女の子がただイチャイチャしてるだけ

キノハタ

みはるとなつめがただイチャイチャしてるだけ

 私はみはる、今日も元気な女子大学生。


 そして今、キッチンでご飯を作っているのは私の同棲相手のなつめさん。


 私の掛け替えのない友人で、命を救ってくれた恩人でもあり、そして何より愛すべき恋人さんなのです。


 なつめさんは、私より少し年上のOLさんで、最近は髪は腰まで伸ばしております。綺麗でさらっとした紙がいい匂いを振りまきながら、今日も私達の部屋をゆーらゆーら。私よりちょっと背が高めで、細身ながら、お胸には確かなふくらみがあるのです。服の上だとちょっとわかりにくいけれども、脱いだらちゃんとわかるからね、うんうん。あ、ちなみに今は部屋着用のゆるいワンピースにエプロンをつけて料理中ですよ。


 「よし、自己紹介終わり!」


 となると、後はイチャイチャするだけだ!


 私は今日、謎にポストに投函されていた手紙を広げて、ふんすと鼻息を大きく鳴らした。


 その手紙は差出人不明のハイパー怪しい手紙で、虚空に向かって自己紹介しなきゃいけないという、謎の指令があった後、『今日は全部休みだから、好きなようにイチャイチャしてていよ』というメッセージだけが添えられていた。


 まじか、まじかあ!!


 会社にも学校にも確認したけれど、今日はきっちり公休判定になっている。なんだかよくわからないが、幸せな日なのだ。


 手紙の差出人が誰かとか、そんなハイパー怪しい事案は気にしない。なつめさんとイチャイチャできるなら、今日はそれでいいのです!!


 私は手紙を引き出しにしまい込むと意気揚々とキッチンでご飯をつくるなつめさんのもとに馳せ参じた。


 「なっつめさーん! イチャイチャしましょう!!」


 言葉と共に後ろから抱き着いた。なつめさんの髪が顔に会ってほんわとかいい匂いが私を満たす、着ている服が薄手だから、肩の体温もさらさらとした肌の感触も、その奥にある身体の感触もしっかりと伝わってくる。


 「とっとっと、みはる、今だめ、危ないから」


 なつめさんは、鍋の中身を木べらでかき回しながらちょっと慌てたように私を振り返った。


 私はふむと、少々思考。危ない、危ないかあ。そだね、なつめさんが火傷とかしたら私も嫌だし。


 「わかりました、ここは涙を飲んで引きましょう」


 「うん、お願い」


 そう言って、私は抱き着いていた手を解除した。解除してから、そのまま下へ。こうススっと。


 「……」


 「……」


 「あのー、みはる?」


 「はい、なんでしょ」


 「何してるのかな」


 「え? お尻触ってます」


 何か問題でも? と私が首を傾げると、なつめさんは顔を少し赤くしながら、じわじわとこっちを振り向いた。手は以前、丁寧に木べらを動かしてるのはさすがだなあ。


 「あの、料理中だけどなんで?」


 なつめさんは少し頬を震わせながら、困ったように私に尋ねる。いや、しかし私としても困られても困るわけですが。


 「え? 私はなつめさんのお尻なら四六時中触ってたいですよ?」


 私はなつめさんのお尻の確かの感触を味わいながら指でもぎもぎとお肉を揉みしだく。いやあ、改めて思うけど、お尻って筋肉なんだよね。脂肪も確かにあるけれど、お胸とはそこにたしかな違いがある。お胸はこう、ほんとうに抵抗のない柔らかさに近いけど、お尻は確かな反発と柔らかさが合わさる感じがして、とてもよき。


 「そう……そうですか。そういうものですか」


 若干、顔が赤いままのなつめさんは、いまいち納得しないまま料理を続行している。当然、その間も私はお尻を揉み続ける。このまま揉む場所を変えれば、えっちに発展しそうではあるけれど残念ながら、そうはいかない事情がある。なぜなら今、とてもお腹がすいている!!


 そして、まだえっちを始めるにはイチャイチャ成分が少々足りないのだ!


 というわけで、仕方なく、断腸の思いでお尻なでをして自制心を必死に昂らせているのである。いや、この言い方はなつめさんのお尻に失礼だな。ごめんよ、なつめさんのお尻。労わるようにしゃがんで頬ずりをしたら、視界の上でなつめさんがどう対処したらいいかわからない笑みを浮かべてた。


 そんなこんなでご飯ができました。


 今日のご飯は、サバカレー!!


 お肉を買いに行くのめんどくさかったので、お家にあった鯖缶によって作れらたのだ。何故かお肉よりボリューミィ!!


 ほんのりと魚の風味がただようカレーに私達は「おお……サバですね」「思ったよりサバだね」と舌鼓を打っていた。


 ちなみに、私達のカレーは中辛だ。幸いにも舌の好みが似てるので、辛すぎもせず、甘すぎもしないそんな味わい。ただ、なつめさんは半分くらい食べたら、ちょっとだけカレー粉を足すのが最近のお気に入りらしい。


 普段は何があっても動じない、クールビューティって顔が、カレー粉を追加でかけるときは、ほんのちょっぴり期待したような、ちょっと子どもっぽい表情になって、なんだか私まで思わずによによしてしまう。そんな、なつめさんがあまりにカレーを美味しそうに食べるものだから、私もちょっと気になってしまった。


 「美味しい……ですか? カレー粉かけたの?」


 なつめさんは幸せそうに笑いながら、楽しげに頷いた。


 「うん、やっぱりちょっと味が変わるからね」


 「いいですね! 私も一口ください!」


 そういって、私は目閉じて口をあーんと開けた。


 「え、あ、うん……わかった」


 なつめさんはちょっと困ったような顔をしていたけど、そっと私の口にカレーを入れてくれた。


 うん、確かにほんのちょっぴり風味が強くなるから、飽きてきたころにはちょうどいいかも。


 そして、目を閉じながら口に何かを入れられる感覚はなんだかちょっとドキドキするね。


 目を開けた時に見えたなつめさんは、ちょっと困ったように顔を傾げていたけどね。


 そうしてお昼ご飯を食べて洗い物をしたら、後はもういちゃいちゃ三昧。邪魔するものは何もぬぁーい!


 抱き着き。


 耳かき。


 膝枕。


 いっしょに映画鑑賞。


 背中合わせで本を読んで。


 特にあてもなくお昼寝とか。


 その間も、やりたい放題いたずら三昧。


 抱き着いてる時にお首を舐めて。


 耳かきの時は、なんだか気持ちよくて声が出る。


 膝枕は、少し見えた生足をせっせと撫でまわし。


 映画鑑賞の時は、抱き着きながらお尻を触る。


 本を読むときには背中をこすってでごーろごろ。


 お昼寝タイムもなつめさんのお胸をまくらにゆっくり時間を過ごしたのでした。


 いやあ、ほっこりいちゃいちゃ満足三昧。


 よくわからない手紙の人ありがとーと、私がぐっと天に手を伸ばした夕方も近くなった頃でした。


 私はふと、気付いてしまったのです。


 なつめさんの表情がどことなくくぐもっていることに。


 あれ、あれあれ?


 お昼寝から目が覚めてしばらくしたころでした。


 「……なつめさん、おむねいたいですか?」


 私はちょっとおむね枕から頭を上げて、そっと労わるようにおむねを撫でる。


 「別に……そうじゃないよ。あ、いま胸触らないで、みはる」


 「え」


 え。


 え?


 思わず指が固まった。


 え、そんなの言われたの初めてなんだけど。


 「え、えーと、お尻ならいいですか……なんて」


 ちょっと困りながら笑ってみた。


 でも、なつめさんはちょっとしんどそうに眉を歪めて。


 「うーん、お尻もやめて欲しいかな……」


 え。


 ……え。


 「あ……すい……ません」


 もしかして……、ちょっとやりすぎちゃった? あれ、私、許されるからって調子に乗りすぎていたのかな。


 そういえば、今日はイチャイチャできるからって、随分とやらかしてしまった気はする。


 そりゃ、そうだよね、誰だって触られたら嫌な時もある……よね。


 思わず、声が小さくなる。私、やっちゃったのかな、嫌われちゃったりしたのかな。


 仕方ないのですごすごと、私はなつめさんの身体から身を引いた。二人して寝転がっていたベッドの端に膝を抱えて蹲る。


 「……あ、あんまりやりすぎたら、やっぱり迷惑ですよね」


 「……?」


 そうえいば、私、なつめさんに身体を許してもらってから、拒否されるなんてことなかったな。


 「だ、大丈夫です。わかってます。そういう時ってありますよね気分の問題だし」


 「……みはる?」


 だからちょっと、調子に乗ってたかな。なんでも許されるって甘えてた。うー、……ちゃんと自立するって決めたのに。そこんとこ、加減を見極められないと意味ないじゃん。


 「あ、もしかして、今日のお昼の料理中のやつ嫌でした? だったらすいません、気付かなくて」


 「みはるー?」


 ああ、もうなんてバカなんだ私、反省しなきゃ。ダメだ、今日は一日中イチャイチャできるからって油断した。もっと、ちゃんと相手を労われる関係にならなきゃ。


 「きょ、今日はもう触りません。ごめんなさい」


 「みはる」


 ああ、折角いい日だったのに、私のバカ、バカ。



 「みはる!!」



 なつめさんの顔が近くにあった……あれ?


 ちょっと呆れたような表情。少しため息をついて、やっぱり失望されちゃったかな。


 なんて、私が膝をますます抱えそうになった頃。


 なつめさんはそれとなくスマホを見やると、時間を確認してから「あと30分」と呟いた。


 それから、びっと私に風呂場までの道を指さした。


 「なんか勘違いしてるっぽいけど、みはる。とりあえずシャワー浴びてきて」


 ……え?


 なんで? と問う前になつめさんは私の背を押すと問答無用でシャワーに入れてしまった。


 訳も分からないまま、軽く身体を流した私がお風呂を出ると、なつめさんは入れ違いのようにシャワーに入っていった。


 え……えーと、なんかえっちの前の準備に見えるけど、え、でも触られるの嫌がってたよね?


 もしかして、私がいじけてたから、なぐさめるために本当は嫌だけどえっちしようとしてくれてる?


 ……うーん、だめだ、それはだめだよ。


 そんな嫌なことさせちゃあいけないんだから。


 私はぎゅっと拳を握った。ベッドの端に座ってそれから背筋をピンと伸ばす。


 なつめさんがお風呂あがってきたら、凛々しくしてよう。


 それから、言うんだ。


 『なつめさんが、本当にしたいことしてください』って『本当に嫌なら、今日はしちゃダメです』って。


 はっきり言うんだ。だって、私達は自分に正直にならないといけないんだから。


 本当に、嫌なことはちゃんとお互い言わないといけないんだ。


 私はふんと胸を張ると、しっかりと言葉を返す準備をした。


 流れでなつめさんが始めようとしても、いってやるんだ。なつめさん、自分を大事にしないといけませんよって。


 そうして、ふんふんと意気込みを整えるの私の所に、なつめさんは早々にシャワーを切り上げると、バスタオルだけ巻いた状態でやってきた。


 う、えっち。鎖骨見えてる、顔もちょっと赤くてどこか恥ずかしげに私から目を逸らせてる。いつもならここから即えっち体勢。で、でも今日はダメなのだ。いやいやのえっちなんてさせるわけにはいかないのだ。


 それから、なつめさんは無言で私の隣にとんと座った。ベッドがぎしって音を立てて、ほんのりとした湯気が確かに私の皮膚を刺激する。


 煩悩にまみれかけた脳を必死に回して、私は言葉を紡ぎ出す。


 「みはる……」


 「な、なつめさん、いやいやえっちなんてダメです!! えっちは本当にしたいときにするものなんです! だから私に気を遣ってとかそういうのしちゃだめなんですよ!!」


 一息に言った。流れに飲み込まれないよう、目をつむって、手を伸ばして距離を開けて、しっかりと告げたのだ。


 ……。


 しばらく沈黙の時が流れる。


 ベッドがきしむ音すらしない、エアコンの音が嫌に耳につく。


 ただ、どんな表情をしているのか、気になる気もしたけれど目を開けるのも同時に少し怖かった。


 丁度、そんなころだった。



 アラームが鳴った。



 ブーブーと携帯の震える音がする。恐る恐る目を開けると、ベッドの脇に置いてあったなつめさんのスマホが音を立てていた。


 な、なんだろ、電話じゃない。アラーム、なんでこんな時間に? まだ夕方も過ぎて、ようやく夜になるころだっていうのに。


 「ん、時間だね」


 それから、なつめさんは一人でそう呟いた。


 え、時間? 何の?


 首を傾げる私に、なつめさんはちょっと呆れたように目を細める。


 「やっぱりわかってなかったね……」


 それから、ベッドの脇の引き出しを開けると、そっと私に手紙を手渡した。それは今朝、私達にあてられた手紙。


 どこかの誰かが、私達の休みを作ってイチャイチャさせてくれたそんな手紙。


 どうやら、私となつめさん両方あてに届いていたらしい。


 「封筒開けて、裏面見てみて」


 「え?」


 よくわからない、よくわからないが言われるまま、封筒から紙を出してみた。表面には、私がみたのと同じ内容。イチャイチャしていいよっていうそれだけのメッセージ、で、……裏面?


 私は紙を裏返した。


 『ちょっと諸々あって、君たちの生活を人に見せるかもしれないから。夜六時になるまではえっちしないほうがいいよ。まあ、見られてもいいなら構わないけど』


 そんなことが、書かれてた。


 ええ。


 人に見せるって、何。というか、本当に何なのこれ。


 「というわけで、今の六時のタイマーね」


 「え、じゃあ、私が触ろうとしたら止めたのは……」


 なつめさんは顔を赤くしながら、目を逸らした。


 「……あれ以上触られたら、したくなっちゃうし」


 その様が、すごく、可愛かった。髪を濡らしながら、恥ずかしそうに頬を赤らめて、なつめさんはそっと私の肩に手を置く。


 それからちょっと安堵する。


 よかった、嫌われてたわけじゃなかった。


 触られるのが嫌なわけでもなかった。


 ほんと、もしそうだったら、どうしようかと心配で心配で仕方なかった。


 「よかったあ、本当にいやだったらどうしようって想ってたんです。それで無理してえっちしようとしてくれてるなら、そんなの絶対止めなきゃって」


 「なーんか、へんな勘違いしてるなとは思ったけどさあ。まさか、そもそも裏面見てないとは」


 「えへへ、お休みってだけで舞い上がっちゃって、すいません」


 それからなつめさんはにっこり笑った。




 視界がぶれた。




 え?




 視界の奥に天井がある。



 視界のど真ん中には少し逆光になってタオルがはだけたなつめさんがいた。



 急に押し倒されたのだと、数秒経ってようやく理解する。



 「と、いうわけで人が必死に我慢してるのに無自覚で煽ってきた女の子にお仕置きが必要だと思うのだけど?」



 「あ、えと、ごめんな……さい?」



 なつめさんは深い、とても深い笑顔を浮かべていた。なんていうか色々と、滾る何かかがまじりあったような、そんな笑顔。



 あれ、これ、やばくない?



 「うん、じゃあ、とりあえずお返しから始めよっか? 今日は折角一杯、気分を高めてくれたから激しくなると思うけど、責任もって付き合ってね?」



 こう言って、寝かしてもらえない夜が一体何回、あったっけ?



 震える私に、とても優しく官能的に、むしろそれを煽るように耳元に口づけがされていく。



 唇が離れる水音が、思考の全てを埋め尽くす。



 私の全てが、なつめさん一色に染め上げられる。








 ああ、これ、だめだ。








 なんて気づいた頃にはもう遅くて。









 私の鳴き声をBGMにそうして夜は更けていく。














 えーと……明日も休みに……なりませんかね?

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