第27話 悪縁
(さて、帰るか)
佐藤先輩にお願いを告げ、すぐに解散となった俺は一人で正門を抜けようとする。
「おーい、林〜」
すると、後ろから女子生徒に声をかけられた。
「白雪か」
やや駆け足でこちらに向かってくる白雪。まるで『待って〜! おにい〜ちゃ〜ん』と駆け寄ってくる絵面で微笑ましい。白雪はお姫様のように可愛いから、周りの男子からは羨ましがられること間違いないだろう。そして『とりあえず、あのお兄ちゃん死ねばいい』というテンプレ台詞もいただくのだ。というわけで佐藤先輩、爆発の準備をお願いします。
「まだ帰っていなかったんだな」
時刻は約16時30分。学校に残って何かすることがある生徒以外なら、とっくに下校している時間帯。となると、白雪は残って何かをしていたのだろうか。
「何かやっていたのか?」
俺が問うと、白雪は視線を泳がしながら答える。
「いや、なにも。それより……クソ兄貴と、なんの話をしていたんだ?」
「!」
俺はすぐに察した。白雪がこの時間まで残っていたのは、俺と佐藤先輩が一緒にいるところを見ていたのだと。白雪の台詞からして話の内容までは聞こえていないようだ。だからといって素直に教えるわけにはいかない。そうなれば全てが水の泡となる。
ひとまず、俺達は歩きながら会話を進めることに。
「……いやっ、別ニ? 先輩からモテる秘訣を伝授してもらおうと思っただけで……」
「……林って、嘘つくの下手だな。声は裏返っているし、顔が動揺しているぞ」
(うそぉ!? ポーカーフェイスを維持していたつもりなのに!)
生まれ持った素質というのは、中々に変えられないものだなぁと実感した。
「それに、そんな会話をしているような感じじゃなかった。二人とも真剣な様子だったし、最後なんてクソ兄貴がらしくない驚きと動揺もしていたしな」
白雪の指摘は的を射ていた。ご丁寧に表情まで指摘してくるのだから、どこかで身を隠して俺達のことを観察していたに違いない。そのことに気がつかなかったのは白雪の小柄な特性によるものか。
どう答えようか迷う俺だったが、現場を見られてしまっている以上、下手に誤魔化すのは無理だと判断した。
「まぁ正直に言うとだな、お前のことについて話をしていた」
「私だと……?」
「ああ。お前、佐藤先輩を『クソ兄貴』って呼んでいるだろ? 別に兄貴呼びが珍しいとかじゃなくて、『クソ』って付けているところが気になってな」
別に嘘ではない。白雪がそう呼んでいるのを知ってから気になっていたことだ。
「……そんなことをわざわざ聞きにいったのか?」
「ああ」
「にわかには信じがたい話だな。それを知ってどうする?」
「もし可能なら、俺が仲直りのきっかけを作れればなと」
「……お前が善人なのは分かるが、そこまでする必要はない」
「それはお前にも言えることなんじゃないか? 白雪」
「!」
「俺が例の奴らに狙われていることを目撃してから、最近は付きまとうようになった」
「……」
「こうして一緒にいるのも、俺のことを気にしているからだろ? 居残りの理由がない生徒はとっくに帰宅しているはずだからな」
俺が残ってやっていたのかという質問に対し、白雪は何もやっていないと答えた。つまりは、俺が佐藤先輩のいる教室に向かった時点で白雪は俺のことを尾行していたことになる。
「マックの時も言ったはずだ。気にしなくていいって」
「……私はただ、自分の信念を持って動いているだけだ」
風で簡単にかき消されてしまうほどに小さな呟き。それに反して、握り拳には強い力が込められていた。
「その信念とやらを、ぜひ聞かせてもらいたいものだな」
信念の元に動いているのなら、その対象となっている俺は聞く権利がある。それは白雪自身も理解しているはずだ。
白雪は口を開き、答えようと––––––。
「ストップ!」
「むぐぅお!?」
俺は咄嗟に後ろから白雪の口を片手で覆う。それは『ある人物』を見つけてしまい、気づかれてはいけないという緊迫感からによるものだった。
側から見ればクロロホルムを嗅がせているかのような犯罪集漂う絵面になっていることだろう。それでも、今の俺にはそんなことを気にしている余裕はない。
視線の先には、臭男とアリア達がいた。
「なぁなぁ! 頼むから一緒にカラオケでも行こうぜ〜?」
「そうだよ! 二人がいれば絶対に盛り上がるって!」
「せっかくの機会だし! なっ!?」
そう言ってテンションを上げながらナンパ口調でアリアと黒崎を誘おうとする臭男達。
アリア達の立っている前にはカラオケ店が。二人は乗り気じゃないのか、嫌そうな顔をしている。
「ごめんなさい。このあと用事があるの……」
「あ、私も用事があるの思い出した」
ありきたりな台詞で臭男達の誘いを断ろうとするアリア達。
「えー! いいじゃん、ちょっとだけでいいからさ!」
「なんなら、俺達がおごってやるぞ!」
「歌いたくなければ一緒にいるだけでいいからさ! なっ!?」
臭男達の怒涛の誘い文句に困惑の笑みを浮かべるしかないアリア達。
側から見れば明らかにナンパ同然である。
その様子を花壇に身を隠して傍観している俺達。白雪は臭男達の身勝手な言動に苛立っていた。
「あいつら……ッ!」
今にも飛び出して行く勢いを感じられたので、俺は肩を掴んで抑え込んだ。
「待て。何をする気だ?」
「決まってんだろ。あいつらをぶっとばしに行くんだよ」
「アホ! ここは人の目が多い。そんな騒ぎを起こせば通報されかねないぞ」
「んなことは百も承知だ! どのみちあいつらは口で言っても素直に応じる奴らじゃねぇ。なら実力行使しかないだろ!」
白雪の言い分も分かる。––––––だが、ここで騒ぎを起こされると俺にも都合が悪いのだ。
「つうか、あそこにいる二人は林の友達だろ? なんで助けにいかねぇんだよ?」
「んー、いや、ちょっと色々あってな」
「色々? またあいつらか?」
「いや、別にそういうわけじゃないんだけどさ。色々あって俺は、あいつらと縁を切ったんだ」
「は?」
「意見の対立っていうか、そんな感じだ。まぁ、互いに納得したうえでの決断だからな。悔いはない」
「…………仲直りはしねぇのかよ?」
「……したいよ。そりゃあ」
「…………」
「でも、プライドが邪魔して中々言い出せない。この気持ち分かるか?」
「……まぁ」
「そうか」
視線を横に逸らす白雪。その仕草から、自分にも思い当たる節があるように見えた。
そんな白雪に目を向けていると、アリア達が声をあらげた。
「ごめんなさい! 今日は本当に用事があるの……!」
「私も! また今度ね……!」
二人は臭男達に断りを入れ、駆け足でその場を去って行った。強引とも言えるその行動に臭男達は唖然とし、アリア達を見届けることしか出来ないでいた。
やがてアリア達が視界から完全に消えると、臭男達は顔を見合わせる。
「……チッ。逃げられちったか」
「あと少しで連れ込むことができたのになぁ」
「でもまぁ仕方ねぇよ。下手に連れ込もうとすれば俺達が怪しまれるし」
なにやら怪しい会話を広げる臭男達。
「でも可愛かったな! 赤坂さんと黒崎さん! あんな美女二人と途中まで帰れただけでも幸せの余韻やべぇわ!」
「わかる!! もう近くにるだけで興奮が収まらなかったもん!」
「お前、そん時勃起していただろ? 股間がもっこりしていたぜ!?」
「バッッ! し、してねえよ!」
「隠すなって〜。最初から目的は『それ』なんだからさ〜」
「そうだぜ美佐男。今回は逃しちまったが、次はちゃんと誘いこむぞ。計画通り進めば、二人の体に触れることができるんだからな」
「うっひょ〜! 想像しただけで興奮してきたあ!」
盛り上がる三人。話の内容からしてアリア達をカラオケに誘おうとしたのは、体に触れることが目的だったらしい。
確かにカラオケは男女が一つの部屋に自然と入ることができる、いわばラブホテルの一種。
もちろん、カラオケを純粋に楽しむ者もいるだろう。だが実態はそうでもない。
思春期で、かつ未成年の男女が性欲を抑えきれず、簡単にエッチを堪能できる密室部屋がカラオケという場所なのだ。
佐藤先輩みたいに家に連れてくるパターンもあるが、同居人がいると見られるリスクが非常に高い。
その場合、同居人の帰宅時間を把握しておくほか、保険をかけて前倒しで実行したり、余韻に浸る時間や後処理なども頭の中に組み込んでいかなければならない。
そういった面倒な処理を考えず、思うがままにエッチを堪能できる安全安心な場所がカラオケというラブホテルなのだ。
臭男達が初見でアリア達に強姦することは考えづらいが、それも時間の問題だろう。
最初はさりげなく髪や二の腕に触れるといったところか。
「つうか、この後どうするよ? 赤坂さん達は帰っちまったし」
「そうだな。今日はカラオケで一日潰す予定だったのになぁ」
「仕方ねぇよ。今日は男だけで楽しもうぜ?」
こうして、肩を下げテンションがガタ落ちの男達はカラオケ店へと姿を消して行った。
★
臭男達から駆け足で逃げ去ったアリア達。それを俺達も追う。白雪は臭男達のゲスな考えに相変わらず怒りが滲み出ていたが、なんとか説得して頭を冷やすことに成功。
俺達は臭男達に見つからないよう建物の裏に回ってからアリア達を追っているため、やや遠回りだ。それでも数分の違いであるためそこまで時間がかかることはなかった。
アリア達が息を切らし、膝に両手を添え、呼吸を整えながら立ち止まる。そこは街から少し離れた人集りが少ない市民公園だった。
色鮮やかな木々が円状に立っており、地面には芝生が張られている。
中心の広い部分では親子でサッカボールを蹴っている者や、フリスビーをして遊んでいる者もいた。
木々の下にポツポツと置かれたベンチには、犬を連れた高齢者が腰を下ろしており、子供達の遊んでいる姿を眺めながら微笑んでいる。
そんな場所にアリア達は何か用があったというわけではなく、臭男達から逃れるため無我夢中に走り続けた結果、たどり着いた場所がここだっただけのこと。
アリア達は息を整えながら言った。
「はぁ……はぁ……。思わず全力で走ってしまったわね」
「ハァ……そ、そうだね。でも、この判断は正しかったでしょ」
「そうよね。だってあの人達、明らかに不埒なことを考えていそうだったもの」
「やっぱり赤坂さんも気付いていた? あれはきっと、カラオケに私達を連れ込んで体を要求してくるヤリモクの類だね。人の胸をチラチラ見ながら鼻の下伸ばしていたし」
「どうりで……。妙に気持ち悪い感じがしたのよね」
アリアが胸を庇いながら寒気を感じていそうな表情で言う。
女性というのは勘が鋭い。それが性的に関係するものであればなおさらに。
アリアと黒崎。二人の異才が放つ美によって普段から多くの男性から注目を浴びているため、その繊細さは人よりも研ぎ済まれているのかもしれない。
「とりあえず、今日は早く帰ろっか。またあいつらと遭遇したら嫌だし」
「そうね。早くかえ––––––」
「あっれ〜? もしかして黒崎じゃね〜?」
遠くから聞こえてくる女性の声。声の出先に目を向けてみれば、そこには驚くべきことに、かつての私達の同級生がいた。それも三人。
「……奈々香。それに梨々香と絵理香まで……」
黒崎さんは顔を強張らせながら三人の名前をつぶやく。顔を強張らせるのは私も同じだった。なぜならその三人は、当時私をいじめていた人物だったから。奈々香はその中心人物でリーダー格。
三人は女性でありながらも柔道部に所属していたからか、見るからに体格の良いパワー型という印象だ。
どこの高校かも分からない制服の着こなしでは、パンツが見えそうなほどにスカートを短くしており、そこから伸びる太ももは筋肉が盛り上がっている。中学時代は白かった肌も、日焼けサロンで焼いたのか、綺麗な焦げ茶色へと変わっている。いわゆる、黒ギャルってやつだ。
見慣れないギャルの姿。そこに三人の特徴である鋭くて細い目つきが加わったため、その威嚇さは以前より強くなっていた。目が合ったら喧嘩を売られそうだ。
「久しぶりじゃ〜ん! 中学卒業以来じゃね?」
「そ、そうだね……」
奈々香は黒崎さんの肩をやや強めに叩きながら再会を喜んでいる。それに対して黒崎さんはあまり関わりたくないのか、非常に気まずそうな雰囲気だ。
「んんん? あれ? もしかして隣にいるのって……赤坂じゃね!?」
「えっ!? あのいじめられっ子の!?」
「ウソぉ!? つうか生きてたんだ!」
三人が私に注目しながら驚く。発言にイラッとする部分があったが、そこは忍耐力で抑え込む。
「えっ! 黒崎がなんでこんな奴と一緒にいるの!? もしかして友達関係とか!?」
「てか、二人の制服一緒じゃん! しかもこの制服帝学園じゃね!?」
「え!? ウソぉ!? めっちゃ頭いいじゃん! え、じゃあ、勇男くん達と一緒!?」
私達の制服を見るなり、勝手に盛り上がる三人。勇男という名前に引っかかりを覚えたが、まさかあいつらのことじゃないわよね?
そんなことに疑問を浮かべていると、黒崎さんが質問に答える。
「うん。そんなところだね。––––––んじゃ、私達はこれで」
短く返事をし、これ以上は話すことなどないと言わんばかりに黒崎さんは私の手を握って、この場から去ろうとする。
「待ちなよ」
「……」
が、すれ違い間際に、奈々香が黒崎さんの背中に話しかける。
「よく分からないんだけどさ〜……なんで黒崎がそんな奴と一緒にいるわけ?」
そんな奴とは、当然私のことだ。
「……」
「中学んの時さ〜、黒崎ってそいつと仲良かったっけ?」
「……別に。誰と一緒にいようが私の勝手でしょ?」
「は? なにその言い方。アンタ、私達にそんな口を聞くような奴だったっけ?」
「……」
「中学んの時は私達と一緒にそいつをいじめていた記憶があるんだけど……もしかして裏切り?」
「っ」
違う。正確には黒崎さんは私をいじめてなどいない。ただ近くで傍観していただけ。被害者だった私には分かる。屋上の一件でも、黒崎さんは『敢えて助けなかった』と自白した。理由は好きな人に振り向いてもらいたかった狙いがあり、なにもいじめに加担したいわけじゃなかった。
だが社会的には、いじめられていることに気づいておきながらも、見て見ぬフリをしていた者も共犯扱いとして見られるが一般的だ。
それを黒崎さんは理解しているため、何も言い返すことができないのだろう。
私の手を握っている黒崎さんの手には、悔しそうな力が込められていた。
「ねぇ、さっきからなに黙っているの? シカトですか〜? 耳クソ詰まっているんですか〜?」
「ねぇ奈々香。ウチ中学ん時から思ってたんだけどさ〜、黒崎ってただの八方美人なんじゃね?」
黒崎さんの肩がピクッと跳ね上がる。
「あ〜! それ分かる〜! つまりあれでしょ? 悪い印象を持たれないように、いいキャラ演じて好印象を持たれようとする奴のことでしょ〜? ああいうのマジないよね〜」
「だよねー! それってつまり相手を騙しているってことでしょ? ないわ〜。詐欺師みたいじゃん」
「え、じゃあ、黒崎は私達だけじゃなく、みんなを騙していたってこと!?」
「つまりそういうことじゃね? だって赤坂と一緒にいる時点でそういうことでしょ?」
「うわぁないわぁ。引くわぁ。こわいわぁ……」
罵詈雑言を浴びせられる黒崎さん。ここまで言われて何も言い返さないのは彼女らしくない。
馬鹿を相手にしない主義なのか、それとも三人の指摘が図星なのか。それは分からない。
どっちにしろ、私にとってそんなことはどうでもいい。
今こうして、黒崎さんが私の手を握ってくれている。離さないでいてくれる。一緒にいてくれている。
それだけで私の心は十分に満たされているのだから。
「……おい、聞いてんのかよ黒崎。さっきからシカトしてんじゃねーぞ」
奈々香が黒崎さんに手を伸ばそうとする。その時、黒崎さんがようやく振り返り、奈々香達に面と向かって言った。
「ねぇ、この際だから聞かせて欲しいんだけどさ。なんで赤坂さんにあんなひどいことをしたの?」
奈々香達は当時、赤坂さんの私物を隠したり、暴言を吐いたり、時には暴力を喰らわせたりと、ドラマや漫画でよく見るいじめは日常的にしていた。それも先生の目につかない陰湿ないじめ。
周りの人達もいじめの件については認知していたはずだ。それでも、誰一人チクろうとしなかったのはいじめの矛先が自分に向けられるが恐かったから。少なくとも私の周りではそう答えていた。
それは、私も同じだ。
誰だって、いじめられるのは避けたいはず。平和に過ごしていたいはず。誰かを庇う代わりに、自分がいじめの対象になろうとする正義のヒーローは、果たしてこの世界に何人いるのだろうか。
漫画やアニメと違って、ここは現実。どんなに苦しもうと、悲劇のヒロインを演じようとも、救いの手が差し伸べられる保証はない。現実は残酷だ。
「はっ。なにそのしらける質問。そんなのただの暇つぶしに決まっているじゃ〜ん」
「ッ––––––!」
心の底から熱が込み上がる。それは怒りの感情によるもの。
奈々香達が赤坂さんをいじめていた理由は、単なる暇つぶしでやっていたということに腹が立って仕方がないのだ。
どうして暇つぶしの為だけに、いじめをしたというのだ。ただの暇つぶしであれば他にも選択肢はあるはずだ。
どうして人を不幸にすることしか脳がなかったのだろうか。こいつらにとって、人の不幸は蜜の味でしかないというのか。
––––––いや、私が言えることではないか。
私だって、赤坂さんにひどいことをしてしまった。
私も所詮はこいつらと同じなのだ。
私にはこいつらを咎める権利ない。そんな自分自身にも怒りが湧いてくる。過去の自分を変えたくなる。だが、過去を変えることなどできない。
好きな人に振り向いてもらおうと、あえて助けようとしなかった過ちを無かったことにするなんて出来ない。
私も、立派な犯罪者なのだ……。
だから今の私にできることは、過去の過ちを受け入れ、改心することだけだ!
「暇つぶし? いーや違うね」
「……あ?」
私の手を握っている黒崎さんの手が離れる。そして、奈々香という人に一歩近づき、相手の息が顔にかかる距離まで詰め寄った。
「アンタは嫉妬していたんだよ。奈々香」
「は? なに言ってんの?」
「赤坂さんをいじめていていた理由……それは、赤坂さんの可愛さに嫉妬していたからでしょ?」
「……あんまりふざけたこと言ってっと、本当にぶっ飛ばすよ? 黒崎」
「ふざけてなんかいないよ。私はただ事実を述べているだけ」
「ハッ。事実? どこにそんな証拠があるってんのよ」
「証拠ならあるよ。赤坂さんをいじめていた事実。それが証拠だよ」
私は二人のやり取りを聞いて、ただ呆然とすることしか出来ない。
(私をいじめていた理由が、私に嫉妬していたから……? 一体どういうこと?)
黒崎さんは私の方に目もくれず奈々香から視線を逸らさない。
始めは顔を強張らせていた黒崎さんだったけど、今は余裕な笑みを浮かべている。
「黒崎、アンタも的外れなことを言うね〜。そもそもこいつがいじめられていた本当の理由は小学生の時に友達を陰で悪口を言っていたからなんだよ。それは知っているでしょ?」
確かに、赤坂さんの悪評は中学に入ってすぐに噂で耳に入ってきた。でも、私は赤坂さんから聞いた。赤坂さんは告白してきた人をフった後、言ってもいない悪口を広められたのだと。
その虚偽暴論の真実を疑う者はほとんどいなかった。きっと、私と渡辺くんぐらいだ。
「だから暇つぶしのついでに、ウチらが代わって制裁してあげたんだよ。悪党を成敗するのは正義として当然のことでしょ?」
「噂を鵜呑みにして、濡れ衣を着せられたことも知らずに成敗することがアンタ達の正義なんだ。随分と頭の悪い正義なんだね」
「ッ」
奈々香が眉間にシワを寄せ、舌打ちを鳴らした。
「これで確信したよ。アンタ達は顔も性格もブスだから、正反対の赤坂さんに嫉妬していたんだ」
言い終えた瞬間、奈々香は黒崎さんの胸ぐらを強く掴んだ。利き手であろう右手には、既に握り拳が作られていた。
「……殴りたければ殴れば? 殴れば私の言っていることが正しいという証明になるだけだから」
「ッ! くろさきぃぃッ!」
「ついでに言わせてもらうと、正義を名乗るのであれば自分の過ちを素直に認めて、相手に謝るべきだと思うけどね」
場は完全に黒崎さんのペースに持ち込まれているのが分かる。奈々香は歯を食いしばり悔しそうな様子。
同じ中学だったから分かることだが、奈々香達は相手の意見に素直に応じるタイプではない。だから、謝れと言っても頭を下げることはしないだろう。
––––––と、思っていた。
「え」
私は、目の前の光景に目を疑った。そこには、わずかではあるものの、確かに頭を下げる奈々香の姿が。
その謝罪は、かつていじめの被害に遭っていた私に向けられている。
「……悪かった」
「「奈々香!?」」
らしくない奈々香の姿に、梨々香と絵理香も驚く。当然の反応だ。私もきっと二人と同じ顔をしていることだと思う。それは黒崎さんも同じだった。
黒崎さんの的を射た指摘に反論できず、自分の罪を認めたということだろうか。
私も鬼ではない。ちゃんと反省してくれたのなら、それで許してあげても––––––。
「んなわけねぇだろ! バァァァカ!」
そう思っていた矢先。頭を上げた奈々香は憎たらしい顔つきで、すぐさま黒崎さんのお腹に膝蹴りをかました。
「ガハァッッ!」
「黒崎さん!!」
奈々香の見慣れない姿に油断していた黒崎さんは、不意打ちで膝蹴りを喰らってしまい、粘り気のあるよだれを垂らしながらお腹を抱えてひざまずいてしまう。
そんな黒崎さんを上から見下ろす奈々香。
「アンタさぁ、なに偉そうに説教なんかしてんの?」
「ぐぅッ!」
奈々香が黒崎さんの髪を掴み上げる。
「ウチらが赤坂に嫉妬? ハハッ! 冗談言わないでよ!」
ずいっと黒崎さんに顔を寄せる奈々香。
「あんな雑魚でブスのどこに嫉妬する部分があるっていうの? てか、ウチらの方が百倍可愛いと思うんですけど〜?」
チラッとこちらに視線を向けてくる奈々香。すぐに黒崎さんへと視線を戻した。
「アンタ、中学時代は随分と優等生だったらしいけど、まさかそれで調子に乗っちゃってる感じ〜?」
「奈々香、それあるかもよー? 制服だって帝学園だし」
「いるよね〜。頭がいいだけで図に乗る奴。世の中、勉強だけじゃないっつうの」
流れが奈々香の方へと移り変わると他の二人も参戦し始める。この場は既に、修羅場化としていた。
「つうわけだからさ、ウチらを怒らせた罰として、一発や二発は覚悟しなよ? あ、これ名誉毀損ってやつだから恨むならウチらに喧嘩を売った自分を恨みなね?」
奈々香が拳を引く。その動作だけで、次に起こることが容易に想像ついた。
「やめてッ!!」
止めに入ろうとする私。しかし、その動きを読んでいたのか、梨々香と絵理香が二人掛かりで両腕を掴んで止めに入ってきた。
完全に動きを封じられてしまった私。必死にもがいても、元柔道部である二人の力を振り解くことはできない。
黒崎さんも膝蹴りをされた箇所がまだ痛むのか、抵抗できる状態ではない。
黒崎さんの殴られる痛々しい場面を見たくない私はギュッと目をつむり、受け入れたくない現実から目を背けた。
「見てられねぇな」
そんな時、頼りがいのある女性の声が響いた。
「「奈々香ッ!?」」
梨々香と絵理香が同時に叫び始める。その叫び声に驚いた私も、つむっていた目を開く。
目の前には、脇腹を蹴られ横にふっ飛ばされている奈々香の姿が。
「え!?」
不意打ちで飛び蹴りをされ、芝生の上に倒された奈々香。顔には悲痛で苦しむ表情が浮かんでいる。よっぽどダメージが効いたのだろう。
「だ、誰だおめぇ!」
「強いていうなら、クラスメイトだ」
そう。私も彼女を知っている。
彼女はクラスメイトの––––––佐藤白雪さんだ。
★
「「奈々香ッ!?」」
掴んでいる私の腕を離し、すぐに奈々香の元へ駆け寄る梨々香と絵理香。
奈々香はまだ痛みが収まらないのか、悲痛を浮かべながら脇腹を抑えたままだ。
奈々香は佐藤さんのことを睨み殺すような目つきを向けながら問う。
「クラスメイトだぁ……ッ!?」
「ああ。そうだ」
「チビのくせに、調子に乗りやがって……ッ!」
「チビは関係ねぇだろ。次チビなんて言ったら容赦しねぇから口には気を付けろよ?」
「はっ。それはこっちのセリフだわ。ウチらに喧嘩を売ったらそれこそ容赦しないかんな?」
「やってみろよ。タイマンも張れねぇ雑魚どもが」
「「「ッッ!!」」」
奈々香達三人の顔に、血管が浮かび上がるほどの怒りの表情が。
顔もみるみる赤くなっており、既に戦闘モードに突入していることが分かった。黒崎さんもそれに気づき、慌てた様子で佐藤さんに警告した。
「佐藤さん、逃げて! こいつらは元柔道部! 力技では勝てないよ!」
佐藤さんのように小柄であれば尚更だ。
だが佐藤さんは全く動じることなく、涼しげな雰囲気を保ったまま告げる。
「心配はいらねぇ」
佐藤さんは頼り甲斐のある一言だけを返し、奈々香達に向かって一歩踏み出した。
「おら、かかってこいよ。怖いなら三人まとめてかかってきな?」
佐藤さんの明らかな挑発に、奈々香達は……。
「コロスッ!!」
物騒な一言だけを叫び、怒りの気持ちを共有した奈々香達にもはやブレは生じない。本気で佐藤さんのことを殺しにかかろうとしている。
そのことに不安で仕方がなくて、私も加勢しようか迷ったがやめる。
喧嘩慣れしていない私の手足は恐怖によって震えており、こんな弱気な姿勢ではかえって佐藤さんの足手まといにしかならないと判断したためだ。
情けない自分に悔しい思いをする反面、佐藤さんがどう勝利を収めるのか興味津々の自分がいることに気づく。
「てめぇなんざ、ウチ一人で十分なんだよ!」
絵理香が一人で佐藤さんに向かって走って行き、勢いのついた拳を振りかざそうとする。
「ッッッ!?」
しかし、その拳が振りかざされることはない。絵理香は片膝をつくように崩れ落ち、すね部分をギュッと抑えながら悲痛の表情を浮かべていた。どうやら佐藤さんはすね部分を強く蹴ったようだ。
あまりの痛さに、絵理香の目尻には涙が浮かんでいる。
「おせぇな」
佐藤さんはクールに一言だけ告げ、絵理香の横を通過して行った。
「絵理香!? 大丈夫かッ!?」
しかし、絵理香は言葉を発することができないほど痛みに襲われているため、応答はない。
「人の心配じゃなく、自分の心配をしたらどうだ?」
「て、てめぇ……!」
絵理香に続いて、今度は梨々香が挑む。
「ッッッ!?」
しかし、結果は絵理香と同じだった。
「なんだ。大口叩く割にはこの程度か」
佐藤さんは梨々香の横も通過していき、あっさりとリーダー格である奈々香の元へとたどり着く。
「お前がリーダーだろ?」
「ッ……!」
「リーダー格だったらそれなりに実力はあるんだろうが……期待はできなそうだな」
奈々香は不意打ちで蹴られた脇腹を未だに抑えたまま。痛みが響くようではさっきの二人より実力が劣ることは明白。
「不意打ちをした奴が偉そうに……!」
「それはお前もだろ。黒崎にしたことをもう忘れたのか? ニワトリかてめぇは」
「っ!」
「もう勝負はついたようなもんだろ。分かったら二人に謝れ。私は別にお前らを痛ぶりたいわけじゃねぇんだ」
佐藤さんの言う通り、もう勝負はついたようなものだ。どんなに体を鍛えようと、人間はすね部分を鍛えることはできない。力技では勝てないからこそ、佐藤さんはそこを突いた。
「……悪かったよ」
奈々香は私達に謝ろうと、その場で頭を深々と下げた。だがそれは––––––。
「って言うわけねぇだろバカが!!」
「知ってるよ。バーカ」
奈々香の謝罪はフェイク。すぐさま体を起こし、拳を佐藤さんの顔面へと放った。
だが白雪さんはそれを首だけを横にそらしてかわし、相手の勢いを利用した跳び膝蹴りをかました。
「ガハァッ!!」
「恨むなよ。てめぇが悪いんだからな」
奈々香の口からよだれが垂れる。一瞬だけ白目になったが、自身の気力を振り絞り意識を取り戻した。
だがそれでも、敗北という結果を覆すことは……できない。
佐藤さんが完全勝利する瞬間だった。
「奈々香! 今日のところは一旦引こう!」
「……ぁ、あぁ……ッ」
痛みが落ち着いたのであろう梨々香と絵理香が奈々香の肩を取り、そのまま退散していこうとする。
「It's awkward」(無様ね)
奈々香達の背中に向かって、私は英語に訳した言葉をぶつける。
「I've been thinking about it since I was in junior high school, but it seems like I'm living a life that can't be saved.」(中学時代から思っていたことだけど、やっぱり救いようのない人生を歩んでいるようね)
当然ながら、私の英語を奈々香達が訳せるはずはない。この場で訳せることができるのは、帝学園の生徒である黒崎さんと佐藤さんだけ。
(赤坂さん!?)
(あいつ……)
二人はそれを聞いて、私の方を見ながら驚いていた。
「It's a human life, so it doesn't matter how you spend it, but it's good to do only stupid things and continue to live an empty life.」(人の人生だからどう過ごそうが勝手だけど、そうやって馬鹿なことだけをやって、これからも虚しい人生を送っていくといいわ)
最後に、大きく息を吸って。
「This lose」(この負け組が)
罵詈雑言を放つ私だけど、奈々香達は顔だけ振り向くだけで、明らかに理解できていない様子で間抜けづらをしていた。
そして、何も言わずにそのまま立ち去って行く。
「フッ。ま、事実だから仕方ねぇわな」
佐藤さんが最後に一言だけを添えて、この件は幕を降りた。
(あれ? そういえば林のやつ、どこに行った?)
赤坂達の一件を草木に隠れて林と一緒に最初から見ていたのだが、いつの間にかいなくなっている。
(そういえば、赤坂達と縁を切ったとか言っていたな。顔を合わせるのが気まずくて先に帰ったか)
そう結論づけた私。
私は先ほどの一件に突如割り込んだことについて、赤坂達に事情を説明することにした。あくまでも、林の名前は伏せて……。
★
「あーっ!! ムカつく! なんなのあいつ!」
白雪に対して不満や怒りを口に出しているのは奈々香。両側に立つ絵理香と梨々香も同じ気持ちのようだ。
「あのクソが! 次会ったらタダじゃ済まさねぇ!」
地面に落ちてある小石に怒りをぶつけ、蹴り飛ばす奈々香。小石は不規則にバウンドして行き––––––。
「イッテ!」
Q……ではなく、単純に痛みの悲鳴をあげる俺。奈々香蹴った石が俺のふくらはぎへと直撃したのだ。
「あ、スンマセーン」
テキトーな口調で謝罪する奈々香という女。明らかに反省の色は感じられない。
「……つうか、帝学園じゃん」
奈々香が俺の制服を睨みつけながら言う。
どうやら先ほどの件で、帝学園=赤坂達が連想され嫌気をさしているのかもしれない。とんだ風評被害ですね、帝学園さん。
「……ちょっとそこ退いてくれる? 邪魔なんだけど」
奈々香達の機嫌がさらに悪化する。それもそのはずだ。今の俺は三人の進路を妨害しているかのように立ち塞がっているのだから。
「いや、ちょっと話があるんだが……」
「はぁ? 話ってなに? 小石の件ならさっき謝ったでしょ? 男のくせしてネチネチ引きずるとか女々しすぎでしょ」
女々しくて♪ 女々しくて♪ 女々しくて♪ つら〜いよぉ〜♪
女子高生からのキツイお言葉を受け、少しでも精神的ダメージを軽減しようと金爆(ゴールデンボンバー)の『女々しくて』を脳内再生で遊び始める俺。てか、勝手に結論付けないでもらいたい。
「いや、その件じゃなくてだな……」
「じゃあなに? 言いたいことあんならハッキリ言えよ。ホント女々しい野郎だなお前」
女々しくて♪ (以下略)
「まぁなんだ……。要件というのは赤坂の件についてだ」
「!」
「ちょっと! なにを言い出すかと思えば、アンタ喧嘩売ってんの!?」
「悪いけど、ウチらは絶対に謝らないからね!」
(おいおい、なんなんだよこいつら。さっきから勝手に結論付けようとするんだけど? もう結論三人衆と呼んでいいかな?)
こいつらの知能指数が低すぎるのか、それとも怒りの感情に支配され視野が狭くなっているのかは知らん。それでも人の話は最後まで聞くべきと思います。
「とりあえず話を聞いてくれ。俺は別に謝罪を要求するつもりはない。むしろ味方だ」
「……はぁ? 味方?」
まるでリアル福笑いを見ているかのようにアホ面を見せる三人。
「さっきの件、悪趣味ではあるが隠れながら見させてもらった」
コソコソと隠れて見ていたことを暴露すると、まるで不審者から身を守ろうとするようにドン引きする三人。俺は気にせず続けた。
「さっきは女の子一人相手に呆気なくやられたな。悔しくないか?」
「は? 急になに? 喧嘩売ってんの?」
……こいつらは喧嘩しか売ってないのかよ。とんだ商売だな。
「さっきも言ったろ。俺はお前達の味方だ。実は俺もそいつには恨みを持っていてな。だからお互いにその手助けが出来ればなと思い声をかけたんだ」
「……ハッ。手助けって、お前みたいな女々しい男になにができるっていうの?」
「勇男っていう人と知り合いなんだろ? 俺も多少関わりがあってな。友達と呼べる関係にはまだ至っていないが、喋る仲ではあるんだ」
「えっ!? お前勇男くんと知り合いなの!?」
「まぁ一応。ついでに言うと、いつも一緒にいる正男と美佐男っていう人とも知り合いだ」
「「うそぉ!?」
随分とオーバーリアクションで驚く三人。俺と繋がりを持っていることがよっぽど信じられないのだろう。それもそうか。アリア達の件が絡んでなければ、あいつらと絡むことはないだろうから。
「じゃあ、お前一年生?」
「ああ。ネクタイの色がその証拠だ」
俺は緑のネクタイを見せつける。
帝学園はネクタイの色でその人が何年生なのか分かるようになっている。現状は以下の通りだ。
緑……一年生
青……二年生
赤……三年生
基本はこれのローテンション。三年生が卒業すれば来年の一年生が赤となり、緑は二年生、青は三年生へと繰り上げになる仕様だ。
もし留学などで留年をすれば、ネクタイの色も変えないといけない。そのため、ネクタイの追加購入もすることになる。
臭男達が奈々香達にその仕様を教えたのかは知らないが、ネクタイの色を見て俺が同学年であることは理解してくれたようだ。
「へぇ〜。お前みたいな奴が勇男くん達と知り合いだったなんてね〜」
ほんの少しだけ俺に興味関心を持ったような目を向けてきた為、その流れに乗って俺も気になる質問をすることにした。
「三人は勇男達とどういう関係なんだ?」
「どういう関係もなにも、ウチら勇男くん達と恋人関係だから」
「えっ?」
「知らないの? 絵理香が美佐男くん、梨々香が正男くん、そんでウチが勇男くんと付き合っているの」
「へ、へぇ。そうなんだ……」
三人が恋人関係であることに衝撃を覚え、言葉が出てこない俺。
(つうかあいつら、彼女がいておきながらアリア達に手を出すつもりだったのかよ……)
恋人がいたとしても異性との関係を持つことは不思議ではない。だが臭男達の場合は別。あいつらの目的はアリア達をカラオケ店に連れ込み、性的なことを企んでいたのだからな。
そのことを今彼女らに暴露すれば三人の関係を破綻させる……ことはできないか。
俺が言ったところで信憑性は薄いだろうし、何より証拠を提示することができない。
そうなれば嘘つき野郎だと認定され余計に信頼を失う。そもそも信頼されているかは知らないが。
それでも計画を実行するまでは下手な真似はしない方がいいことだけは確かだ。
「三人はどういうところに惚れたんだ?」
「まぁぶっちゃけ? 外見は全然好みじゃないんだよね〜」
奈々香がそういうと、他の二人もうなずく。
「ただ帝学園のブランドに魅かれて付き合ったって感じ〜? ほら、帝学園の人と付き合ったら将来安定じゃん? やっぱ金が一番大事でしょ!」
なるほど。つまり、将来を見据えて臭男達と付き合っているというわけか。
「それにナンパしてきたのはあっちからだし〜? 大金を稼いでくれる約束もしてくれたから、じゃあ付き合ってあげるって言って付き合ったわけよ」
「へ〜そうなんだ……」
馴れ初めのきっかけがまさか臭男達によるナンパであったことにさらに驚く。
将来的に別れそうな雰囲気が既に漂っているが、まぁお互いが納得し合って付き合っているのなら問題ないのだろう。これまで付き合ったことのない俺にとって、恋愛はやはり分からんと理解に苦しむ。
そんな時、奈々香の制服のポケットから着信音が鳴った。
「ヤバっ! 勇男くんからだ!」
「えっ! ヤバっ! 早く出なよ!」
「ヤバっ! なんの用だろう!」
ヤバヤバうるさいな。野蛮人かお前らは。
つうか恋人である勇男からの着信でここまで盛り上がるとは……。純粋に好きな人から電話が来たことに喜びを感じているのなら素敵だが、生憎とこいつらは臭男達のことを金としか見ていないんだよなぁ……。臭男達の将来が動くATMでしかないことに同情してしまう。
奈々香はスマホを取り出して、通話にでた。
「あ、勇男く〜ん! どうしたの? あ、カラオケ? 行く行く〜! 交差点の近くのとこ? オッケ〜今行く〜」
さっきは男達だけでカラオケを楽しむ話をしていたが、どうやらそれは無理だったようで彼女らを誘い出すことにしたのだろう。
場所の詳細だけを伝え、そのまま通話が終わるかと思いきや……。
「あ、そうだ。ねぇねぇ勇男く〜ん。今ウチらの目の前に勇男くんの知り合いの男がいるんだけどさ〜」
(……ん?)
「名前? あ、ちょっと待って。––––––ねぇ、お前名前なんていうの?」
ヤバっ! まさかの俺呼び出しである!
「え、えっとぉ……はやしです」
聞かれた以上、答えないわけにはいかない。変に怪しまれるのも嫌だしな。
奈々香が俺の名前を伝えると、スマホを俺に突き出してきた。
「勇男くんがお前に変われってさ」
「はぁ……」
予想もしていなかった展開にため息をつくしかない俺は、重たそうな手つきでスマホを受け取った。
「……もしもし」
「おいテメェ。俺の彼女に何の用だ?」
「いや、用っていうか。彼女らが被害に遭ったからつい心配の声をかけてしまってだな」
「被害だと? おい、それ詳しく聞かせろ」
それを明日伝える予定だったんだけど、まぁ問題ないか。
「簡潔に言うと、白雪が彼女ら三人を被害に遭わせた」
「白雪? あのチビのことか?」
「ああ」
画面越しに舌打ちが聞こえてくる。
「理由は?」
「詳しくは分からない。だが俺が目撃した時は、白雪がいきなり背後から飛び蹴りをかましていたな」
「なんだと!?」
「嘘だと思うなら彼女らに聞いてみるといい」
その自信たっぷりな発言に臭男達は俺を疑うことはなかった。
「……それで? お前は声をかけたと言ったが、なにが目的だ?」
「そうだな。強いて言うなら」
計画成功のビジョンが浮かんでいる俺は、その嬉しさに広角が自然と上がってしまう。
「白雪を潰すことだ」
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