このきのねつき

@3nana3

第1話

 やわらかい風がほほをなでた。

 放課後の空って気持ちいいよね。

 ぼくは、うさぎの飼育小屋の鍵を開けた手を止めて、飛行機雲が一本の線を描いているの見上げた。

 ふいに足元で声がしたのは、その時だ。

「君、ぼく達のために、〝キツネのきのこ〟を取ってきてくれないかい?」

 ぼくの足元には、茶色い大きなウサギが一羽。

「へ?」

 ぼくは、思わず、変な声を出してしまった。

 だって、ウサギって、喋らないよね、普通。

 辺りを見回してみても、ぼくと、うさぎしかいない。

 遠くで、野球部のかけ声が聞こえる。

「えっとー、えー、きのこ?」

「〝キツネのきのこ〟。」

 茶色いうさぎは、少しイライラしたように言い直した。 

「ぼく達は、キツネにねらわれているんだ。〝キツネのきのこ〟がないと、みんな殺されてしまうんだよ。」

 見ると、茶色いウサギの後ろに隠れるように、白や黒ぶちのウサギ達が、五羽、毛玉のように丸まって、ブルブルとふるえている。

 おいおい、何だか、物騒な話になってきたぞ。

 冗談じゃない。

 ぼくは、今日、学校を休んでいる、飼育委員の山田君の代わりに、掃除に来ただけなんだ。

「悪いけど、そういうのは、飼育委員の山田君にお願いしてくれないかな。」

 ぼくはそう言いながら、床の糞をせっせと集めた。

「山田君が来るのを待っていられないんだよ。だって、今夜、キツネはやってくるんだ。君は、ぼく達がキツネの餌になってもいいのかい?」

 茶色いウサギが鼻をぴくぴくさせながら、ぼくをジロリとらにらんだ。

 こんな言い方をされたら、すごく断りにくい。ウサギが食べられてしまったら、ぼくはとても目覚めが悪くなってしまうじゃないか。

 山田君だって、ウサギがいなくなっていたら、悲しむに違いない。

 山田君は、隣の席で、ぼくに宿題を見せてくれる、なかなかいいやつだ。

「嫌だなあ……。」

 ぼくは、ため息をついた。

「君、山田君の代わりと言うなら、ぼく達を守る義務がある。」

 茶色いうさぎがそう言うと、他のうさぎ達も、ぼくのことを、キッとにらんできたじゃないか。

 それで、ぼくは嫌々、〝キツネのきのこ〟というのを採りに行くことになった。

 なんでも、そのきのこは、とても貴重で、キツネが妖術を使う時の薬になるんだそうだ。

 茶色いウサギが言うには、そのきのこと引き換えになら、キツネはウサギ達を見逃してくれるらしい。

 そんなおっかないきのこを採りに行くのは気が進まないけれど、飼育委員の代わりだから、しかたがない。


『夕日が落ちるか落ちないかの時間、どんぐり公園に行くんだ。公園の中に、寝つきの悪い木が一本ある。その木が眠ると、〝キツネのきのこ〟が生えてくるから、それを採ってくるだけだ。』

 茶色いウサギは簡単そうに言ったけど、そんな上手くいくのかなあ。

 ぼくは、学校の裏にある、どんぐり公園に着くと、ベンチに座った。

 どんぐり公園は、コンクリートでできた滑り台があるだけの、小さな公園だ。

 木も数本、植わっているけど、寝ているのか起きてわるのかなんて、さっぱり分からない。

 滑り台の向こうで、小学生の女の子が二人、楽しそうに話しこんでいるのが見えた。知っている子じゃないのでホッとした。

 夕日まで時間があるので、ぼくは宿題をして待つことにした。

 肌寒くて、身体が ブルっと震える。

 気付くと、女の子達の姿はもうなく、空の太陽は、ベッドに入ろうとしていた。

「まずい、まずい、夕日が落ちちゃう。」

 ぼくは、あわてて宿題をカバンにつめ込むと、木を見てまわった。

 だけど、公園の木を何度見ても、どれが眠っていないのか、見分けがつかない。

 ぼくは、木に近付いて、一本ずつ、触れてみた。

 幹にそっと触れてみるけど、やっぱり分からない。

 山田君になんて謝ろうかな、って思った時、日陰の目立たない場所に、小さな木が一本、たっていることに気付いた。 

 触ってみると、ほんのかすかに、動いたような気がした。木が動くなんてことあるわけないと思ったけど、ウサギが喋ることも、そもそもありえないわけで……。

 ぼくは、直感を信じる事にした。この木を寝付かせてあげよう。

「さあ、どうしよう。」

 ぼくは、国語の教科書を読み聞かせることにした。

 物語を二つほど読んだけれど、ぼくの喉がからからになっただけで、きのこは生えてこない。

 次に、歌をうたってみた。

「ねーむれーねむれー……。」

 だめだ。ぼくは音痴だった。

 いよいよ困ってしまった。こんなことをしている間に、夕日はどんどん落ちて、影が濃くなってきた。

(母さん、怒ってるだろうなあ。)

 ウサギ小屋の掃除をして帰ることは言ってあるけど、こんなに遅くなるなんて思ってもいないだろう。

 ぐう、とお腹も鳴った。ぼくは何をやってるんだろう。母さんは、ぼくを寝かしつける時、どうやったんだろう。

 ぽつんと立っている、目の前の小さな木が、可哀想に思えて、ぼくは思わず、そっと抱きしめた。

 すう、と音がするように、世界の影が墨色になる。小さな木が、少し温かく感じた。

(おや?)

 木は、眠っているようだった。

 ぼくは驚いて、木からそっと離れた。

(木を、寝かしつけちゃった!)

 それから、枝の間に、さっきはなかった、実のような物が見えた。

 あわてて確認すると、親指程の、薄茶色の、シメジみたいなきのこだった。

 なんとなく、赤とか黄色とか、毒キノコっぽいものを想像していたので、少しがっかりした。

 ぼくは、きのこを、こわさないように、指でつまむと、急いで学校へ戻って、ウサギに言われた通り、校門の前へちょこんと置いた。

 本当に、こんな無防備でいいのかよく分からなかったけれど、ぼくは、暗い校舎に追い立てられるように、走って家に帰った。 

 家に帰ると、母さんの頭から角が生えていたけれど、お腹が空いて倒れた振りをして、なんとかごまかした。

 

 次の日、ぼくはいつもより早く家を出た。

 ウサギのことが気になったからだ。

 教室へ行くより先にウサギ小屋へ行くと、昨日と変わらず、六羽とも元気そうだった。

「食べられなくて、良かったね。」

 茶色いウサギに声を掛けたけど、ウサギは不思議そうにぼくを見て、鼻をヒクヒクさせるだけだった。

(ちぇっ。お礼くらい言ってくれてもいいのに。)

 教室へ入ると、席についていた山田君が、ぼくに気付いて「おはよう。」と声を掛けてきた。

 ぼくは、たまらず、山田君に、昨日のことを全て話した。

 山田君は、興味深気にぼくの話を最後まで聞くと、「それは、君、キツネに化かされちゃったのかもしれないね。」と言った。

「え? どう言うこと?」

「キツネは、きっと、そのきのこが欲しかったから、君を利用したんだよ。」

 山田君は、混乱したぼくを、ウサギ小屋へ連れて行くと、

「ほら、ここのウサギは五羽だけだよ。茶色いウサギなんていないんだ。」

 そう言って、眼鏡をクイッと上げた。

 本当だった。

 何度、ウサギを数えても、ウサギは五羽だけで、あの茶色いウサギはどこにもいなかった。

「いや、でも、今朝も確かに居たんだよ。」

 ぼくは、頭がこんがらがってきた。

「それは、もう一度、ウサギになって、君にきのこのお礼を言ったつもりなんじゃない?」

 山田君はそう言うと、くるりとぼくに背を向けて、教室へ歩き始めた。

 山田君の後ろ姿に、茶色い尻尾が見えたような気がしたのも、キツネのいたずらかもしれない。

(それとも、山田君がきつねなんだろうか。)

 ぼくは、ぼんやりと思った。

 

 ぼくは、その日以来、何度か、どんぐり公園へ行って、寝つきの悪い木を眠らせてみた。

 きのこが生えることは、二度となかったけれど、ぼくは、寝つきの悪い、この木を眠らせるのが、とても上手くなってしまった。

 どこかで、木の寝つきが悪くて困っているなら、ぜひ、ぼくに教えて欲しい。

 ぼくなら、必ず眠らせることができるからだ。|

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