126話 壁ドン

 宿屋の一室で、酒盛りをしているところだ。

 ユヅキに口移しでエールを飲ませてもらった。

 酔いのせいか、今夜の彼女は非常に積極的だ。


「ユヅキさんばかりずるいのです」


「おう。コウタっちを独り占めするなよな」


 ミナとリンがユヅキを押し退けて、俺に抱きついてきた。

 いつの間にこれほどまでみんなの好感度が上がったのだろう?

 以前からある程度深い仲にはなっていたし、俺から彼女たちへの好意は間違いのないものだが。


「わ、わかったから、そんなに強く引っ付くなって」


「わたしのことも構ってください!」


 さらにはシルヴィが負けじと割り込んできた。

 そうして、宿屋の部屋での酒盛りは、カオスな様相となった。


 どんちゃん騒ぎは続いていく。

 この空気なら、もしかすると『英雄』の取得条件である”あれ”も可能かもしれない。

 いざ尋常に!

 ……そう思ったが――

 ドン!!!


「ちっ! うるせえぞ、隣のやつ! 部屋で騒いでるんじゃねえよ!!!」


 隣の部屋の宿泊客から、壁越しにそう言われてしまった。

 悪い意味の方の壁ドンだ。


「す、すんませーん」


 俺はそう謝っておく。


「ふう。まだまだ飲み足りないが、そろそろお開きにするか……」


 これ以上騒いで、また怒られたら問題だ。

 宿屋の方から注意が来て、最悪出禁になる可能性すらあるだろう。

 それは避けたい。


「えー。まだ飲み足りないないのです!」


「そうだぜ。朝まで飲もうぜ!!」


 ミナとリンが駄々をこねる。


「飲むかどうかは別として……。少し夜風に当たらない? さすがにみんな酔い過ぎだと思うな」


 ユヅキが提案してきた。

 確かにみんな酔っている。

 ユヅキも含めてな。


「なら、外に出てみようか。一応、俺のストレージに酒瓶を入れておくよ。基本は散歩での酔い醒ましが目的だから、飲むことはないだろうけど」


「ご主人様と夜のお散歩……。すてきです!」


「あたいも行くぜ!」


 シルヴィとリン。

 それにユヅキとミナも加えて、みんながついてきてくれるようだ。


「じゃあ、行こう」


 俺たちは宿から出て、通りを歩く。

 夜風が涼しい。


「町中に向かうか?」


「ボクはむしろ、町外れに行ってみたいのです」


「確かに行ってみたいかも。エルカの町の近郊とはまた違った自然の雄大さがあるよね」


 ミナとユヅキがそう答える。

 エルカの近郊は、緑が豊かだ。

 ホーンラビットが生息しているエルカ草原や、フォレストゴブリンやクレイジーラビットが生息しているエルカ樹海がある。


 そして、ここテツザンの周囲には山が広がっている。

 やや荒れ気味の山だ。

 緑は少なめだが、これはこれで荒々しい自然の雄大さを感じる。


「よし。じゃあ、山に向かって歩いていこう」


「「「「おー!」」」」


 俺は、みんなと一緒に山の方に足を進める。

 適度に酔いを覚まして、明日に備えたいところだ。

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