第3話 解決編

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 いよいよ探偵による解決編だ。


《緑家晩餐会》の主旨である読書会は、食堂にて行われる。会員全員が一堂に会する唯一の場が食堂だ。故に事件の説明もここで行われる。


 つい昨日までは食事を楽しみつつ思い思いにミステリの面白さを語り合っていたこの場には、人の死が起きた重さと、《解決編》中の名探偵が醸す神聖な空気とが入り混じって霧のような静寂が降りていた。


 静寂を破るのは――もちろん《名探偵》。

 綾城彩花だ。


「――今回の事件の肝はもちろん、被害者にかけられた眼鏡と、抜き取られた眼球にあります」


 まずは僕たちが押さえるべき謎の焦点を絞り、前提を共有する。

 一見、犯人の異常性とも取れるこのふたつの行動には、もちろん意味がある。

 菖蒲谷雪菜がなぜかるたでああも極端な大敗を見せたのか――その理由を考えれば、事件のあらましが見えてくる。


「先ほど容疑者四人を集め、かるたをしました。その際菖蒲谷さんは、なぜかかるたを一枚も取ることができなかった。どうしてそのようなことが起こったのでしょう? 結論から言いますと、菖蒲谷さんにはかるたに記されている文字を読み取ることができなかったからです」


 町井さんは眼鏡をかけていないとかるたで不利と言ったが、それは菖蒲谷さんにも当てはまっていたのだ。つまり――


「いままで視力による問題が一切見られなかった菖蒲谷さんの、急激な視力低下。ここに理由を見出すなら……答えは単純です。普段は使用している視力補正器――彼女の場合はコンタクトレンズでしょう――を現在は使用していないから。これがもっとも蓋然性の高い推理です」


 概要はこうだ。


 犯行の際、被害者は菖蒲谷さんに強く抵抗し、そのはずみで菖蒲谷さんの片方の目からコンタクトレンズが零れた。


 被害者の殺害後、菖蒲谷さんはコンタクトを落としたことに気づく。当然、彼女は殺害現場でコンタクトレンズを探したはずだ。しかし、片方のコンタクトが外れ、視力の低下した菖蒲谷さんには小さく透明なコンタクトレンズを探し出すのは困難だった。


 ここで、彼女は大胆な賭けに出る。


 そう、彼女は隣室に侵入し、町井さんの眼鏡を拝借したのだ。

 結果、町井さんの眼鏡を盗むこと自体は無事に成功する――が、彼女はもう一つの賭けに負けてしまう。眼鏡の度は、菖蒲谷さんに合っていなかった。

 結局コンタクトは見つからず、いたずらに時間ばかり過ぎていく。そのうち会員たちは起きだすだろう……そうなれば菖蒲谷さんは終わり。そんな一刻を争う事態のなかで、菖蒲谷さんはある可能性に気づく。


 被害者との争いの際に外れたコンタクトレンズが、被害者の眼球の上に落ちた可能性だ。

 もちろんその可能性は低い。しかし、時間のない菖蒲谷さんはもはやこの可能性に縋るしかない。

 その際、じっくり検分するわけにいかない菖蒲谷さんは、《眼球ごとコンタクトレンズを持ち去って》いった。

 そして彼女はその賭けに勝った。コンタクトレンズは、たしかに被害者眼球の上に落ちていた。


 さて、殺害現場を後にする際、菖蒲谷さんは眼鏡の処分に困っただろう。

 町井さんの部屋に再度侵入するのはリスキーだが、証拠品を現場に残して去れば足がつくかもしれない。そこで彼女は、眼鏡を被害者にかけさせることを思いつく。

 そうすることで無数のメッセージ性を生み出すことができ、彼女の本当の目的を誤魔化せるためだ。ただその辺に眼鏡を置いて立ち去るのとでは印象がまったく異なる。


 また、眼球のない死体に眼鏡がかけられているという単に人を殺害するだけなら不必要なアイロニーによって、《犯人の異常性》を演出することができるのも理由の一つだろう。実際、短編では《犯人の異常性》についての言及が繰り返し行われていたし、その後に発展する第二の殺人ではカモフラージュのために別の趣向の《犯人の異常性》が演出されていた(というか、カモフラージュのために第二の殺人が起きた)。


 以上が、事件の顛末である。

 後期クイーン的問題も太刀打ちできない事件の真相である。

 以上の推理を披露した綾城さんは、最後にこう問いかける。


「動機はいったいなんだったのですか?」


 それも僕は知っている。


 事件の犯人であることを認め、項垂うなだれる菖蒲谷さんに用意されている台詞は――


「《解釈違い》よ……」




 ◇◆◇◆




 事件という目の前の問題をとりあえず片づけた僕は、ゆっくりと今後について考える。

 七原五月としてここにいる僕は、今後どう立ち振る舞っていくべきだろうか?

 今回、僕は事件の解決に大きく関わった。それも、不自然な形で。

 そのことは綾城さんも分かっていて、すでに怪しんでいることだろう。


 今後事件に遭遇したとき、今回のように事件解決に直接つながる重大なヒントを綾城さんに与えてもいいのだろうか? 今回の僕の対応は冷静ではなかった。次なる被害者が出るのを阻止したいがために、勢いでああいう行動を取ってしまったが、僕はこの物語の正史通りに振る舞うべきじゃないだろうか?


 だが、僕が七原五月になったことで、物語の内容に変化があったら? そのことで、綾城さんが解けるはずの謎が解けないという事態になってしまったら?

 事件が起きているのに見過ごすことはできない。そのとき僕は、すべての答えを知り尽くしている者として、探偵を正史通りに導き物語を調整していかなくてはならないだろう。

 あくまで探偵の助手として。


 気がかりはもうひとつ。

 現在の時系列が『緑家晩餐会の顛末』時点なら当然のことではあるが、七原はすでに、あの事件を起こしている。

 シリーズ全体を通した謎である――秋庭あきば幸慈こうじ殺人事件を。


 七原が犯した殺人について、僕はどう振る舞っていくべきなんだろうか?

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