40話 ダンジョン挑戦に向けて

 ミナの鍛冶場を訪れてから、数日が経過した。

 俺たちは予定通り、エルカ草原で無難に狩りをしている。

 今日の狩りを終えて、町に戻り始めているところだ。


「ふう。今日もよく働いたな」


「順調ですね! 日々、自分の成長が実感できます!」


「そうだね。本当に、このパーティに入ってから自分が成長できていることを感じるよ」


 シルヴィとユヅキが満足そうにそう言う。

 俺の『パーティメンバー経験値ブースト』の恩恵により、彼女たちの成長速度は速い。


「いい感じだな。この調子なら、近々予定しているダンジョンへの挑戦もいけそうか?」


「ダンジョンは初めてですが、何とかがんばれると思います!」


 シルヴィが力強くそう言う。


「僕はユーヤたちと『エルカ迷宮』の1階層の途中まで挑戦したことがある。この3人なら、たぶんだいじょうぶだと思う」


「ああ。ユヅキはダンジョンに行ったことがあるのだったな。実際、どんな感じだったんだ?」


 俺は『マジック&ソード・クロニクル』の知識や経験はあるが、この世界のダンジョンについては素人だ。

 シルヴィも、元村人で今は奴隷であるため、そのあたりの知識には疎い。

 冒険者として先輩のユヅキの意見を聞いておこう。


「1階層は、ゴブリンやホーンラビットがほとんどだから、エルカ草原で活動するのと変わらないよ。違いがあるとすれば、宝箱がたまに見つかるぐらいかなあ」


「なるほど。それなら、なぜ『大地の轟き』は迷宮ではなくて草原を拠点に活動していたんだ?」


 宝箱が見つかることがあるのであれば、純粋にその分エルカ草原よりも旨味があるように思えるが。


「宝箱とはいっても、1階層だと大したものは入っていないし、そもそもあまり見つからないし。知っているとは思うけど、エルカ草原よりも町から遠いから、不便だし……」


「それもそうか」


 遠いと移動時間がかかる。

 その分、実際に狩りを行える時間が減る。

 さらに、移動に伴う疲労もバカにできない。


「あと、ゴブリンやホーンラビットくらいしか出ないとはいっても、ケガをする可能性が否定できないよね。いざというとき、町に近い草原からならすぐに撤退できるけど、町から遠いダンジョンだとすぐには撤退できない」


「ああ、そういう問題もあるか」


 MSCにおいては、治療魔法使いをパーティに入れることは定番だった。

 そうでなくとも、ポーションを常備しておくのが基本だった。

 多少のケガ程度であれば、ダンジョン内のその場で回復できる。

 たとえ十分な治療が行えなかったとしても、しょせんはゲームだ。

 多少のデスペナルティを負えば、普通に町に帰還できた。


 一方のこの世界ではどうか。


 まず、魔法使いはややめずらしい。

 『風魔法使い』である俺の知名度はそこそこ高い。

 いずれは『氷魔法使い』であるシルヴィや『土魔法使い』であるユヅキの知名度も上がっていくことだろう。

 そんなめずらしい魔法使いの中でも、『治療魔法使い』はさらにめずらしい。

 MSCのようにホイホイとパーティに組み込むことはできない。


 また、ポーションは貴重品だ。

 値段も高い。

 いざというときの保険であればともかく、毎日の狩りで常用することは厳しい。


 加えて、この世界では死んだら普通に死ぬ。

 町の教会で生き返ったりはしない。

 当たり前だが、ゲームであるMSCの感覚をそのまますべてこの世界に当てはめるのは危険だ。


「ふむ……。1階層を主な狩場にするぐらいなら、このままエルカ草原で狩りをするのが無難なのだな」


「そうだね。でも、コウタが言っていた通り、階層ボスに挑戦するなら話は別だよ。大きめの魔石が手に入るし、レアな素材がドロップすることもあるし……」


 この世界の魔物は、討伐すると虚空に消える。

 その際、魔石が残される。

 冒険者は、魔石同士を合成して純度の高い魔石を手に入れる。

 それを冒険者ギルドなどに売却することが、冒険者たちの主な収入源の1つだ。


 また、まれに魔物の素材が固形化してドロップすることもある。

 武具に加工してもらうこともあるし、冒険者ギルドなどに売却して資金の足しにする場合もある。


「やはり、次の狩場として『エルカ迷宮1階層』は悪くなさそうだな。問題は、3人で階層ボスを倒せるかだが……」


「うーん……。僕もボスとは戦ったことがないけど、少し厳しいかもね。あと3人……せめて2人いれば、心強いのだけど」


 ユヅキがそう言う。


「2人か……。ユーヤたちはアーノルドとともに町を離れているし、あてがないな……。少し考えてみよう」


 あと数日後には、ユヅキの新しい武具ができあがる。

 また、俺たち3人は日々順調に成長している。

 それらに加えて、臨時で2人ぐらいパーティメンバーが加われば、階層ボスも何とかなるかもしれない。


 ここで、今与えられているミッションを整理しておこう。



ミッション

『悠久の風』にてダンジョンの階層ボスを撃破せよ。

報酬:オリハルコン(中)、経験値(小)


ミッション

『悠久の風』のパーティ人数を5人にせよ。

報酬:魔石蓄積ブースト、経験値(小)



 ダンジョンの階層ボスは、戦力さえ整えれば何とかなる。

 地道にジョブレベルを上げていき、臨時のパーティメンバーを2人ぐらい見つければ挑戦したい。


 報酬のオリハルコンは、レアな鉱石だ。

 そのまま俺たちの武具に加工してもらうのもいいし、売却して資金の足しにするのもいい。

 この世界におけるオリハルコンの相場は詳しく知らないが、少なくともそこそこ程度には高いはずだ。

 シルヴィの購入代金の分割払いが大きく進むことになる。


 『悠久の風』のパーティ人数を5人にするミッションは、難易度がやや高めだ。

 とりあえず、その辺の駆け出し冒険者を臨時パーティに入れたことがあるが、ミッションは達成とならなかった。

 冒険者ギルドにおける名目上のパーティではなく、システム上の『パーティメンバー設定』を用いる必要があると思われる。


 『パーティメンバー設定』が使用できるようになる条件は不明だ。

 しかし、ある程度の傾向は見えている。


 今のところ、シルヴィとユヅキが何らかの条件を満たして名前が黒色表記になっている。

 黒色表記になると、『パーティメンバー設定』ができるようになる。


 ユーヤが灰色。

 鍛冶師ミナ、料亭ハーゼの店員リン、冒険者ギルドの受付嬢セリアも灰色。

 『大地の轟き』の残りの3人、アーノルド、レオンあたりが白に近い灰色。

 その他、ほとんど会話したことがない者たちは白色の表記である。


 おそらくだが、お互いの友好度や信頼度が関係しているように思う。

 俺から相手に対する好感度だけではダメで、逆に相手から俺への好感度だけでもダメなようだ。

 まあ、サンプルが少なすぎるのでまだ確証は持てないが。


「(ううむ……。『パーティメンバー設定』で誰か2人をパーティメンバーに追加して、ダンジョン攻略に挑めれば話は早いのだが……。そううまくはいかなさそうか)」


 俺がそんなことを考えているとき。


 ぐ~。

 だれかのお腹が鳴った。


「し、失礼しました……」


 シルヴィのお腹の音だったようだ。

 彼女が顔を赤くして、お腹を押さえている。


「そういえば、お腹が空いたね。食べに行こうよ」


「そうだな。今日は『料亭ハーゼ』に行ってみるか」


「いいですね! リンさんの料理はおいしいので楽しみです!」


 今後のことをゴチャゴチャと考えすぎるのもよくない。

 とりあえず、うまいものを食べて英気を養うことにしよう。

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