第11話 ※微グロ表現あり

彼女の全てを知りたいという欲求は、どれだけ経っても収まることがない。

あんなにも彼女の身体を弄んだというのに僕はまだ飢えていた。

彼女の全てを知ったとはまだまだいえなかった。


彼女のことで知らないことは他になにがあるだろう。

そんなことを考えながら眠る日々を過ごした。


だから僕は、いっそのこと彼女を解剖してしまうことにした。


彼女の血液はきっと花の蜜より甘いだろう。

彼女の骨はきっと麝香じゃこうのようにかぐわしい。

彼女の内臓はきっと飴細工でできている。

それらすべてにメスを入れて、ひとつひとつを取り分けたカプセルを持ち歩きたい。

そう思うことは異常なことだろうか。

だとしてもそれは紛れもなく僕のうちに秘められた欲望だった。

そして僕には、それを叶える力があってしまった。


連結した机を手術台に彼女が横たわっている。

その瞳は、いまはまぶたのカーテンに閉ざされていた。

浮き沈みする胸は緩やかで、彼女が深い眠りの中にあることを示している。

彼女のすみずみにまでメスを入れたくて、すこしでも彼女の意識を遠ざけたかった。


僕はまず、彼女の肌を解剖することにした。

ほっそりとした太もも、産毛に包まれた皮膚の表層をなぞる。

彼女の表皮は艶やかで、ひとつの毛穴も目立たないほどに滑らかだ。

表皮を裂いてよく見ると、それはいくつかの層に分かれていた。

彼女の肌が生まれ、そして死んでいく代謝の地層。

角化した皮膚細胞からなる表面の層が目に見えないほどに薄い若々しい肌。

最下の基底層に埋まるメラニン色素はほとんど目立たず、彼女の肌の白さを知らしめている。


血の通わぬ透きとおる表皮を剥げば、彼女のうぶ毛が共にぷつぷつと抜けていく心地がする。

彼女の毛穴には皮脂が少しも溜まっていない。ニキビなんかとは縁のない潔癖の肌だ。


表皮の下には、彼女の真皮がある。血管に近いそれはピンク色をしていて、浸出液にてらてらとなめらなかに光をたたえている。

これは表皮と比べても強靭で、コラーゲンの繊維を多量に含んでいるという。

よく見るといたるところにぷくりと膨れる乳頭があって、毛細血管や神経の末端がうねりうねりと突き出している。このひとつでも傷をつければ、彼女の身体には痛みが生じ、流れる血液がじわりと滲むのだ。


彼女の突起をすり潰して、肉と血と神経の混ぜものに触れてみたい。

今すぐに彼女の表皮を剥ぎ取り、剥き出しの神経に思い切り身体を押しつけたい。

痛みに痙攣する彼女の身体を抱きすくめ、彼女の液に塗れたい。

じわりと染み出す欲望にくらくらする。

彼女の中を知るという一種猟奇的な所業が、僕の欲望を血色に染め上げていくのが分かる。


―――すこし、落ち着くべきだろう。


気がつけば荒くなっている呼吸を鎮めながら、解剖生理の書物を脇に置いた。

想像を現実に重ねるという無理を続けたせいで眼球がひどく痛む。

それなのに、彼女の身体をより深くまで知ることができているという実感が、その痛みさえ心地よいものへと塗り替えてしまう。


これからさらに奥へと進んで、果たして僕は戻ってこられるのだろうか。

全てを解剖し尽くしてしまったとき、彼女は骨と肉と皮との複合物に成り果ててしまうかもしれない。

そうは思うのに、眼球は疼く。

もっと彼女の奥まで視たいと、無意識に手は書物に触れた。


ほんの僅かな休息を終え、僕はまた彼女の身体へとのめり込んでいく。


戻れなくともいい。

たとい彼女が有機物の塊としてこの目に映ろうと、その美しさに変わりはない。

どうせもう、取り返しはつかないのだ。

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