づきもせずに、顔色の悪い者達は、横を通り過ぎて行った。
「なっ、なあっ、もう帰ろぜっ」
連れを無視して、冒険者がさらに先へと進むと、夜闇の中に、いくつもの炎が浮かび上がっている。
ちょうど、そこは、廃墟となった教会がある場所。
「おっ、おいっ」
さすがに、冒険者も、気味悪さを感じはじめる。
さらに進むと、炎に囲まれて、一際明るくなっている箇所には、鬼のような形相をした、夜叉と見間違えそうな者達が、何やら叫んでいた。
「チョウダッ!!」
「ハンッ!!」
「ハンダッ!!」
「チョウッ!!」
「ハンッ!!」
その鬼気迫る声に、二人とも
「なっ、なんなんだよっ」
「サッ、サバトだっ」
「まっ、
震えながら、後ずさっていく二人だったが、そこで、何かにぶっつかる。
「ひぃっ!!」
「うわっ!!」
振り返り、上を見上げると、そこには、木に吊るされれた人間の
「あわわわっ」
「いっ、生贄だっ」
「生贄にされるっ」
冒険者と連れは、慌てて走り、その場から逃げ去って行く。
「なんだよっ、たくっ」
声を聞いて、様子を見に来た
「あぁっ、馬鹿野郎っ」
そこには、木にぶら下がっている男の姿がある。
「こんなとこで、首吊ってんじゃねえよっ」
「いくら、文無しにされたからって、嫌がらせかっ? 他所でやれっ、他所でっ」
-
「あらっ、やだぁ、マリョウちゃんたらぁっ、ここの
「す、すいません」
石動について来たマリョウ達剣闘士は、みなと一緒に暮らすようになり、今は賭場の手伝いをしていた。
「あらぁっ、いいのよぉっ」
「分からないことがあったら、なんでもオネエさんに聞いてちょうだいねえっ」
そして、アイゼンがマリョウのお目付役となったのも、上機嫌である理由の一つだ。
「なんやねん、その気色の悪い、
マリョウは、アイゼンの好みのタイプのようだ。
「若頭が、闘技場に一人で敵情視察に行くって言い出した時は、どうなることかしらと思ったけどっ」
「まさかっ、こんな、イケメン筋肉美軍団を連れて帰って来るなんて、思ってもみなかったわよぉっ」
「まぁ、用心棒に、ちょうどいいですしね」
「半数は、ダークエルフの森で留守番中のケンさんのところに行ってもらっていましたし」
マジアリエンナの郊外にある、教会跡地の廃墟に賭場を開いた石動達。
妙な噂と共に、賭場の話は、瞬く間に、富裕層に広まって行き、今では、連日大盛況の大入り。
みな、娯楽に飢えていたのだ。
しかし、当然、それをよく思わない層もいる。
「そういや、ワイ、さっき、赤っぽいローブを着た、仮面の男を見かけたんやけど……」
「なんか、以前、どっかで、そんな話、聞いた気がするんやけど、なんやったかなあっ?」
-
客に混ざり、賭場へと入り込んでいる仮面の男。相変わらず、ワインレッド色のローブを着て、頭にはフードを被っている。
今、富裕層の間で話題になっている賭場を、潜入捜査、敵情視察ということなのだろう。
屋外では、
「どちらさんも、ようござんすねっ」
「入りますっ」
「さあっ、はった!はった!」
「丁だっ!!」
「半っ!!」
「半だっ!!」
「丁っ!!」
「半っ!!」
サイコロを使って遊ぶ、チンチロリンも、屋外エリアにある。
焼けた廃墟、屋根が残っているエリアは、トランプコーナーで、行われているのはブラックジャックやポーカーなどだ。
「キングとジャックのツーペアッ」
「残念だったな、こっちは、ストレートだっ」
さらに奥には、ショーコーナーがあり、女達による官能的な踊りと歌が披露され、酒も提供されている。
酒類販売業免許などの制度が無いこの世界では、酒などは、仕入れさえすれば、いつでも、どこでも、誰でも、売れる。例え、免許制度があったところで、彼等なら平気で破るだろうが。
そして、女達のショーは、アイゼンによるプロデュースである。元々興行系のプロモートをシノギにしていたアイゼンは、この賭場の全体プロデュースも行っていた。
この世界の娯楽レベルからすれば、差し詰め、テーマパークにすら感じられるだろう。
そして、ここのすべての遊びには、金が賭けられているのだから、客は当然ヒートアップする。
常に、
「ちょっと、待てっ! 今のは、ナシだっ!」
「こんなのは認めねえぞっ!絶対、認めねえっ!」
「何言ってやがるっ!てめえっ、イチャモンつけようってえのかっ!」
そして、客達の間で、殴り合いがはじまると、マリョウ達用心棒が、腕力で止めに入る。
「お客さん、困りますねえ……」
-
――これは、マズイな……
仮面の男の嗅覚は、ここは、教会と競合するライバルであると直感した。
――信徒の奪い合いになるのは明白……
敢えて、信徒を顧客と呼ぶならば、顧客の争奪戦が繰り広げられることになる
そして、教会側は圧倒的に不利
ここは、人間の欲望に忠実過ぎる
だからこそ、楽しいと言い換えてもよいのだろうが
どこかで、見たような覚えがある信徒達。
仮面をしている者達は、自分と同じく、身分を隠したい、それ相応の地位にある人間だろうが、なんとなく雰囲気や声で誰かは分かる。
普段は大人しく、善良そうに見える、敬虔な信徒たも、ここでは全く違った顔を見せる。
欲望を曝け出し、興奮して、一喜一憂し、夢中になり、熱狂している。
――嬉々として、生き生きとしている、そうとも言えるが……この熱狂は、もはや、ただの狂気だ
熱狂とは、『熱量』ある『狂気』なのだからな
このような信徒達の姿を目にするのは、廃止となった魔女公開処刑イベント以来だな……
-
道を戻り帰ろうとする仮面の男を、待ち構えていた石動。その姿を見て、仮面の男もまた、その足を止める。
「おうっ、あんたっ」
「ルチアダという女を、知っているなっ?」
仮面の男は、微動だにしない。
「いやっ、そのような名前の女には、覚えがないな」
「だが、ちょうどいい、一度、貴殿と、話をしてみたいと思っていたのだよ、勇者殿」
「さすがにアレは、少々やり過ぎたのではないかな?」
「賭場のことかいっ」
「まぁっ、教会からしたら、そう見えるかもしれねえなっ」
「この世界は、人々が生きて行くには、あまりにも厳しく、あまりにも辛いことが多過ぎる……いともたやすく、命は奪われ、そうでなくとも、大切なモノは、すべて強者に奪われて行く」
「だからこそ、人々は、せめてもの心の拠り所として、
「まぁっ、つまり、てめえでは何もせずに、神頼みにすがって、依存してるって訳かっ」
「そう、まさしく、その通りだよっ」
「まさに、人々は、神に、教会に、信仰に、心の底からすがり、依存しているのだ」
「だが、それは、決して悪いこととは限らない……」
「人間は、気づいてる、気づいていないに関わらず、何かに依存しなくては生きていけないものだ」
「人々の中には、妻や子など、家族を生き甲斐としている者もいるだろう」
「一方で、労働を、つまり仕事が生き甲斐だという者もいるかもしれない」
「それらもまた、依存と言えるのではないかな」
「そして、信仰が生き甲斐という、
「勇者殿、人々は、君のように強くはないのだよっ」
「この世界で、心を安定させて、生きて行くためには、何かにすがり、依存して行くしかないのだ」
「その役目を担ってくださる存在こそが、女神アリエーネ様であり、そのための大陸統一教会なのだよ」
「なるほどなっ」
「つまり、依存症どもの依存先を、勝手にギャンブルに変更されたら困る、要は、そう言いたい訳かっ」
「まぁっ、
「私は、ただの通りすがりの者だからね、私が言えるのは、ここまでだ」
「勇者殿が、どうか、私の助言を受け入れてくれることを願うよ」
その言葉を、早々に切り替えす石動。
「まぁっ、それは、置いておくとしてだっ」
「ルチアダという女は、俺を暗殺しようとしたから、俺が返り討ちにして、殺したっ」
「まぁっ、それだけはっ、覚えておいてくれっ」
「俺は、ただ、それを言いに来ただけだっ」
仮面の男は、顔を半分隠してはいたが、意外そうな反応をしていた。
「ほおっ、そうなのか……」
実際の勇者が、そんな律儀さを
「ルチアダという名前の女は知らないが、覚えておくことにしよう」
-
石動が立ち去った後、自ら仮面を外す、マジアリエンナの統括責任者・シャナブル。
――やはり、私の正体には、薄々勘づいているようだったが
それでも、みすみす私を帰すということは……
宣戦布告、やるならやってやる、ということか
あの男のことだ、はなから、あんな話には、聞く耳を持ってはおらんだろう
――とは言え、教会としては、このまま放置しておくことも出来ん……
このままでは、間違いなく、信徒が減り続けていく
あの男が言っていたように、これまで教会に献上されていた、富や財、つまり金も、賭け事に使われるようになるだろう
実際に、依存の対象なんてものは、なんでもよいのだ、であれば、
――ただ、現有戦力では、あの勇者を、どうこう出来るとも思えんしな……
やはり、ここは、本国から、彼等を呼ぶしかあるまい……
-
「パルビオン本国から、派兵されて参りました、クルセイダース、隊長の
マジアリエンナの大聖堂に居並ぶ、左肩に十字の紋章が入った、銀色の鎧を
「よくぞ、ここまで、遠路はるばるお越しくださいました」
シャナブルが宛てた書簡、その内容を見た教皇は、早々にクルセイダースをマジアリエンナまで派兵させた。
「早速で、申し訳ありませんが……」
まず、今後の手筈について、確認するシャナブル。
「マジアリエンナにおります教会所属の信徒兵達は、すでに集結を果たしておりますが」
「現在、アロガ王に、駐留軍の増援要請を行っております故、増援が到着次第、軍事行動に移っていただくということで」
「了解しました、全く問題ございません」
そして、もう一つ。シャナブルには、事前に確認しておかねばならない、今回の軍事行動の
「教皇様から、お話は伺ってはいるのですが……
改めて、自身の口と耳で、確認させていただいてもよろしいですかな?」
「ええ、なんなりと」
「あなた方は……勇者と同じく、
この世界ではない所から来られた、それは本当の話ですかな?」
「そうですな、もちろん、クルセイダース全員が、そうではありませんが……」
「今ここに居る人間の半数以上が、この世界ではない、いわゆる異世界の出身者です」
「こことは違う世界の、日本という国から来たのですが」
「今、勇者を名乗っている者も、おそらく、その日本という国の出身者でしょう……『極道』と言っていたそうですからね」
「もうかれこれ、十年近く前の話になりますが……我々は、その日本で、船乗りをしていたのです」
「ところが、我々の乗っていた船が、他の船と衝突事故を起こしてしまいまてね」
「我々は、一度は死に、海の藻屑となったはずなのです……」
「ですが、我々が気づくと、光り輝く空間に、それはそれは、お美しい女神様がおられました」
「その女神様が、我々をこの世界へと転生させてくださったのです」
「その時は、お名前を伺えませんでしたが……あのお方こそが、我等、大陸統一教会が信仰を捧げる、女神アリエーネ様で間違いないでしょう」
クルセイダースの隊長である神原は、自信を持って、ハッキリとそう言い切ったが、事実とは少々、異なっている。
転生の女神としては、新米であったアリエーネが、初めて担当したのが、抗争で死んだ石動達、極道集団のご一行様なので、現クルセイダース達を転生させたのは、失踪したと噂されている、前任者の女神が担当していたことになる。
「そして、我々は誓ったのです……
新しい世界では、このお方のために、すべてを捧げようと」
「新しく与えていただいた、この身、この血肉のすべてを、アリエーネ様にお捧げしようと」
「敬虔な信者に、そして、殉教者になろうと決めたのです」
「さすがは、本国でも名高い、クルセイダースの方々、素晴らしい信仰心をお持ちだ」
「私も、見習わなくてはなりませぬな」
彼等もまた転生者である以上、勇者達と同等のパワー、スピード、能力を有しているはず。そして、転生者の数はクルセイダースの方が多い。シャナブルはそこに賭けていたのだ。
実際に、クルセイダースの者達も、筋力五倍という前提条件は変わらない。そこは対等と言える。
――まさか、私までもが、賭けをする羽目になるとは
賭場とやらに行って、私も、勝負師としての血が騒いでしまったのかもしれんな
パルビオン本国から、クルセイダースを呼んでしまったのだ……私も、もう後には、引けんな
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます