第13話 邪神との戦い1

動物たちは雪崩なだれのように山を下り、町に飛び込んだ。


さすがに翼を持たない動物たちは、二頭の獅子のように高く跳ぶことはできず、道々を走っていたのだが、大地を蹴り立てる地響きは、命そのものの重さを表すように凄まじかった。通りにある家々の窓ガラスが、次々と割れていった。


「これは・・」

後ろを見た真一は目を見張った。


いつの間にか、動物たちの数が異常に増えていたのだ。町に住む動物たちが、すべて群れに加わったと言ってもよいだろう。首輪や鎖まで付けた犬や猫、鼠の大群・・空には黒雲のように無数の鳥たちが羽ばたいていた。


町の中心にある警察署の前まで来た時、守護獅子は急に止まって振り返った。

ウーォーーーンー

鋭い牙の間から、低く長い吠え声が絞り出された。

動物たちも、それに応えるように吠えはじめた。空を舞う鳥たちも、高らかに鳴き声をあげた。それぞれ町の中心から外れて、どこかに散っていく。


「動物たちが離れていく。いいのかい」

真一は聞いた。

「ただに離れていくのではありませぬ。邪神の呼び声に満たされたこの町を包囲しにいったのです」

それで?と聞く前に、真一は周囲の音が変わったことに気がついた。

遠く離れていく無数のけたたましい鳴き声が、一つの音楽のようにハーモニーを奏ではじめていた。

「彼らの歌声・・ほとばしり出た自然の息吹は、それに反する邪神の声に干渉し、人々の耳に届かないようにしてくれるのです」

そう話した守護獅子は再び走りはじめた。


今、町は、巨大な二つの力がぶつかり合っていた。雲一つない青空に薄い火花が飛び交っているように見えた。


途中、幾つかの人だかりがあったが、人々は何をすることもなく、ただ止まっていた。さらに先に行くと、一列に並んだ人々が見えた。歩くこともなく、その場で固まっている。顔は前を向いたままだ。


「剣士殿、既に死の行進がはじまっています。ここにいる人々は助かるが、さて、先に行った人はどうなったか」

「この列の先に、邪神がいるのかい」

「おっしゃる通り。列の先頭には、人々を喰らう邪神の口があるのです」

真一の問いに守護獅子が唸った。


町じゅうに響く美しいハーモニーを浴びながら、二頭の獅子は先を急いだ。

中学校の正門を過ぎた所に、真一の家族が止まっていた。その少し先には、綾乃の両親の姿が見える。

「僕らの家族はまだ大丈夫だった・・」

二人の目から涙が溢れ、後ろに流れていった。


疾風のように駐車場を横切った二頭は、校庭の前に出た。


広いグラウンドには、巨大なすり鉢ができあがっていた。それはアリジゴクとして姿を現した邪神の巣だった。


人々の列は、巣の縁から十メートルほどの所で止まっていた。

その先頭には、ああ、健太と正が立っている。


「間に合ったようです。まだ、誰も巣には落ち込んではいませぬ」

首をまわした守護獅子は、剣獅子とともに、息が止まるかと思うほどに高く跳び上がり、三階建ての校舎の屋上に降り立った。


アリジゴクの巣がすぐ下に見える。その中心には、巨大な黒い塊がうごめいていた。それはぐるりと回転し、茶色の目をもった醜い顔を屋上に向けた。


『来たな』

真一の耳の奥に、耳障りな甲高い声が響いた。黒板をひっかく音に似ている。隣の綾乃も顔をしかめている。


『かすかに刻まれた記憶の欠片かけらが、貴様たちのことを教えてくれた。

聖なる二頭の獅子、それに剣士と巫女とな。喧やかましい動物たちの声が聞こえ、人間たちの歩みが止まったと思ったら、お主らがやってくるとは。ほう、剣士と巫女とは、それほどに若かっただろうか」

話し終わるかその前に、黒い口がカパッと開き、赤黒い液体が屋上めがけて吐き出された。

真一と綾乃は、反射的にたてがみに身を伏せたが、顔を上げた時には、隣の体育館の屋根に飛び移っていた。先ほどいた屋上は、白い煙をあげて溶けだしている。


「僕は、どうしたらいい」

守護獅子の太い首にしがみつきながら真一は聞いた。


唐突といえば唐突だった。邪神に立ち向かうという心構えはあったが、戦うための準備などしていない。それに剣士たる者がもつ剣は何処にあるというのか。

「以前と同じです。輝く剣を、あなたの心の導く先に突き立てるのです」

「しかし、剣といっても」

「それは流れに乗りて、あなたの手の中に」

そう話した守護獅子は、隣の獅子の首元に前脚を伸ばした。すると、剣獅子が首を斜めに回し、これまで閉じていた口を少し開いた。中から短い筒のようなものを突き出している。剣ではない。


「巫女殿、それを」

「これは横笛」

筒を手に取った綾乃が小さく叫んだ。


『お若い剣士どの、戦い方をお忘れかい?ようく考えなされ』

笑い声が頭に響いた。

『どうれ、まずは、わしの宿り先のからだを選んでくれた子供たちからいただこう。せっかくだ、こちらから参ろう』

ぐるりと回転した邪神は、人々の列の先頭に顔を向けた。


「健太、正。逃げるんだ!」

真一は大声で叫んだ。しかし、二人は微動だにしない。


「戦いの時です、剣士殿!巫女殿は調べを」

守護獅子が巣の上に高く跳び、剣獅子がさらに高く跳んだ。宿した巫女の魂によるものだろう、綾乃は全く不安定な姿勢ながら、横笛に口をつけた。古代人の舞いの調べのような音楽を奏ではじめている。


剣獅子はいつの間にか、空中にかき消え、真一の前に綾乃が跨るように落ちてきた。続いて右手に、ずしりと重みが加わった。

それは銀色の剣だった。綾乃の吹く笛の音色とともに、剣獅子は一振りの剣となったのだ。


一頭となった獅子は邪神めがけて落ちていった。


「巫女殿、剣士殿の剣に光を!」

守護獅子が吠えた。


綾乃は笛を奏でながら剣を見つめた。

細かい振動が剣にまとわりつき、刃の周辺が金色に光りはじめた。


真一は守護獅子の背を蹴った。




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