act.26 孤独

 雨。

 部活は体力づくりと基礎練習だった。

 部員からの視線が痛かった。

 いつもよりも距離が開いていた。

 物理的にも。

 精神的にも。


 その日から。

 俺は孤立した。

 元々友達は少なかったけど。

 けど。

 露骨に避けられるようになった。

 特に男。

 俺をバイ菌だと思っているんだろう。

 俺が触れたものを汚物扱いした。

 高校生なのに。

 中学生と変わらない反応だった。

 俺は。

 中学生の頃から恐れていた事態に直面して。

 中学生の頃から想定していたのに。

 対処することができなかった。


 一週間。

 波瀬だけはいつもどおり接してくれた。

 それだけが救いだった。

 それだけが苦しみだった。

 波瀬は。

 クラスから少し浮いた。

 俺にも平等で接していたから。

 波瀬もホモ扱いされるようになった。

 波瀬は否定したけど。

 波瀬の机にも落書きされるようになった。

 ホモ。

 呪いの言葉だった。


「聖人」

 家に帰ると母親に呼ばれた。

 手にはA4の紙を握っていた。

 俺は。

 すっと目を細めた。

 そんな俺の様子を見て。

「悪戯にしては行き過ぎてる」

 母親は紙を四つ折りに畳んだ。

「警察に言おうと思うんだけど」

「いい」

「え?」

「言わなくていい」

「どうして?」

「面倒だから」

「面倒、って」

「事情話すのとか」

 事実が知られるのとか。

 この家にも居られなくなるのとか。

 いろいろ。

 母親は「そう」と言った。

 俺は自室に向かった。


 深夜。

 居間の方から啜り泣く声が聞こえた。

 母親の声だった。

 父親と何事か話していた。

 二人とも。

 俺のことを信用していなかった。

 赤の他人が投函した紙を信用していた。

 あるいは。

 実の息子の嘘を見破ったのかもしれない。

 そもそも。

 実の息子の性癖を知っていたのかもしれない。

 どちらにしろ。

 俺は何も知らないフリをして。

 両親と距離を置くしかなかった。


 一週間経った。

 噂の真偽を問われることはなかった。

 そもそも。

 俺は他人とあまり喋ることがなかった。

 だから。

 噂話は少なくなった。

 けど。

 今度は教師の耳に入ったみたいで。

 俺のことを探るように見てきて。

 酷く不快だった。

 男性教師の距離が微妙に遠くなって。

 それは顧問も同じで。

 けど。

 内情を探ったり。

 噂を広めた人を探ったり。

 何かしようと動く気配はなかった。

 結局。

 誰が咎められるわけでもなく。

 俺は。

 教師からの視線にも。

 堪えなければならなくなった。


 一ヶ月経った。

 噂話は耳にしなくなった。

 けど。

 相変わらず。

 俺の周りには波瀬しかいなかった。

 波瀬はいなくならなかった。

 俺と付き合っている、だとか。

 俺のことが好き、だとか。

 俺に弱みを握られている、だとか。

 散々なことを言われても。

 波瀬はいつだって隣にいてくれた。

 一緒に弁当を食べて。

 一緒に勉強して。

 一緒に教室を移動して。

 一緒に帰宅して。

 いつしか。

 波瀬が心の支えになった。

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