最終章5

 6月11日午後2時、グラーフと島風(しまかぜ)あいかは雪風真姫(ゆきかぜ・まき)と合流、シャドウを止める事になった。

「シャドウ――お前の歪んだ価値観は、超有名アイドル投資家と変わらない。それこそ、超有名アイドルを起用した実写化情報を流し、超有名アイドルを唯一神であると認めない勢力をゴリ押しで排除する位に――」

 雪風の放ったクロスボウ型の魚雷発射装置――そこから放たれたのは酸素魚雷に見えるが、実際はAR技術を用いた拡張現実映像である。

「実写化報道は週刊誌の売り上げを稼ぐ、アフィリエイト利益を得るためにまとめサイトが使う様な手法でもある。アイドル投資家ばかりが使う手でもないだろう」

 シャドウが酸素魚雷を手持ちのロケットランチャーで迎撃しようとするが、ロケット砲弾は魚雷をすり抜ける。つまり、彼が持っている武装は全て不正ガジェットしかないという証拠でもあった。

「そう言った決めつけ自体――特定コンテンツを破滅させ、逆に自分達の首を絞めるブーメラン発言になる。それを未だに学習していないというの!」

 島風はアガートラームは使用せず、背中に装着された連装キャノン砲で応戦、シャドウが次々と召喚するドローンを撃破していく。

「一番もうかるコンテンツは何だ? それが超有名アイドルと言う事――それに便乗して利益を稼ごうと言う事が悪だと言うのか?」

 シャドウの方も、2人に反論するかのように発言するのだが――その発言に説得力はない。単純にまとめサイトや炎上サイト、それこそ虚構サイトのガセ情報を鵜呑みにして拡散するつぶやきユーザーと同じ――。

「唯一神構想は、いずれ大きなバトルを呼び込む原因となる。だからこそ、その発想はしてはいけない――アカシックレコードにも、そう書かれていた!」

 グラーフの叫び、それは他のアカシックレコードにも共鳴するような現実味の帯びた物だった。彼のARアーマーが変形したのは先ほどの戦闘中でも確認できた。そして、次は背中の飛行甲板が変形――戦闘機軍団が展開される。

 その戦闘機の一部は剣へと変形し、彼の手元に握られた。残りの戦闘機は島風が迎撃しているドローン軍団の援護を行う――。

「馬鹿な! アガートラームに続き――それもアカシックレコードから呼び出したと言うのか?」

 シャドウが驚くのも無理はないのだが、グラーフの手に呼び出された剣はARウェポンである。その形状は実体剣のようだが、その形状はガンブレードのようなロマン武器とは全く違う。

「この武器の構造――もしかすると」

 グラーフは何かのスイッチを押す。その直後、持っていた剣は鞭を思わせるような形状に変形した。彼が呼びだした武器、それは蛇腹剣だったのである。



 午後2時5分、グラーフは展開された蛇腹剣でシャドウのチート武装を次々と無効化していく。それは、島風が使用していたアガートラームと同じように。しかし、アカシックレコードにもアガートラームが2個存在するという記述はない。グラーフの想いがアカシックレコードを書き換えたのだろうか?

「ありえない! アカシックレコードの記述を人の想いが書きかえるとは!」

 シャドウも応戦するのだが、それが間に合わない程に武器が無効化されていき、遂には武装の8割が使用不能となる。

「人間の想いでアカシックレコードを書きかえる事は不可能よ! それこそ、オカルトの領域――かつてフィギュアハンターが異能力として恐れていた力!」

 想いの力で記事内容を書きかえる事が不可能と断言したのは雪風である。そこまでの能力はないという事が証明されたのだが、それでもアカシックレコードの力はシャドウの能力を次々と無効化していく。

「フィギュアハンターの異能力と言うのも、実際は一般市民が彼らの異常行動やモラル崩壊等を遠回しに表現するような意味で付けられた! フィギュアハンター自体、ただの人間と言う事を何故に認めない」

 島風も自分がフィギュアハンターになった事で、気になる事があり調べた物――それはフィギュアハンターと言うのが異能力を持っていない事、実際はただの人間である事だった。ネット上で言われている超能力者や異能力者と言うのは、いわゆる都市伝説だったのである。そうなると、単純にコスプレイヤーがフィギュアを争奪すると言う構図――それが本来のフィギュアハンターとも明記されていたのだ。



 午後2時10分、激闘は続き――最終的にシャドウのARガジェットを止める事には成功した。

「敗北を認めろ! シャドウ!」

 グラーフは叫ぶのだが、それでもシャドウが抵抗を辞める気配はない。

「しかし! これで目的が失敗した訳ではない!」

 次の瞬間、シャドウが何かのスイッチと思われるような物を押すと、謎のカウントダウンが始まったのである。

【システム起動停止まで、あと10分】

「このシステムがガーディアンに解析されれば、それこそ超有名アイドルの黒歴史はなかった事にされる。超有名アイドルが絶対正義であるという――政府の目指そうとする理想を消滅させる訳にはいかない!」

 そのカウントダウンは今回のフィギュアハンターのシステム停止――いわゆる証拠隠滅用の起爆装置でもあった。しかし、それを止められるような手段は存在しない。つまり、誰一人としてシステムを停止する事は不可能と言う事だ。

「やはり、あのスポーツ大会には超有名アイドルがスポンサーとして絡み、超有名アイドルの唯一神化をゴリ押ししようと言う魂胆が――」

 島風は考えるのだが、実際には違うかもしれない。2020年に行われる予定の国際スポーツ大会、それが1社の芸能事務所の鶴の一声で自由自在になるはずもない。

 もしかすると、それこそ炎上勢力の思う壺だろう。

「芸能事務所の財テクが成功し、それが赤字国債を帳消しに出来るような展開が生み出された事――それが、全ての悲劇が起こる始まりでもあった」

 雪風は、全ての元凶が1社の芸能事務所が生み出したと考えていた。しかし、それを今のタイミングで議論している余裕はない。



 午後2時15分、残り時間5分となったその時、謎の通信が3人の元に流れた。

『停止プログラムを止める事は出来ない。しかし、それと並行して動くであろうプログラムは特定している』

『そちらのプログラムはアイドル投資家連中を摘発した際、システムの存在を話してくれた人物がいたおかげで何とかなった』

 その声は無名の物なのだが、雪風がこの場にいる以上は――別人が無名のシステムを使っているのだろう。

『このプログラムが停止すれば――最悪のケースとしてアイドル投資家連中が、自分達の推しアイドル以外のグッズ等を大漁転売する事も考えられる』

『そうした悪質な転売を抑止する為のプログラムが、フィギュアハンターのシステムその物と言える』

『だからこそ、このプログラムだけは止めてはいけないのだ! 停止したら、悪質な転売屋は芸能事務所の永久不変を信じて1人で1兆円を投資するような展開を――』

 何かを伝えようとした矢先、無名の声はノイズに妨害される形で聞こえなくなっていた。

「遅かったのか――全てが」

 グラーフは落胆した。今度こそ、特定芸能事務所だけが無双する日本が――超有名アイドル大国日本が誕生すると。



 午後2時20分、ネット上ではあるニュースが報道された。それは、芸能事務所が莫大な借金を抱えて破産したという物である。しかも、それがアカシックレコードで指摘されていた芸能事務所だとグラーフ達が知ったのは、ニュースの出所を探る部分で苦戦した結果――。



 午後3時、グラーフ達が戦っていたフィールドは既にガーディアンが後片付けを行っていた。シャドウの方も回収されており、その場にはいない。

「全ては終わったのか――」

 グラーフの装着していたARアーマーは消滅し、インナースーツのみになっている。それは島風と雪風も同じだ。

「どうやら、システムの方が消滅したみたいね」

 島風は別所に置いてきたトランクケースからコスチュームを取り出し、それに着替える。どうやら、インナースーツの上から着込むタイプらしい。

「これで、フィギュアやグッズの違法転売が再び行われ、またアイドル投資家によるコンテンツ消費の暗黒時代が訪れる――」

 雪風の方は悲しそうな目をしていた。それはグラーフと島風も同じである。その後、3人は各自解散という事になるのだが――ガーディアンから事情聴取されるようなことはなかった。どうやら、これもARゲームとしてガーディアンが判断したらしい。



 やはり、このフィールドもゲームだったのか。ゲームとリアルの区別、ARゲームの技術発展は人類に新たな課題を突き付けたのである。ARゲームの技術は、デジタルと言う名の魔法とも言える可能性が高い。

 それ程に想像を超える技術だったのだ。アカシックレコードでも警告されていた禁断の技術、それを扱うのは――やはり人間のモラルに委ねるしかないのかもしれない。

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