REPLY 《5》
僕は間違えた。
アミンを行かせるべきではなかったのに、怖くなって、自分が逃げ出すことしか考えられなかったんだ。それに、アミンに腰抜けと言われたことで腹も立っていて、まったく冷静じゃなかった。綺麗事で――物分かりの良いふりをした綺麗事で、僕はアミンを突き放した。アミンの手を離してしまった。
あの可哀想な子供を、僕が、死地へ送った。
あまりにも愚かで、思慮の足りない、とうてい一人前の大人とは言い難い、まぬけな振る舞いだった。おまえのせいだと責められても文句は言えない。
だけど、これは、僕だけの問題じゃないはずだ。
イスラム過激思想に影響を受けて、世界各地でテロを起こす若者が増えているじゃないか。恋人や家族や友人を差別や騒乱やテロによって奪われたみんなの問題だ。
テロリストの背景はここ二十年で劇的に変貌したと言われている。
インターネットの発達によって、過激派反体制組織の構造は、枝状から細胞状に変化した。YouTubeなどにアップされている過激派組織のプロパガンダ映像などを見て、自立発生的に、テロを行うスタンドアローンのテロリストが誕生しているということだ。彼らは忠誠を誓ったはずの母体組織と直接交渉を持たず、勝手にアルカイダやISの構成員を名乗り、自分勝手な判断で、好き勝手な場所でテロを実行する。組織自体も、支部ごとに自立的な性格を強めている。
個々の活動が掴みにくく、対処しづらくなっているということだ。
イギリスはかつて北アイルランド問題で、IRAなどの過激派組織による爆弾テロの脅威に晒された過去を持つ。対テロリズム法はそもそも北アイルランドのテロ活動に対処するための臨時措置法として制定された。イギリスは、民族宗教問題において軍を派遣して抑圧するという強硬な対処によって民衆が過激化し、抵抗運動はテロに発展し、事態が混迷し、長い時間をかけてようやく融和政策が為されるようになり、対話によってこそ和解も可能になり、それでこそテロの脅威から解放されるのだという物事の自然な流れを、実体験によって学んでいる国だ。
時代は変わり、対テロ法の対象は北アイルランド系からイスラム系に遷移した。
複合的な要因で、イギリスはテロリストの温床になっていると国際社会から非難を浴びた経緯がある。政府は一九九九年からの十年間に有罪宣告を受けたテロリストの30%が大学等で高等教育を受けている――つまり大学等の高等教育施設が過激化の温床になっているとの調査結果を受けて、下院内務委員会の証人喚問を開く。その席で、「人生の成功に大きな希望を抱いて入学してきたイスラム系の学生が、宗教又は人種が理由で、将来への道を切り拓く機会を与えられず希望阻まれるという失望感が過激化の原因となっている」といった証言も出されている。
対テロリズム戦略counter-terrorism strategy=CONTESTには、若者が過激思想に傾倒しテロを起こすことを防止するための施策のひとつとして、「人々がテロリズムに誘引されるのを阻止し、必要なアドバイス及び支援を与えること」が挙げられているし、人種及び宗教に対する憎悪法では、脅迫的もしくは侮辱的な汚い言葉で、発言をしたり、掲示することによって、人種又は宗教に基づく憎悪を煽ることは犯罪とされている。
差別が人々を過激化へ誘い込む。だからこそ、テロを起こしかねない人物には経済的・精神的な支援が必要だとイギリス政府は理解しているのだ。
それでもヘイトは無くならない。
過激化はエリートだけの問題ではない。二十代の若者や、十代の少年少女も、その影響と無関係ではない。
大学等のサークル以外で、過激派の構成員と繋がりを持つ主な窓口になっているのはインターネットだ。YouTubeやTwitterなどが、イスラム過激派のプロパガンダに利用されている。SNSで知り合ったイスラム過激派のリクルーターに唆されて、ふらりと家を出て行ってしまう未成年者も大勢いる。中にはコーランを読んだことも無く、イスラムの精神など知らない者も混じっているのだ。
彼らを招いた者の真意も、自分が何をさせられているのか理解すらせず、誰とも知れぬ者がジハードと信じる戦いに、世界各国の若者が駆り出されている。
アミンのような自分自身のアイデンティティすら定まっていない、未熟で、繊細で、素直で、純粋な十代の少年や少女は、特に煽情的な教義に染まりやすい。
いや、若者を戦いに駆り立てる者たちも、かつて誰かに戦いに駆り立てられた若者だった。その誰かでさえも……民族の対立、文化の衝突、富と機会の不均衡、それらによって生じる抑圧、迫害、貧困と紛争、たえまない不幸の繰り返しによって、怨嗟は親子代々の遺産となり、連鎖し続けている。
生まれながらのテロリストなんていない。
みんな、ただの人間に生まれてくるんだ。
どうか、聞いてほしい。
罪無き人々を傷付け命まで奪うテロリストの卑劣な犯行を擁護はしない。擁護はしないけれど、僕達は知らなければいけない。
みんな、人間なのだということを――
テロリストと呼ばれる青年たちも、僕達と同じ人間だ――テロリストに生まれる人間はいない。いないんだ。不幸が彼らをテロに走らせる。誰も皆、ただ一人の例外も無く、平等に、人間として生まれる。
無垢な子供に罪は無い。
不平等が、差別が、抑圧が、偏見が、迫害が、有形無形の暴力が、不幸の嵐となって子供を襲う。蹂躙された人間は変容する。
そういうことなんだよ。
許せとは言わない。だけど、どうか想像してみて欲しい。
もしも自由で幸せだったなら、いや、恵まれているように見えるのにテロに走る青年もいるにはいるか……でも、彼らの内心には悲しみと絶望と怒りがあるんだ。それは世界が不平等で意地悪だからだ。もしも世界が平等だったなら、彼らはテロリストとは呼ばれなかったかもしれない。
人はテロリストには生まれない。
彼らが悪いわけじゃない。差別という外圧が彼らをテロリストにするんだ。彼らだけの罪じゃないんだ――
耳を塞がないで欲しい。
聞いてよ。どうか思い込みを捨てて聞いてくれ。
彼らを憤らせるものがあるんだ。彼らは苦しんでいるんだ。悲しんでいるんだ。
もちろん、だから暴力に訴えて良いということではない。そうじゃないんだ。そうじゃない。差別と抑圧と搾取……世界レベルでの格差が、彼らは悲しいんだ。泣いているんだよ。涙を流すのは、僕達だけじゃない。彼らも同じ人間なんだ。
人間なんだ……
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