白い結晶の降った日

@tnozu

プロローグ

四人の若い僧が床にかがんで座っていた。

それぞれが、手にした細い金属の筒を別の棒でさすり続けている。

部屋の隅の暖炉には炎が燃えているが、よほど寒いのか、僧たちの口元からは白い息が長く伸びている。

石造りのその狭い部屋で聞こえるのは、彼らが奏でる微かな金属音と吐息、燃え立つ炎の音だけである。


薄く曇ったガラス窓の向こうには、純白の雪を冠した神々しい峰がのぞいている。

ここは世界の屋根と呼ばれるチベットの南方部、その標高五千メートルを越える急峻な峰に建つ寺院の一角である。


僧たちがしているのは、この地に古くから伝わる修行の一つ、砂の曼陀羅マンダラ

四人の握る筒からは、色のついた砂が糸のように流れ落ち、その先には、美しい幾何学模様が描かれている。東西南北に位置して座る彼らは、一辺二メートルほどの正方形の石盤の上に、世界の秩序を現し、この世の終わりなき平和を祈っているのである。


「うぅ・・」

突然、東の方位を受け持つ僧の手が震え始めた。その頬は硬く引きつっている。


「気にするでない、そのまま続けるのだ」

部屋の奥手、質素な祭壇の前に微動だにせず座っている高齢の僧が、低く言った。

「しかし、尊師・・」

声をかけられた僧は、言いかけた言葉を切り、ぎこちなく手を動かし続けた。

その視線の先には、白い下図から外れた砂が流れている。彼自身の過ちと見なされれば、曼陀羅は、即、やり直しとなったはず。


「そなたの発する気脈に乱れはなかった。下図から外れた砂は、そなたの過ちではなく、天地の気脈の乱れ。それが、そなたの腕を通して現されたもの。逆らってはならん」

非難を含まない高僧の言葉に、若い僧は落ち着きを取り戻した。


「今こそ大事。心を無にし、曼陀羅を通して、天地が伝えようとするものを受け入れるのだ」


「はい」

小さく頷いた若い僧は、他の三人と同様に、白い下図に意識を集中した。

体の強ばりが解けるとともに、手元は本来のラインから大きくずれ、何かしらの形を描き始めた。


・・歪いびつな円、そして円から伸びる角のある六本の線・・


「これは、虫・・」

若い僧は無意識の内につぶやいていた。


「自然界の秩序の乱れが、東方の国に、邪なるものを産み落とそうとしている」

そろりと立ち上がり、曼陀羅の乱れに視線を落としていた高僧が語った。


「では、その邪なるものに対して、均衡をもたらさそうとするものは現れ出るのか・・我らはこの地上の頂きにて、世の平和を祈り、見守るのみ・・」


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