act.19 夏風
沖縄。
飛行機に乗るのは初めてだった。
隣に座るクラスメイトとはしゃいで。
担任に注意されて。
けど。
楽しかった。
楽しくなると思った。
少しだけ。
気にかかることはあったけど。
十二月だというのに。
沖縄は暖かった。
だからみんな夏服を着ていた。
おれはTシャツ姿だった。
聖人は。
視線を移して見ると。
波瀬と喋っていた。
二人とも夏服だった。
おれは。
和気藹々とした空間で。
一人。
孤独だった。
他に友達はいるのに。
心に空いた穴には聖人以外入れなくて。
だから。
おれは胸を押さえて。
聖人から目を離して。
集団の隅へと移動した。
まるで以前の聖人のようだった。
初日はクラスごとに行動した。
防空壕を見学するとか。
戦争の爪痕を目の当たりにするとか。
勉強的なこと。
退屈なこと。
だけど。
とても大切なことだった。
おれは。
クラスメイトが素通りした写真を。
じっと眺めた。
戦時中の写真。
女性の写真。
その表情が。
とても健気で。
とても苦しそうで。
今にも泣きそうで。
おれまで呼吸が苦しくなった。
「牛島」
木ノ下が声をかけてきた。
周りには他に誰もいなかった。
「何見てんの?」
木ノ下はおれが見ていた写真を見た。
興味がなさそうだった。
けど。
つまらない、とか。
暗い、とか。
否定的なことは口にしなかった。
木ノ下は空気の読める奴だった。
「歴史とか、興味あるんだ」
「そんなに」
「じゃあ、何で見てんの?」
「何となく」
「ふうん」
木ノ下は通路の向こうに目をやった。
「みんな行っちゃったよ?」
「そうなの?」
「置いてかれるよ?」
「困る」
おれは木ノ下の後をついていった。
最後に。
もう一度写真を見た。
この写真に惹かれた理由がわかった。
女性の目が。
聖人の目によく似ていた。
今にも泣き出しそうな、目。
最後に直視した、目。
ホテルはクラスごとに部屋分けされた。
おれのクラスは理系だったから。
男のほうが多かった。
結果。
男部屋が二つに分けられた。
聖人は。
おれとは別の部屋だった。
みんなトランプして。
ゲームして。
下ネタを話して。
馬鹿騒ぎしていた。
女子部屋に侵入する奴の情報が行き交って。
みんな色めき立っていた。
「牛島」
おれは。
「酒井とどこまでいったの?」
真波との関係を探られた。
ベッドの脇。
ローテーブル付きのソファで。
クラスメイトに囲まれて。
「どこまで、って」
周りを見回して。
聖人がいないことを確認した。
「やれるとこまで」
クラス中の歓声を浴びた。
ロミオの時よりも歓声が大きかった。
おれは。
全然嬉しくなかった。
「真波には内緒」
おれは一応忠告した。
あまり意味はないと思ったけど。
おれは部屋を抜け出した。
聖人の部屋の前まで来た。
入れないわけじゃないのに。
男が男部屋に入るだけなのに。
ましてや同じクラスの部屋なのに。
ドアノブに触れることすらできなかった。
「何?」
ドアが開いた。
波瀬だった。
シャワーを浴びたせいか。
シャンプーの匂いがした。
「聖人」
「いないよ」
「え?」
「外に行った」
「何で?」
「風に当たる、って」
聖人らしいと思った。
「入る?」
波瀬は部屋の中に促した。
「いい」
おれはやんわりと断った。
波瀬は「そう」と言った。
興味なさそうだった。
あるいは。
想定内と言わんばかりだった。
ホテルの外へ行った。
砂浜を歩いた。
他のクラスの男が何人かいた。
波打ち際で騒いでいた。
聖人は。
どこにも見つからなかった。
おれは一人で海の向こうを眺めた。
地平線は見えなかった。
風が心地好かった。
空を見上げた。
月が綺麗だった。
明日も晴れるんだろう、と思った。
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