第27話 予定外の出来事 前編

菅田は実家で荷物を纏めていた。


「そんなに急いで戻らなくてもいいじゃないか」


 菅田の父、圭介は息子の部屋を覗きながら言った。

 菅田が襲われた事件の犯人が分かり、警護の必要がなくなったため一人暮らしをしているマンションへ戻ることにした。

 圭介は寂しそうに覗いてはまだ怪我が治っていないだの母さんが毎日夕飯を作るのを楽しみにしているだの言ってくる。


「高梨さんから、もう大丈夫だと言われた。一週間後にギプスも取れるから、その時また来るよ」

「ここから職場に通えばいいだろ。せっかく一緒に暮らせるようになったのだから」


 菅田はそれもいいかもと思ったが、自分自身よくわからなかった。

 菅田の父は仕事の関係で全国を飛び回っていた。幼いころはそれについて何度も転校してきた。それが嫌で菅田は大学進学と同時に実家を出て既に十数年一人暮らしをしている。

それが数年前にこの街を試験的に作るため会社が住人を募集してそのメンバーに選ばれてここに住み始めた。また、いつかここを出ていくこともあるかもしれないしこのまま永住できるかは父の仕事次第で分からない。

 一人息子のため、いずれは両親と住むと思うが、菅田自身、今の仕事が楽しいのでどうしようかと迷っている。

 何年かぶりに一緒に暮らした息子に父は名残惜しそうに送り出した。


「せっかく一緒に住むためにここに来たのに」


 父、圭介の呟きは息子には届かなかった。



○○○

 菅田は美緒がチャペルの建物から落ちた時の田辺の行動を何度も確認した。

 あの時、チャペルに居たのは美緒、田辺、島崎、堀内。そして後から加わったのは松本、宇佐美。


 美緒は帰ってしまったので聞くことは出来ない。そして、堀内も死亡しているので聞けない。

 田辺と島崎、松本と宇佐美に話を聞き、更に吉村からも話を聞いた。

 時間と場所、菅田が気になっていたのはそこだった。


 田辺の足だと、チャペルの下にいた人物に遊歩道で追いついていたのではないかと考えたからだ。だが、実際には追いついていない。

 菅田は左腕が完治していない為、部下の三島を使って何度も検証していた。


「菅田さん、もう止めませんか」


 肩で息をする三島からクレームが出ていた。

 チャペル裏の非常階段から遊歩道までを何度も走らせたからだ。


「さっきの場所は見えたか?」


 菅田が三島に聞く。


「見えました」

「あそこでも見えたと言うことは……」


 菅田が地図を片手に遊歩道を見る。


「菅田さん、おかしいですよ。どう考えてもあそこから走ってきて遊歩道への折り返し部分で見えなかたとは考えられません」


 菅田も遊歩道とチャペルの道を見る。

 カフェからY字に道があり、一方は本館へ続く遊歩道、もう一方はチャペルへ続く道になっている。

チャペルからの道を遊歩道へ行くとなると、折り返すような形をとるため、チャペル側の道から遊歩道を歩く人を見ることが出来る。

 田辺は追いかける時、ここで逃げた人物は見えなかったと言っていた。

 いくら非常階段の三階からの距離があっても、チャペル側の道から姿形くらいは見えていないのではないかと思って聞いたが田辺は見ていなかった。


 菅田は三島を走らせながら、遊歩道の道で立っていた。少しずつ場所を変えて。それを三島が認識できるかを確認していた。

 菅田と三島が遊歩道で話し込んでいると鍋島がやって来た。


「おはようございます。何をやっているのですか」


 鍋島が菅田たちを見て楽しそうに近づいてきた。

 菅田と三島は夜勤明けに調べていた。三島は鍋島を見て、あとよろしくお願いしますと言って逃げ帰ってしまった。


「菅田さん、一体何をしていたのですか?」

鍋島がお腹を抱えて笑っているが、菅田は真面目に鍋島を見る。

「大崎美緒が怪我をした時、田辺さんが逃げた人物を追いかけた話は覚えていますよね」

「見失ったと聞いていますが」

「それが、どう検証しても矛盾点があるのです」


 菅田と鍋島はいつものように副支配人室で菅田が作った地図を見ていた。


「と言うことは、見えたはずのものが見えなかったと言うのですね」


 鍋島が地図上の道を辿りながら菅田に確認する。


「そうです、さっき三島に走ってもらいましたが、かなり距離があいていない限り見えないことはないと結論が出ました」

「距離があいていないか……。田辺さんの記憶違いでは?」

「非常口が開いているのが見えて外に出たら、下に人影があったので追いかけたと。それは確かです」

「ここに書いてある数字は?」


 鍋島が地図上に書き込まれた数字を指差した。


「それは三島が走ったタイムです」


 鍋島は地図上に自分の親指と人差し指で距離を測っていた。何度かそれを繰り返している。菅田はそれを眺めながらもう一つの仮説を思い浮かべていた。


 田辺が逃げた人物は遊歩道を本館へ向かって走って行ったと言っていたが、それが間違いだったら?

カフェに向かっていたとしたらどうだろうか。宇佐美がカフェの前を通る時カフェの責任者である佐伯と松本が見ている。その後、松本が田辺に会うまでの時間。


「もしかしたら、カフェの方に逃げたのではないかと思うのですが」


 菅田は仮説を鍋島に話した。


「佐伯さんはなんと仰っていましたか?」

「佐伯さん?」


 鍋島の問いに菅田は首を傾げた。どうしてここに佐伯が出てくるのだろうか。カフェにいたとしても遊歩道を歩くすべての人を見ているわけではないはずだが。


「あの人は曲者ですから」


 鍋島が含みのある笑みを浮かべながら菅田に言った。

 曲者とはなんだ?


「柏木の時、佐伯さんの行動は謎すぎて。私も田辺さんにも見えていないことをあの人は見えていたのです。どうしてそれを知ったのか分かりませんが。今回も何か知っているのではないかと思っただけです」


 菅田はよく分からなかったが鍋島が一度佐伯さんのところへ行ってみましょうと言ってきた。

 丁度二人とも朝食をとっていなかったので、カフェで朝食をとることにした。


 遊歩道を歩きながら、菅田は周辺に隠れる場所はないか調べながら、鍋島はスマホで周囲を撮影しながら佐伯のいるカフェに向かった。


「いらっしゃいませ」


 松本がコーヒーを入れながら挨拶をしてくれる。菅田と鍋島は二人でカウンター席についた。


「コーヒー二つとサンドウィッチ二つ」


 鍋島が注文すると、佐伯が奥から出てきた。


「いらっしゃい。遅かったですね」


??


 菅田はどういうことかと思ったが鍋島が隣でクスクス笑っていた。


「やはり、あなたは食えないお人だ」


 鍋島の言葉に菅田はさっき副支配人室で聞いた言葉を思い出した。


「なにか見ていたのですか?」


 思わず叫んでしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る