極道と新米転生の女神

それは新米『転生の女神』であるアリエーネにとっての、初仕事であった。


「ちょっと、ありえなくなーい?」


これからの職場となる、転生の間で、口をとがらせて、一人でぶつぶつ文句を言っているアリエーネ。


 ――なんであたしが新しい転生の女神なのよ、

配属希望だって違う部署に出してたっていうのにぃ


 そりゃ、あたしは金髪で碧眼で、多くの人間がイメージする、ステレオタイプの女神、そのまんまですけど……


 そのビジュアルだけで、転生の女神に任命するなんてことありえる?ありえなくないっ?


 最近じゃ、人間達でさえ、多様性の時代だから見た目で差別するのは止めようとか言ってるのに、なんで女神のあたしが、見た目で差別されないといけないのよっ!


アリエーネの不満はおさまらない。


 ――しかも、なんでも噂によれば、前任者である転生の女神は、突然失踪して行方不明になってるそうじゃない


 女神が失踪なんてありえなくない?

 そんなことってありえるのかしら?


 きっとこの職場が、あまりにブラック過ぎて、嫌になって、耐えきれずに職場放棄して、行方をくらませたに違いないわ……


 そんな前代未聞の不穏な職場は絶対嫌だって、人事部長に泣きながらお願いしたのにぃ……


 そもそも、なんで『人』事部長なのよ?

 あたし達って神じゃなかったっけ?

 神なのに人事部長だなんて、そんなのありえなくない?


-


そんなアリエーネの前に、続々と人間達がやって来て、列をつくりはじめる。


「思ってたのと、なんか違う……」


アリエーネの初仕事、記念すべき最初の転生者第一号は、強面こわもていかつい男達の集団。


顔に傷がある者達も多数居て、どう見ても堅気かたぎの人達ではない。


「ねえちゃん、今何か言ったか?」


ドスの効いた低い声にビビるアリエーネ。


「い、いえ……」


 ――ちょ、ちょっと、

 どうしてくれるのよっ、これ

 絶対におっかない人でしょ、この人達


 転生の間って、異世界に転生したがっている、高校生とか大学生ぐらいの、若い人達が来るところじゃあないの?


 前任者が失踪って、まさかこういうおっかない人達に、何かされたんじゃないでしょうね?


 まさか、あたし、

 拉致とか、監禁とかされちゃうの?

 女神なのに?


先刻の威勢会いせいかい真央連合まおうれんごうの抗争で死んだ者達が、次々と、ここ転生の間に送り込まれて来ているのだ。


しかも、先程まで殺し合っていた人間達が、一同にここに会しているので、なおさら始末が悪い。


とても新米である、アリエーネの手に負えるものではなかった。


「おうっ、威勢会の、ええとこで会ったなっ!!

ようもワイのタマ取ってくれたなっ!

ここであったが百年目じゃっ、覚悟せいよっ!」


真央連合まおうれんごうの若手構成員が、声を荒げる。


つい数分前にタマを取られて、数分後に再会しているのだが、百年は一体何処に行ったというのか。


「上等じゃっ、ボケェッ!ワイは不死身じゃっ!

お前なんぞにやられはせんわぁっ!」


威勢会いせいかいの組員も呼応するかのようにキレ散らかす。


もうすでに死んでいるのに、不死身とは一体何なのか? もはや概念みたいなものであろうか。


そっちこっちで、殴り合いの喧嘩がはじまっている。


  ――あたし、この職場でやっていけるのかしら……


混沌したカオス状態の転移の間、新米である女神アリエーネは、もう泣きそうになっていた。


しかも、上からの指示では、このマフィアの集団、どちらの組織であるにせよ、すべて指定してある同じ異世界に転移させる、そういうことになっている。


そんなことをしたら、異世界に行っても抗争を続けるだろうが、神々的にはそれが楽しみなのだろうか。巻き込まれる異世界の人々にとっては、たまったものではないが。


-


とりあえず泣きそうになりながら、必死で転生させ続ける女神アリエーネ。


ようやく少し落ち着いたと思ったら、今度は、柄の悪い、坊主頭の男に因縁をつけられる。


「おうっ、ねえちゃんっ」


 ――女神を、ねえちゃんって……


その男は目付きが悪く、左右に体を揺らしながら与太る。


「ワイ、えんこつめて小指がないんやけどな、

転生ちゅうもんの際には、ちゃんと元に戻してもらえるんやろなっ?」


「え、えんこ?」


「なんじゃ、ねえちゃん、

えんこも知らんのか?」


「えんこつめるちゅうんは、けじめをつける時なんかに、指を切り落とすことじゃ」


確かにその柄の悪い男、左手の小指が、第一関節ぐらいから欠損している。


「い、いえ、あのっ、

そういうサービスはちょっと……」


アリエーネは冷や汗をかきながら、返答に困り果てる。


「なんでじゃ、ワレェ!

ワイの蜂の巣になった体が、こうしてなんもなかったように元に戻ってるんじゃから、それぐらい出来るやろうがっ!」


確かに、車に轢かれたからといって、ぐしゃぐしゃの状態で、ここに来た人間はいない。


当然、轢かれる前の状態を、デフォルトとして扱ってくれているのだろうが、一体何処までがデフォなのか? その境界線は気になるところだ。


例えば、足が不自由な車椅子の人が、異世界に転移することになった場合、足は不自由なままなのか、不自由のない状態の足であるのか。


 ――あたし、この職場、ダメかもしれない……



「あぁ、それとな、ワイの背中に、紋々(刺青)が入っとるんやけどな、これは消したらあかんで」


「高い金払って、有名な彫り師に、彫ってもらったんやからな」


「……そ、そういうのもちょっと

保証はしかねるんですが……」


「なんやと! ワレェ!!

ワイの大事な刺青にもしなんかあったら、クレーム入れたるさかいなっ!!」


 ――ク、クレーマーだわ……

 転生の女神にクレーム入れる気なんだわ、きっと


 あとで大騒ぎして、炎上させて、謝罪とかさせる気なんだわ


 まさか、あたし、

 土下座とかさせられちゃうの?

 女神なのに?


困り果てている新米の女神アリエーネに、思わぬところから助け船が入る。


「よさねぇかっ、サブッ、

女神様もお困りのご様子じゃあねぇかっ」


「あ、兄貴っ!」


この柄の悪い男に兄貴と呼ばれた人物。

威勢会若頭・石動不動いするぎふどう


名は体を表す、名前の通りの巨漢で、まるでプロレスラーのようにいかつい体形、強面こわもてが、余計に凄みと迫力を倍増させている。


 ――あたし、この現場、絶対、異動願い出す……


女神アリエーネはそう思いながら、上からの指示書に目を通す。


『石動不動:勇者』


「えっ!? あなた勇者なのっ!?」


女神アリエーネは、思わず素っ頓狂な声を出したが、石動には何を言っているのかわかるはずもない。


「な、なんでっ!?

なんで、極道が転生して、異世界で勇者になるのっ!?

うちの人事部ってバカなの?頭おかしいの?」


「ねえちゃん、何を訳わからんこと言っとるんじゃ? 犯すぞっ? ゴラァ」


 ――あたし、この現場、もう無理っ!!


とにもかくにもこうして、極道の勇者が、異世界に誕生することになる。

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