19話 クレイジーラビットの猛攻

 引き続き、エルカ樹海の探索を行っている。

 メンバーは、俺、シルヴィ、ユヅキ、ユーヤ、他3名である。


 あれから、フォレストゴブリンやポイズンコブラなどの魔物を何体も討伐してきた。

 今のところ、このパーティでならエルカ樹海でも安定して狩りができそうだ。

 もちろん、浅いところ限定ではあるが。

 もっと深くまで入れば、強い魔物がゴロゴロいるという話を聞いている。


「へへっ。セリアさんが脅すからビビっていたが、何てことはねェな」


 ユーヤがそう言う。

 少し調子に乗っている。

 露骨に単独行動などはしていないのでまだ問題ないが、そろそろ一言注意しておくべきかもしれない。


「コ、コウタのおかげだよ。ユーヤはあんまり調子に乗らないで」


 俺の代わりに、ユヅキが注意してくれた。


「へっ、わかってるよ。いちいちうるせェな」


 ユーヤが少しだけ不機嫌そうにそう言う。

 若干ながらも不穏な空気が流れたが、特に狩りに影響はなかった。

 その後も、順調に狩りを進めていく。

 そしてーー。


「むっ。兎型の魔物がいるな。あれはーー」


「へへっ。ホーンラビットじゃねェか。エルカ樹海にも、あんな雑魚がいるんだな。俺が軽く討伐してきてやるよ」


 ユーヤがそう言って、駆け出す。


「待て、手を出すな! その魔物は、クレイジーラビットだ!」


「へ?」


 ユーヤの剣がクレイジーラビットに振り下ろされる。

 俺の注意の声は、一歩遅かったのだ。


 判断が遅い。

 いや、そもそももっと早い段階でユーヤを諌めていれば……。

 ユヅキが代わりに注意してくれたからと言って、気を抜いていた。


「キーーッ!」


 クレイジーラビットが大きな断末魔を上げて、息絶える。


「どうしたんだよ? コウタ。大声を出して」


 ユーヤがのんきにそんなことを言う。


「バカ! さっさと剣を構えろ。来るぞ!」


「来るって……。何が?」


 ユーヤがキョトンとした顔でそう言う。

 クレイジーラビットの危険性が頭から抜け落ちているのか。


 ドドド!

 ドドドドド!

 森の奥から、大きな音を立てて何かがやってくる。

 クレイジーラビットの大群だ。


「っっ!!!」


 ユーヤはようやく自分の危機的状況を理解したようだ。

 エルカ樹海に来る前に、冒険者ギルドで魔物についての情報共有をしておいたのに。


 ゴブリンの亜種である、フォレストゴブリン。

 毒を持つ蛇型の魔物、ポイズンコブラ。

 そして、ホーンラビットの亜種である、クレイジーラビット。


 クレイジーラビットは、基本的な外観や戦闘能力はホーンラビットと似た感じである。

 角による攻撃は油断できないが、基本的に紙耐久で簡単に討伐できる。


 しかし、賢明な冒険者であれば、クレイジーラビットにうかつに攻撃したりはしない。

 クレイジーラビットは、仲間の死を許さない。

 群れの中の1匹を討伐しようものなら、残りの全員で狂ったように攻撃者を追い詰めてくるのだ。


「ユーヤ、俺たちの後ろで構えていろ。怖くても、一人で逃げたりするんじゃねえぞ」


「わ、わかった」


 ユーヤが震え声でそう言う。


 クレイジーラビットは、移動速度がそこそこ速い。

 ユーヤが逃げても、追いつかれる可能性が高い。

 それに、危険なエルカ樹海を無闇に走り回るのもリスクだ。

 他の魔物を呼び寄せる危険がある。


「揺蕩う風の精霊よ。契約によりて我が指示に従え。風の刃を生み出し、我が眼前の敵を切り裂け。ウインドカッター!」


 ザシュッ!

 ザシュザシュッ!

 風の刃により、クレイジーラビットが数を減らしていく。


 ただし、やつらの標的が俺に切り替わることはない。

 やつらの狙いは、あくまで最初に攻撃を加えたユーヤである。


 それにしても、キリがない。

 致命傷を負わせるにはウインドカッターが有効だが、とりあえず行動不能にして時間を稼ぐのであれば……。


「揺蕩う風の精霊よ。契約によりて我が指示に従え。風の塊を撃ち出し、我が眼前の敵を弾き飛ばせ。エアバースト!」


 ドンッ!

 空気の塊が射出される。

 クレイジーラビットは、数体がまとめて後方に弾き飛ばされていく。


 弾き飛ばされたうちに何匹かはすぐに起き上がってまたこちらに向かってくる。

 しかし他の何匹かはフラフラだし、当たりどころが悪くて死に絶えているやつもいる。

 今の状況下では、エアバーストのほうが有効そうだ。

 しかし……。


「風魔法だけでは抑えきれん! シルヴィ、ユヅキ、それにみんな! ユーヤを守れ!」


「承知しました!」


「わ、わかった!」


 シルヴィたちが、迫りくるクレイジーラビットを迎え撃つ。

 狂ったように遅い来るやつらを迎撃するのは、かなりの度胸がいる。


 しかし実際のところは、落ち着けばなんとかなる。

 なぜならば、やつらの標的はユーヤだからだ。

 シルヴィたちのことは、標的に向かう際の障害物程度にしか認識していない。


「せいっ!」


「ていっ!」


 シルヴィやユヅキの必死の迎撃により、クレイジーラビットは少しずつではあるが数を減らしていく。


「エアバースト!」


 もちろん俺も、風魔法で時間を稼ぐ。

 だがーー。


「く……。ダメだ。数が多すぎる……!」


 俺やシルヴィたちが処理するよりも、クレイジーラビットの迫りくるペースのほうが早い。

 少しずつ突破され、ユーヤのほうに迫っていく。


「う、うわあああぁっ!」


 ユーヤが恐慌の声を上げる。

 シルヴィやユヅキとは異なり、彼はクレイジーラビットの標的そのものだ。

 自身に向けられた殺意を前に、パニックになるのも理解できる。


「踏ん張れ! 何とか粘るんだ!」


 俺はそう声を掛ける。

 森の奥から迫りくるクレイジーラビットの数も、ずいぶんと減ってきた。

 大元が絶たれれば、後は今いるクレイジーラビットを掃討すれば終わりとなる。


 あと少しだけ。

 あと少しだけ粘りさえすれば、ユーヤが生還する未来もあるだろう。

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