60話 モンスターハウス
エルカ迷宮の2階層を探索しているところだ。
基本的にはリトルブラックタイガーを狩ることが目的である。
奥に進んだり、探索をする必要はない。
とはいえ、今後3階層に行くこともあるかもしれない。
今のところ2階層のボスを攻略する気はないが、手前ぐらいまでなら探索しておいて損はない。
それに、宝箱などもあれば少しうれしい。
2階層なので大したものは入っていないだろうが、1階層よりも多少は期待できるだろう。
「おっ! コウタっち。あれは宝箱じゃねえか?」
さっそく宝箱を見つけた。
幸先がいい。
「そうだな。前回の失敗もあるし、慎重に開k……」
「うおおおぉ! リトルブラックタイガーの肉とか、入っていねえかな!」
リンが元気よく宝箱に向かう。
おいおい。
前回の反省を全然活かしていないな?
まあ、細かいことを気にしないのは彼女の魅力でもあるが。
『悠久の風』は、大雑把な女性が多い。
イケイケドンドンで勇ましいシルヴィに、自宅が散らかっているミナに、危険な宝箱を好き勝手に開けるリンだ。
こうして整理すると、みんな癖が強いな……。
まあ、俺はそれぐらいのことで幻滅したりはしないけどな。
「ちょ、ちょっと待ってってば……」
ユヅキがリンにそう言う。
『悠久の風』の唯一の良識枠がユヅキだろうか。
彼女は慎重だし、金銭感覚も庶民的だ。
ユヅキの制止の声は間に合わなかった。
リンが宝箱を開け、中を覗き込む。
「ありゃ? ユヅキっち、コウタっち。宝箱の中に、何も入っていねえぜ?」
ハズレか?
しかし、MSCにおいて空の宝箱はなかったはず。
ハズレとみなされる宝箱はあったが、一応中身は入っていた。
タワシとか、極小の魔石とかだ。
いや待て。
そういえば、『あれ』があったか!
「リン、危ない! 戻れ!」
「うん? 急にどうしたんだよ?」
リンが首を傾げつつ、こちらに戻ってくる。
しかし、イマイチ緊迫感が伝わりきっていない。
このままではマズい。
ヴーン。
彼女の足元に、魔法陣が展開される。
転移魔法陣だ。
「リン! 掴まれ!」
俺は彼女に手を伸ばす。
「お? おお! コウタっち!」
リンも、ようやく切羽詰った事態に気づいてくれたようだ。
彼女がこちらに手を伸ばす。
そして、俺とリンの手が触れた瞬間。
シュンッ!
一瞬にして、視界が切り替わった。
ダンジョン内の小さめの部屋に転移したようだ。
おそらく、俺が懸念した通りの事態になった。
こんなところまで、MSCと同仕様だとは……。
「い、いったいどうなったんだ?」
リンがそう問う。
「ここは、いわゆるモンスターハウスというやつだ。俺たち2人だけが転移したようだな」
シルヴィ、ユヅキ、ミナとは離れ離れとなった。
『パーティメンバー設定』の恩恵により、彼女たちの居場所は何となくわかる。
彼女たちは、どうやらこちらに向かってきてくれているようだ。
俺とリンはエルカ迷宮内で転移しただけなので、がんばればまた彼女たちと合流することも可能だろう。
しかし、その前に1つ問題がある。
「少ししたら、この密閉空間に魔物が次々と放り込まれる」
MSCにおいては、初心者キラーとして有名だった。
もちろん俺も知っていたが、この世界では今の今まで脅威度を認識していなかった。
というのも、モンスターハウスが厄介なのは初心者の頃だけだからだ。
中級者以上になりスキルやアイテムが潤沢になってくると、さほどのものでもない。
むしろ、適度な強さで多めの経験値をもらえる魔物が次々とやって来るということで、半ばボーナスステージのような扱いさえ受けていた。
経験値、魔石、ドロップ品などを荒稼ぎできる。
MSCにおいて俺はさほど時間を要せずに初心者を卒業した。
ただ、今の俺やリンは、もちろん初心者である。
俺は『経験値ブースト』などのスキルにより急成長をしているものの、まだまだ中級を名乗れるレベルには達していない。
冒険者ランクもDだしな。
初心者に毛が生えた程度のものである。
「そ、それってヤバいんじゃ……。す、すまねえな、コウタっち」
リンが謝ってくる。
この事態の危険性を正しく認識してくれているようだ。
「過ぎてしまったことは仕方ない。……俺の知識が正しければ、対応策もある。俺の指示を聞いてくれ」
彼女のうかつな行動が招いた結果ではあるが、今さら言っても仕方ない。
前向きに、チャンスだと考えよう。
この窮地を乗り切れば、経験値、魔石、ドロップ品をたくさん得られるはず。
それに、リンとの友好度も上がるだろう。
十分に上がれば、彼女も『パーティメンバー設定』の対象者になるかもしれない。
「わかったぜ。全てコウタっちに従う」
俺は、MSCのモンスターハウスへの対処法を思い出し始める。
うまくやれば、なんとかなるはずだ。
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