孤独の果て/旅立ち

 人間が生きていくというのは、想像以上に幽遠で壮大なものだった。

 私はここに立っている。目の前の博士は食事をしている。フォークでサラダを口に運んでいる。

 これを一日3回繰り返す。それを365×寿命年数回繰り返す。新陳代謝を繰り返す。体はいままでなかったものと、ずっとそこにあったものが混ざり合う。同一性を保ちながら。

「おかしいのです、博士」

「何が」

「今まで、体が切り刻まれるような感触がずっとありました」

「抽象表現を覚えたか。第二次性徴に見られる活動だ。見た目通りの進歩だ」

「でも、博士を見ていると、それが消えるのです」

「…」

「おかしいんです。私と博士は違うものです。私は人形で、貴方は人間です。そういえば貴方の貴いという字は、積み重ねのようにも、傷のようにも見えませんか」

「…」

「博士。私はずっと苦しいかも知れません。生まれてからずっとです」

「…」

「第二次性徴、を教えて下さり、ありがとうございます」

 博士は柔らかなポテトサラダを口に運んだ。

 人の食事は一般的に規則的で定期的だ。だが、博士は食べられない時と食べる時がある。今日は食べる時だったらしい。

 私は食事をしない。人形だからだ。

 だが、博士が食べるのを見ていると、何故かほっとした。

 私は目の前の人を燃やしたいほど憎んでいたが、それは同時に救いでもあった。

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