よくある異世界転生物語
白大河
序章 よくある異世界転生
クリスマスの朝、僕は人生で一番とも思える幸福感に包まれながら目を覚ました。
世界が変わるってきっとこういうコトなんだと思う。
ほんの少し視線を動かせば、僅か数センチの距離で僕の大好きな女の子がすやすやと寝息を立てている。
ああ、僕は昨晩この子とお互いの初めてを交換しあったのだ……。
布団の外から冷たい空気が肌をさすが、心の中はぽかぽかと温かい。
僕は自分の肌を滑らせるようにゆっくりと右腕を動かし、彼女の頬に触れた。
「んっ……」
彼女が嫌々をして、寝返りを打つ。ああ、可愛い寝顔が見えなくなっちゃった。残念。
そうだ、そういえば昨日は結局クリスマスプレゼントを渡すのを忘れてしまっていたんだった。
寝ている間に彼女の枕元に置いておいたらサンタさんっぽい演出を喜んでくれるかな?
僕はイタズラを思いついた子供のようにゆっくりとベッドから抜け出す。
裸で眠るなんて初めての事だったから、なんだか変な気分だ。
「うぅ……寒い」
なんとか右足を抜くことには成功したけれど、素肌に当たる冷たい空気が容赦なく僕を襲う。
でも、我慢我慢。次は左足を……そっと……そぉっと……。
よし、あと少し……!
「……どこ行くの?」
ようやく両足をベッドから出した瞬間、彼女の顔が再びこちらを向いた。
あちゃー……失敗だ。
「ごめん、起こしちゃった?」
「んもぅ、幸せな気分だったからゆっくり寝てようと思ったのに!……って寒い!」
彼女はそういうと顔まで布団をかぶり、かたつむりになってしまった。
僕はそんな彼女をみて思わず笑ってしまう。
「まだ六時だし寝てていいよ」
僕はそう言って恐らく彼女の頭が埋まっているであろう辺りにそっと手を置き、今度こそと気合を入れてベッドから抜け出して、昨晩投げ出した下着を身につけた。
よく見ると床には彼女の下着も散乱している。踏まないように拾っておいたほうがいい……かな?
「ううん、起きる!」
「え?」
そんな事を考えていると、突然彼女がバサッと布団をめくり勢いよく体を起こす。
同時に彼女のキレイな肌、胸が顕になり、思わず僕はゴクリと喉を鳴らしてしまった。
それに気づいた彼女が「あ!」と慌てて胸元を隠す。
「……スケベ」
昨晩あんな事をした後だというのに、彼女が顔を真赤にして僕を睨んでくる。
いや、慣れることなんてないのかもしれない、きっと僕は一生この子にドキドキさせられるのだ。
だって今僕はこんなにもドキドキしている、この気持が失われるなんて考えられない。
恥ずかしそうに隠れるそんな姿でさえ愛おしいと僕は思わず笑ってしまった。
「何笑ってるのよ、……まだちょっと痛いんだからね」
「ご、ごめん……」
いけないいけない、怒らせちゃったかな。
彼女はぷくっと頬を膨らませ、僕をジト目で睨みつける。でもやっぱり可愛い。
「私のパンツ取って」
「う、うん」
僕は慌てて彼女の下着を拾い、彼女に渡した。
これはさすがに僕もちょっと恥ずかしい。
「んー……! とりあえずママ達が帰ってくる前にシャワー浴びよっか」
「そ、そうだね」
そう、ここは彼女の家、彼女のご両親とうちの両親が一緒に泊まりで出かけているので僕たちはたった一度しかない高一のクリスマスをかけがえのないものにできたのだ。
「一緒に入る?」
「え!?」
「何慌ててんのさ、スケベ。冗談だよ」
僕が一瞬戸惑っていると、彼女はそう言って舌をだしてイタズラっぽく笑った。
そしてお互いの顔を見合わせ、僕も笑った。
「っていうか、どこ行こうとしてたのさっき?」
「あー……えっと、ちょっと……散歩?」
突然彼女に質問されて、僕はとっさに嘘をついてしまった。別に本当の事を言ったって彼女になにか言われるわけじゃないのに。
「散歩?」
「うん、ほら、見てよ」
そう言って僕が窓の外を指さすと、外は一面の銀世界。
「わぁっ!」
彼女がパンと手をたたき、いそいそとブラジャーを付けながら窓の方へと近づいていく。
外から見られたらどうするつもりだろう?
と、とにかく何か羽織ってもらわないと。
「ねぇ、散歩行こ!」
「え?」
「ほら、行こ! 早く着替えて!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「ほらほら急ぐ!」
「うわぁ、凄い! 見てみてこんなに積もってる!」
彼女が僕の目の前を手を広げて走り回る。、まるで歌のプロモーションビデオみたい。
「ほら、──もおいでよ!」
あれ? なんでだろう? 彼女が僕の名前を呼んでいるのに、何故か名前が聞き取れなかった。
でも今はそんな事は些細な問題だ。
「まってよ──ちゃん!」
二人でマンション下の広場を走り回り、玉にすらなっていない雪玉を投げ合う。
こんな事したのいつぶりだろう?
「けほっ! けほっ!」
「──!! 大丈夫!?」
「う、うん大丈夫、ごめんね」
「もう、──は体弱いんだから、無茶しないの」
そう言うと彼女は僕の頭を小突いた。痛みはない。
「ほら、これ」
彼女は僕の首に自分のマフラーを巻いてくれた。
オレンジ色でとても暖かい。
「クリスマスプレゼント……メリークリスマス」
「あ、ありがとう」
彼女が僕の事を思ってくれているのは分かっているから
そのマフラーは直前まで彼女がつけていたせいか彼女の香りがして、なんだか少しだけ頭の中がクラクラした。
「ねぇ、雪合戦はやめてやっぱり散歩しよ?」
「うん、そうだね」
「でも疲れたら言ってね?」
「うん、大丈夫、ありがとう」
僕は生まれつき体が弱かった。
だからしょっちゅう倒れて小学校も半分ぐらい休んでた。
もしこれが高校だったら何度留学することになっていたのかわからない。
当然、クラスでも浮いた存在になっていた僕はいじめに近い状態に置かれていた。
そんな僕をいつも守ってくれたのが彼女。
いじめっ子にいじめられてても、体育の授業で倒れても彼女はすぐに飛んできて僕を助けてくれる。
僕にとって彼女はヒーローだった。
そんな彼女から告白をされた時、僕は天にも登る気持ちだった。
でも、少しだけ情けなくもあった、本当は自分から告白したかったから。彼女にその話をしたら「そんなのどっちでもいいじゃん」って笑われたけど。
それからの日々は幸せの連続だった、手をつないで、キスをして、デートをして、ケンカをした事すらも幸せで、もう僕は幸せすぎて死んでしまうんじゃないかと思うぐらい。
しかも昨日はとうとう……エッチまで……してしまった。
責任、ちゃんと取らなきゃ……。
「ねぇ、私達……しちゃったんだよね?」
彼女も同じことを考えていたのだろうか、急にそんな事を聞かれてドキリとした。
「う、うん……」
「……また、しようね?」
「……うん」
そう言ってお互いの手を握り、ぎゅっと力を込める。
そうだ、帰ったら今度こそ彼女にクリスマスプレゼントを渡そう。
机の上に置いてあったはずだ。彼女と僕は同じマンション、急いで戻れば五分もかからない。
そんな事を考えながら、僕は彼女と手をつなぎ、川原を歩いていた。
時計を見ればまだ朝6時前、まだまだあたりは薄暗い。
「わ! ねぇねぇ見て!」
川原を歩き、橋で折り返そうとして見えた、ゆっくりと登る朝陽はまるで僕たちの事を祝福してくれているかのようで、涙が出そうだった。。
「すごいね、私今年初日の出かも」
「もう今年終わるよ? 初日の出っていうのは元日の朝日の事じゃなかったけ……?」
「うるさいなぁ、いいの、私の初なんだから! 細かいこと言う男はモテないよ!」
そういって彼女は僕の頬をつねる。
「いふぁいいふぁい」
ぶすっと頬を膨らませながら、うにょーんと僕の頬を引張りパチンと離した。
うー……痛い。
「……いいよ別に、僕はモテたいわけじゃないし……」
「え? モテたくないの? 男の子って女の子にモテたくて生きてるんでしょ?」と」
頬を擦りながら、僕がそういうと、彼女は不思議そうに首を傾げた。
どうやら僕の彼女様はずいぶんと偏った男性感をお持ちのようだ。
「他の人は知らないけど……僕は──ちゃんさえいてくれればそれでいいし……モテたいなんて思ったこと無いよ」
だから、僕は変な勘違いをされないよう、素直に僕の気持ちを彼女に伝えた。
その瞬間、彼女の顔がみるみると赤くなっていく。
「ったく……急にキザなこというんだから」
「こういうの嫌い?」
「たまーにだったら許す、あ、でも私以外に言ったら駄目だからね?」
「──ちゃん以外になんて言わないよ」
そんな事を言いながら、僕たちは橋の欄干から朝陽を眺め、そっとキスをする。
昨晩のような深いキスではなく、触れるだけのキス。
でも僕はなんだかそれがとても気恥ずかしく思えて、気がつくと耳まで熱くなっていくのを感じていた。
それは彼女も同じだったみたいで、彼女は僕から一瞬顔を逸す。
再び顔を合わせたときにはお互いの顔は真っ赤で、僕たちはまた笑いあった。
……だから、僕達は一瞬気がつくのが遅れてしまったんだ。
雪でスリップした赤い車が、僕たちの方へ物凄いスピードで近づいてくることに……。
『パッパッー!!!!』
っという大きなクラクション。
それが聞こえた時僕の目の前には巨大な光の目が二つ見えた。でも僕の体は強張ってしまい、情けないことに一歩も動く事ができなかった。
僕たちとトラックの間はもう5メートルも開いていない。もうダメだ!
そう思った時、僕と光を遮るものがあった。
彼女の顔だ。
彼女はぎゅっと目を瞑り、車を背に僕を抱きしめるようにして間に入ろうとしていた。
そこからは、すべてがスローモーションのように見えた。
いつも僕を守ってくれた──ちゃん。
いつも僕を励ましてくれた──ちゃん。
僕の大好きな──ちゃん。
このままじゃ──ちゃんが死んじゃう!!
それだけは、それだけは絶対に許されるはずがなかった。
だから僕は。
だからこそ僕は。
両腕に思い切り力を入れて、僕を抱きしめようとする彼女の肩を──思い切り突き飛ばした。
近づいてくる車の光で逆光になる彼女。
その彼女の手が僕から離れる瞬間。
彼女が一瞬「どうして?」というような、まるで大切な何かに裏切られた時のような表情をしながら離れていく。
そして流れる涙の雫。
ああ、どうか泣かないで。
僕の大好きな──ちゃん。
僕の夢はね、君を守る男になることだったんだ。
体も弱くて、泣き虫で、二十歳まで生きられるかわからないなんていうどうしようもない僕の人生だったけど。
今やっと夢が叶ったんだ。
僕はとっても幸せでした。
君と幼稚園で初めて出会った時の事を。
君と初めて喧嘩した時の事を。
君と初めて手をつないだ時の事を。
君とキスした時の事を。
君の全てに触れた数時間前の事を僕は死ぬまで……いや、死んでも決して忘れないよ。
もし天国があるのだとしたら、僕はずっとそこから君の事をずっと見守る、君の幸せだけを願っている、そう約束するよ。
今までありがとう。
どうか幸せに。お元気で。
──あ、クリスマスプレゼント渡せなかったな。まぁ……いっか……。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
橋の欄干と車に挟まれ、僕の体が『グガシャ』っという嫌な音を慣らした瞬間、僕の世界は闇につつまれた。
***
***
***
次に目が覚めると、そこにはママがいた。
「ああ……!! 目が覚めたのね! 良かった……!」
自分の体の倍以上もある大人の女性にギュッと抱きしめられ“私”は思わず息を呑む。
あれ? この人が“私”のママ……でいいんだよね?
なんだか少し頭がボーッとしているようだ。
「大丈夫? お医者さんは熱が下がったらもう大丈夫だって仰ってたけど、気持ち悪いとか頭が重いとかない?」
「ねね、じょぶー?」
ママがそんな“私”のオデコに手を当てる。冷たくて気持ちいい。
よく見るとベッドの脇で妹も心配そうにこちらを覗いている。
そうだ。
私は私。“僕”ではない。
五歳の誕生日を迎えた日、、熱を出し寝込んでしまったのだ。
体が熱くて、頭が重くて、自分はもう死ぬんだって思った。
「熱は……もうないみたいね? 一週間も意識が戻らないからお医者様も心配して何度も来てくれたのよ……本当によかった……」
一週間も?
ということは、さっきまでのは夢?
でも夢にしてはあまりにもリアルすぎた。
体中の骨が潰されるあの感覚が未だに体に残っている。
「……?」
「ねーね?」
でも……あの行動は正しかったはず。
そう、正しい……はず、だって大好きな人を守れたんだもの。
あれは確かにあの場で出来る精一杯で唯一の行動だった。他に出来る事なんてなかった。
そしてその唯一の方法で彼女を救ったのだ。
それは嬉しいこと。
誇るべきこと。
なのに……なのに……。
「うっ……! ふぐっ……!」
彼女にもう二度と会うことが出来ない。
その事がたまらなく悲しい。
これからの人生では彼女と一緒に笑い合うことも、手をつなぐことも、触れることも、ただ傍らで見つめることすらもう二度と出来ないのだ。
「ううっ……うっ……うぇ……ふっ……うわぁぁぁぁ!!」
“私”は──いや、“僕”は泣いた。ただただ悲しくて。声の限りで。
「どうしたの? まだどこか痛むの?」
「ねーね、ぽんぽいたい?」
ママが私をギュッと抱きしめてくれる。
妹が私のお腹を優しくさすってくれる。
暖かい、でもそのどちらもが彼女のぬくもりではない。
“僕" はもう“私”の世界で生きるしかなくなってしまったのだ……。
そんな絶望に、身を震わせていると、いつしか妹も泣き出しベッドの周りは泣き声の大合唱。
ママはアワアワと赤子をあやすように“私”達を抱きしめてくれたが、いつまで経っても“僕”の悲しみが消えることはなかった。
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