2-2.極道の勇者と賢者

極道の生命エネルギー

独り、馬を駆って走らせる石動不動いするぎふどう


だが、前方に人影を見つけ、思わず手綱を引いて馬を止める。それは細身の黒いスーツを着てメガネをかけた、よく見知った顔の男。


「マサかっ?」


馬を降りて駆け寄る石動。


「やっぱり、マサじゃねえか」


この世界に一緒に転生して来ていた筈の、やはり極道であるマサ、いつもの癖でメガネを指で押す。


「若頭っ」


「まさか、こんなすぐに再会出来るとは思ってなかったぜ」


人間世界では、サブと共に石動の側近であったマサ、日本の最高学府にあたる大学を卒業しておきながら極道になったという異色の経歴を持つ男だ。


「若頭を待っていたんですよ、これの機能でおおよその位置情報が分かりますから」


その手にはノートパソコンらしき物を持っている。


「また随分と、場違いなもん持ってんな……

それがお前の初期装備なのか?」


「ええ、最初は分厚い本、叡智の書とか言うのを、あの女神から渡されたそうになったんですけどね……今どき紙の本はありえないだろうと恫喝したら、ノートPCタイプに変更してもらえましたよ」


「ちょろいな、あのクソアマも」


「でもそれ、電源とかどうすんだよ?」


「表面にあるソーラーパネルで充電出来るそうです。まぁ、夜や室内で充電切れそうな時は生命エネルギーで補うようですけど」


「また、生命エネルギーか……」


いぶかしげな顔をする石動。


「まぁ、女神いわく、私は勇者をナビゲートするサポート役ということらしいですからね。役割も『賢者』なんだそうです」


「賢い者で『賢者』か……

そりゃ、まぁ、お前にぴったりだけどよ……

なんだか、そのままんだな」


「ええ、あの女神も学歴重視なんですかね」


ここでようやくマサは思い余って、先程からずっと気になっていた、石動の腕辺りでブラブラしている輪っか状の装飾品らしき物が何かについて尋ねる。


「ところでなんなんですか?それは?」


「あぁ、戦利品だよ」

「ここで生きて行くにしても、当座をしのぐ金が必要だからな」


石動はニヤリと悪そうな笑みを浮かべる。


-


王が目覚めると、そこは深い森の中だった。


「……ぅぅっ」


まだ混濁する意識の中で、記憶が曖昧になっている。


「……寒いな」


「……そうだ」


 ――私は気を失っていたのか?


気を失った王を人質に取り、三卿に用意させた馬で王を連れて城から逃走した勇者こと石動。


半日ほど馬で走り、追っ手がいないことを確認すると、アロガ王を深い森の中に捨て置き去りにしていた。


「……寒いな……寒過ぎるわっ……」


 ――夜露に濡れたせいか……

 体中も全身濡れておるわ……


「ん?」


そこでアロガ王は異変に気づく。


「な、な、なんとっ!?」


自分が全裸であることに、アロガ王はようやく気づく。


衣服はもちろんのこと、はめていた筈の高価な指輪なども一切ない、まさに身ぐるみ剝がされた状態でずっと森に倒れていたのだ、アロガ王は。


 そうだっ!!

 クッソ、あの外道な勇者めっ!!

 まさかこのワシが、あんな奴に不覚を取るとはっ!!


思い出される記憶と共に、ふつふつと怒りが込み上げて来る。


「おっ、おのれっ!!勇者めっ!!」

「これほどまでの屈辱、かって受けたことなどないわっ!!」


顔を真っ赤にして血管を浮き出させているアロガ王、強く握りしめた拳が、怒りでワナワナと震えている。


「許さんっ!!許さんぞっ!!」

「決っして、許さぬぞっ!!」

「覚えておれよっ!!勇者めっ!!」


勇者への怒りを、憎悪を抱き、復讐を誓うアロガ王ではあったが、ここがどこで、どうやって道を帰ればいいのかは全く分からなかった。


-


「まさか、すでにそんなことがあったとは……」


移動を続けてようやく見つけた町の酒場で、これまでのことをマサに語って聞かせた石動は、アロガ王が冠していた王冠を右手の人差し指でくるくると回して手いたずらしている。


「まぁ、そりゃ、若頭がこんなところに来たら、そうなるだろうとは思っていましたが、いくらなんでも早過ぎませんかね……」


「まぁ、まぁ、そう言うなって」


「しかも、国王の身ぐるみまで剥ぐだなんて……

それじゃあ、まるで極道じゃなくて、ただの野盗じゃないですか」


「自称覇権国家の王が、野盗に身包み剥がされたんじゃ、さすがに立場ねえだろうな」


「はぁっ……」


機嫌が良さそうな石動の顔を見てマサはため息を吐くしかない。



「なあ、それにしても、あの拳銃チャカ、すげえ威力だな」


「あぁ、あれは見た目こそ拳銃ですが、中身はレールガンみたいなもんですからね」


「何言ってんだ?お前

拳銃チャカ拳銃チャカだろうが」


女神アリエーネから渡された原形叡智の書、もといノートパソコン内部にあるデータベースをすでに読み込んでいるマサは、この世界の理屈を多少なりとも理解していた。


「この世界で生命エネルギーというのは非常に大事なものらしく、ですね」


「まぁ、簡単に言えば……

あの銃に若頭の生命エネルギーが流れると、中にあるアンチ生命エネルギー物質が反発して、斥力で弾丸を弾き出す仕組みなんですよ。しかも使う人間の生命エネルギーが強ければ強いほど、反発係数が高いと来ている……」


「ですからね、あっちの世界で熊殺しだの、虎殺しだの言われてた若頭の生命エネルギーなんて、この世界の常人とは数桁レベルで違いますから、もうそりゃレールガンみたいな威力にもなりますよ」


「簡単に説明してもらっても、さっぱり分からねえな、まぁいいいけどよ」


「そもそも、あっちの世界の人間がこうした異世界に半ば強制的に転生させられるのも、元はと言えば、あっちの世界の人間のほうが、こっちの世界の生命体よりも遥かに強い生命エネルギーを持っているからに他ならないんですよ」


「あぁ、じゃあ、あの筋力五倍ってのも本当なのか?」


「このノートPCで調べてみる限り、そうみたいですね……こっちの世界の人間は、本当に筋力が我々の五分の一しかないようです」


「この世界の重力が違うのか、そもそもの筋繊維の構造が違うのかはよく分かりませんが」


「ですから、熊殺しだの、虎殺しだの言われてた若頭からすれば、こっちの人間なんて虚弱体質みたいなもんです……いや子供か、いやいや、赤子かもしれない」


「いずれにしてもですね、生命エネルギーと筋力五倍が若頭の強さの秘密、絶対的なアドバンテージですから」


「これからは、生命エネルギーと筋力維持のためにも、早寝早起き、毎日のトレーニングを欠かさない、規則正しい生活を送ってもらわないとなりません」


「馬鹿野郎、極道が早寝早起きの規則正しい生活送ってどうすんだよ」


石動はそう吐き捨てると、目の前の酒を一気にあおった。

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