第24話 珍しい先客

 アリア達とリモートをした翌日の学校。

 俺はアリアと黒崎、二人と一言も交わすことなく昼休みを迎えた。俺に言われた通り、会話をすることも、一緒にいることもしない事を守ってくれている。

 アリアと黒崎は一緒になってすぐさま食堂へと向かう。いつもなら俺に声をかける場面ではあるが、それはない。


「さて、購買に行くか」


 帝学園の食事提供場所は食堂だけではない。一般棟の中央ホールには購買があり、おにぎりやサンドイッチ、揚げ物といったコンビニに置いてありそうな商品が学生に嬉しいお手軽価格で販売もしている。

 俺はそこでカツサンドと揚げ鶏を購入し、下駄箱で外履きに履き替えてからグランド方面と向かう。

 校舎内からは友達と楽しそうに会話をしている声が外にも漏れてくるなか、一人で歩いている俺にとってなんだか心寂しい気持ちにさせられる。

 それもそうだろう。本来ならこの時間は、アリア達と一緒に食事をしているのだから。

 大切な物は失ってから気づく。それを実感させられる瞬間だった。

 俺はカツサンドと揚げ鶏を見て気づく。


「揚げ物コンビか。揚げ物と揚げ物でテンション上げ上げ〜♪ なんちゃって……」


 寂しさを紛らわすためにIKKOさん風で上手い事を言ってみるが、そんなの気休めでしかなかった。あ、上手いと美味いも掛け合わさっているな。今日の俺は整っているかもしれない。

 そんな風に自画自賛していると、目的地であるベンチにたどり着いた。

 グランド全体を上から見渡せるこの場所は、意外と絶景とも呼べる場所だった。

 暖かい日差しを感じながら植木の陰に覆われ、眠たくなる心地よさがここにはある。遠くには俺が住んでいる街が小さく映っていた。


「一人だったら、ここで食べていたのかもな……」


 周りには誰もいない。ここなら人の目につくことなく、優雅に独り占めできる。

 自然の心地よさを味わいながら、食事に取り掛かろうとした時だった。


「ほう? これは珍しい先客だ」


 背後から聞こえてきた女性の声。


「……げっ。夜桜先生……」


 振り返ってみれば、そこにはスーツ姿の夜桜先生が。片手には風呂敷に包まれたやや大きめの四角い弁当箱らしき物を持っている。


「なんでこんなところにいるんですか?」

「なんでもなにも、アタイはいつもここで飯を食べているんだが?」

「……マジかよ」


 額に手を当て、思わず嘆息交じりの本音が出てしまう。先生に対してタメ語を放つつもりはなかったんだが。

 どれもこれも、せっかく見つけたぼっち絶景スポットが既に占領されていることのショックの現れだ。

 さすがに先生と二人きりで食事をするなど一種の拷問でしかないので、ただちにこの場から立ち去る事を決意した。


「それは知らずにすみませんでした。では、俺はこれで失礼します」


 踵を返し、早歩きでどこかへ向かおうとした時、襟をガシッと掴まれる。


「ごほぉ!?」

「どこへ行く? せっかくの機会だ。アタイと一緒に飯でも食おうじゃないか」

「……あー、俺ちょっと用事を思い出しまして……」

「なんの用事だ?」

「…………つまようじ。なんちゃって……」

「…………」

「…………」

「さ、こっちへ来るがよい」

「はい……」


 くそッ! どうしてこういう時に限って誤魔化すのが下手くそなんだ俺は! 全然整ってねぇじゃねーか!

 俺は強制的に夜桜先生の隣に座らせられ、一緒に食事をするはめに。

 二人掛け用ベンチであるため、距離をあけようとも逃げるスペースがなく、あと10センチほどで体が密着してしまう。なんとも居心地が悪い。

 ベンチ職人の皆さん。どうか一人専用ベンチもお願いします。


(あとで他の場所探しとこ……)


 今回はひとまず腹をくくり、逃げることを諦めることに。


(つうか、生徒と教員がベンチで一緒に食事とかどういう絵面だよ。歳の差カップルか俺達は……)


 居心地の悪さのせいで余計な思考に走ってしまい、思わず夜桜先生を意識してしまった俺はチラッと横目で見る。

 夜桜先生は風呂敷の結び目を解こうとしているところだった。


「っ」


 食事を楽しみにしてそうなその横顔は、見た目にそぐわないギャップが。

 夜桜先生は喧嘩番長みたいな風格を持ち、見るからに強者感が漂っているが、よく見ると美人な先生だ。

 キューティカルな緋色の髪。シミ一つない透き通った肌。シュッとした体つき。おまけに背もモデルのように高く、男の俺でも惚れ惚れしてしまいそうなかっこよさを併せ持っていた。

 俺も自分のカツサンドを手にし、いただきますをしてからがぶりついた。少しだけ味気ないようにも感じる。いつもと違う環境だからだろう。

 心の中で寂しい気持ちに浸っていると、夜桜先生も風呂敷を開放し、二段弁当が姿を現す。

 重箱であるその弁当箱には、ご飯やおかずが綺麗にぎっしりと詰められていた。


「結構食べるんですね」

「ん? そうか? これぐらい普通に食べるぞ」

「そうなんですね……」


 既視感があるな〜。血の気が多い人は食欲旺盛という因果関係があるのか? どうなの白雪。


「むしろ、お前さんが食わなすぎるんだよ。育ち盛りがそれっぽちで足りるのか? 良かったらアタイの弁当分けてやるぞ?」


 夜桜先生が弁当箱を渡そうとしてくる。おかずはどれもこれも丁寧に仕上がっており、よだれが垂れそうなほどに美味しそうだった。


「い、いえ、大丈夫ですよ。こっちは揚げ揚げで胃もたれすると思うので」

「胃もたれするのを知っていてなんでそれをチョイスした?」

「ツッコマナイデクダサイ」


 自分でも分かっているさ。発言と行動が一致していないことぐらいネ!

 どうやら俺は咄嗟による誤魔化しが下手くそらしい。

 夜桜先生は弁当を自分の方へと戻し、箸を手にして食事に取り掛かった。


「まぁ、人の食事にとやかく言うつもりはない。ただ、成長期は限られている。ちゃんと体のことも考えてやれ」


 夜桜先生が厚焼き卵を食べながら言う。その姿を見ていた俺と夜桜先生の視線が交差する。


「……どうした? そんなまじまじとアタイの顔を見て」

「いや、意外とまともなこと言うんだなーってびっくりしまして」

「中々失礼な事を言うな。仮にもアタイは先生だぞ? まぁ、悪気があって言っているわけじゃなさそうだから許すが」

「……悪気があったらどうしてたんですか?」

「このベンチが赤色に染まるだろうな」

「こえーよ!!」


 あまりの恐怖に思わずタメ語を放ってしまう俺。

 それはつまり、茶色のベンチが大量の血によって赤色に染まるということ。

 夜桜先生は俺のタメ語に一切気にせず高笑いをする。


「フハハ! 安心しろ、冗談だ」

「夜桜先生が言うと冗談に聞こえないから恐い……」


 先生とはいえ、喧嘩番長の風格を感じるから恐怖はより倍増する。

 これがもし神林だったら可愛く……見えないな。笑顔で『ベンチが赤色に染まるよ?』なんて言われてみろ。天使を装った殺人鬼にしか見えない。

 俺のセリフに夜桜先生は反応する。


「ほう? 今興味深いことを聞いてしまったな。どうしてアタイが言うと恐いんだい?」


 おもしろ半分で問いかけてくる夜桜先生。もう半分は口調からして真面目に聞いていそうだった。


「いや、なんていうか……そういうオーラが出ているといいますか。喧嘩番長がよく着ている喧嘩上等と書かれた服が妙にしっくり来るな〜って感じまして。それに、今の時代『アタイ』なんて言う人は見かけないですし、それを使うのは昔でいう女番長じゃないですか」

「…………」


 俺が素直に答えると、夜桜先生は弁当の中身を見つめる。おかずを見ているというより、何かに想いを馳せているかのようだった。


「先生?」


 おいおい。否定しないってことは、本当に番長をやっていたんじゃあるまいな? それが事実だとしたら俺とんでもない人と食事をしていることになるんだが!? 失礼なことも言っちゃったし、あとで焼き入れられたりしないよね!?


「そうか。そう見えるのか」


 瞳を伏せて、そう言う。


「林よ」

「は、はいぃ!」

「体の傷はどうだ? もう完治したのか?」

「ふぇ? あ、はい。なんとか……」


 てっきり宣戦布告されるかと思いきや、急に体の心配をしてくるものだから素っ頓狂な返事をしてしまう。


「そうだ。この前、なんで急に家に来たんですか? おかげであの後大変な思いをしたんですよ?」

「なにを言う。生徒の事情を知った以上、放っておくわけにもいかんだろう。後でお前さんの身に何かあったらアタイの責任になるんだからな」

「でもですね〜。行くなら行くで俺に一声をかけてもよかったと思うのですが」

「声をかけたら素直に答えてくれたか?」

「……」


 やっぱり、俺の予想は当たっていたようだ。鼻から俺が答えてくれるとは思っていないから妹に直接聞き出そうとした。自宅に見ず知らずの先生が訪問してくれば、言わずにはいられない状況を作り出すことができるからだ。

 念のために誘導してみたが、うまく聞き出せてよかった。


「逆に、お前さんがそこまで隠し通そうとする理由がアタイには分からないな。あそこまで傷を負わされておいて犯人の口を割らないなど、脅されているとしか考えられん」

「……」

「お前さんの妹は全くの無実。つまりお前さんは、あの時アタイに嘘をついたことになる」

「……」

「もしお前さんが頑なに口を割らないのであれば、この件を担任に伝えてやってもいいんだぞ?」


 脅し文句のように告げてくる夜桜先生。

 俺はそのセリフを聞いた時、すぐに嘘で言っていることが分かった。もしその気があるのなら、わざわざ俺に伝える必要などなく、妹に直接聞き込みをしに行ったように裏で隠れてやればいい。それに、それを実行する機会など1ヶ月近くもあったのだから、それをしないあたり夜桜先生は俺の口から言うことを期待していることが予想つく。


「いいですよ」

「!」

「どうせここで止めても、またこっそりと動かれたらお手上げ状態ですからね。担任に伝わることは覚悟しておきます」

「……どういう風の吹きまわしだ?」

「どうもなにも、担任に伝えたいんですよね? それを了承しただけですよ」

「理解出来んな。前までは他言されることを嫌っていたように見えたが」

「気が変わったんですよ。前みたいに自宅訪問されるよりマシだと思っただけです」

「……フッ。お前、中々面白いやつだな」

「顔が面白いのは理解していますよ」

「そうじゃない。喰えんやつだという意味だ」

「俺なんか食べても美味しくないですよ」

「一発食らっとくか?」

「ほんとに申し訳ございませんでした」


 握り拳を見せつけてくる夜桜先生。俺はすぐに上半身を90度に曲げ謝罪した。


「ともかくだ。生徒の事情を知ってしまった以上、職業柄放っておくわけにはいかない。そのことは理解しておけ」

「分かりました。でも、できればあまり大ごとにはしないでほしいですね。俺、目立つの好きじゃないので」

「なら、事が大きくなる前に全てを明かすことだな」


 夜桜先生はそう言って、いつの間にか完食し終えていた弁当箱に蓋をする。白雪と同じで食べるの早いな……。


「帝学園は国内で最も偏差値の高い名誉ある学園だ。大手企業からのオファーはもちろんのこと、中には政治家として既に期待されている者も大勢いる。そんな学園に問題が起きれば学園のブランド力はおろか、多くの生徒達の未来まで脅かすことに繋がる。そのことを肝に銘じておくように」


 夜桜先生の言葉を聞き、俺は自分の通っている学園がどれほどすごいのかを改めて知った。

 帝学園の卒業生見込みというだけで国や企業から声がかかるほどだ。ブランド力は尋常じゃない。

 それつまり、帝学園を卒業できれば人生の勝ち組を表している。


「では、アタイは先に失礼する。––––––またな、林よ」


 弁当箱を風呂敷で包み終えた後、夜桜先生はこの場を後にした。


「ブランド力、未来……か」


 そう呟いたあと、俺のスマホに通知が鳴る。画面に表示されたメッセージを開き、半分ほど残っているカツサンドに食らいつく。


「……はははっ。どこまでも救えない奴らだ」


 頭の中では既に計画が成功した時のイメージが出来上がっていて、思わず高笑いしてしまう。

 最初は味気がなかったカツサンドも、今はそれが最高のスパイスとなって飯うまだった。

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