第5話 見えないミス
月で照らされた道。
その道を歩く男女。
女性の方は、栗色の髪をして毛先が内側にカールしている。ちらりと横目で、自分よりも少し先を歩いている男を見る。
フードを深く被って顔は分からない。彼は何も言わず先を歩いている。
「あの、本当に稼ぎがいいんですよね?私、お母さんが病気で……薬を買うお金が必要なんです。」
男に怪訝そうに確認すると、男は振り返ることもせず、そのまま進んだ。
「もちろんだとも。あっという間さ。」
男の言葉に首を傾げつつ、しかし離れないようにしっかりとついていく。
しばらく歩くと、古びた倉庫に辿り着いた。
中は文字通り何も無い。床の隙間から所々草が生えていたり、何枚か窓ガラスが割れたままになっていることから、もう既に使われていない廃倉庫だとわかる。
「……あの。ここで何をするのですか?」
「いいから少し待ちなさい。」
またしても曖昧な返事。
いよいよ怪しく感じられ、女性がなにかを言おうと口を開く。
「待たせたな。」
突然、先程入ってきたドアの方から声が聞こえ、バッ!と振り返ると6人の人影が現れた。
フードの男は、その6人に頭を下げて後ろへ数歩下がる。状況が呑み込めない彼女はその男達を凝視した。
「お待ちしておりました。………船長殿は?」
「船長は野暮用があるみたいでねぇ。少し遅れるらしい。先に俺たちが来てやったんだぜ。」
「待って!船長って………まさかあなた達、海……賊………?」
「こいつが今日の商品?結構可愛い♪」
金髪の海賊が発した言葉に、女性は目を見開いて感づいた。人身売買であると。ダッ!と逃げ出そうとしたが、直ぐに2人の男によって捕らえられた。
彼女は、何とか離れようとじたばたと暴れだした。
「いやっ!!離して!!どういうこと!?仕事をくれるんじゃなかったの!?お母さんの薬代を稼ぐのにいい仕事があるって聞いて来たのに!!!」
「……それなら、諦めるのだな。君のお母さんは助からない。」
「っ!!」
フードの男の絶望的な言葉に、彼女は恐怖に目を染めて、さらに暴れだした。
「いや!!!!あんた達のことシャルロッタ様に報告するわ!!そうしたら……!もがっ!!」
その先の言葉は、自分を拘束していた海賊の手によって塞がれる。
「活きがいいな。それくらいじゃねぇと、今後役に立たねぇ。……というか、檻はまだ来ねぇのか?」
黒い髪のリーダーらしき海賊が尋ねると、背が低い海賊が頭を下げる。
「す、すみません。途中壊れちゃったみたいで、いま、新しいの下っ端野郎どもが持ってきてます。」
「その間、これ見られたらやべぇな。檻が来るまで地下に監禁しとけ。」
そう指示を出したリーダーの命令で、男2人が彼女を担ぎあげて、地下室へと向かった。
何とか抵抗するも、男2人の力に適うはずもなく、女性はあっという間に、海賊とともに地下室へと連れていかれた。
「くくく………大丈夫だ。君の事は、あの女に報告はしておくさ。ところで、船長は…いつ頃来られますか…?」
「…来ねぇよ。」
「は?」
突然の言葉に、男は目を丸くした。
「いま………なんと…。」
「ファニアン船長は来ねえ。」
「ご、ご冗談を……あの女を説得するのに、どれだけ時間をかけたことか。」
男は、口元を引き攣らせながらワナワナと震えている。
「……そんなに何か欲しいのなら、前科くらいはくれてやる。あと、お前の権力の剥奪もな。」
「ふざけるな!!!」
男が海賊の胸ぐらを両手で掴みあげる。
走り出した勢いでフードがパサリとその男から外れ、見えなかった顔が現れた。
「くくっ。余裕がなさそうだな。
ノートン。」
その人物は、シャルロッタと共に会議室で行方不明者の件を話し合っていた1人、ノートンであった。
ノートンの取り乱した様子を面白がるようにリーダーらしき男が喉の奥から笑って見せた。
「お前達は立場がわかっているのか!?私があの女に報告をすれば、貴様らを全員、豚箱にぶち込むくらい容易いのだぞ!!?」
ノートンは、とれてしまったフードに構うことなく、唾が飛んでしまうほどの勢いで怒鳴りつけた。
「……………俺はアンタの命令に従ってるだけだ。」
「は?」
ところが、リーダーの男は慌てる様子もなく、そのまま冷静に口を開いた。
「お前は俺に言った。『この件に関して調べてみてくれないか?』……と。」
「!?な、何を……?そんなこと知らない…!!」
ようやく手を離したノートンは、目を丸くして首を激しく横に振る。しかし、海賊はクツリと笑ってみせた。
「何が正しいのか…しっかりと見極めないと見えるものも見えなくなる。…………あんた自信がそういった言葉だろう。」
そこまで言うとリーダーの男は自分の髪をつかみ、それを床に叩きつけるように、バサリと取ってみせた。
「あーーー!!お、お前は……!?」
「………典型的な驚き方だな。」
「お、お前がなぜここにいる!?ヴァルサ!!!」
黒髪のカツラをとったヴァルサは、ペタンと腰を抜かしたノートンを、軽蔑するように見下していた。
ヴァルサが姿を現したのを合図であるかのように、二ーシャとロザート、ルーファスもバンダナやカツラを取って変装を解いた。
「さっきも言ったろ。お前の指示に従ってるだけだとな。」
「だ、だとしてもなぜここが…!?」
「簡単な事だ。
……報告があった浜辺とこの倉庫、町外れにある小屋。全部お前の所有物だ。前回は浜辺だとしたら、今回は小屋もしくは廃倉庫。同じ場所で繰り返すのはリスクがある。そこはちゃんと考えたんだろうがな。
小屋と言う選択肢ももちろんあった。……が、俺がこいつらと合流する前に、小屋に通じる門を確認した。
そうしたら、門番が立ってたよ。
小屋に行く道はひとつしかない。もしもそこを通れば、かなり目立つし、まっ先に自分が疑われる。
それなら、消去法として必然的に倉庫となる。」
ヴァルサの言葉に、
(だから船長、居酒屋に来るのが遅かったのか。)
と納得するロザート。
「私のアリバイは完璧なはず!!一体、どこで私だと……!?」
「…そいつに関しては俺からも質問させてもらう。お前は行方不明者の報告の時に………『その5人が、何かしら関係している』と言った。おまえ…なぜ5人ってわかった?」
「なっ。知ってて当たり前だろう!フェミアが報告書を見ながら言ったからだ!」
「……こいつの事だな。」
ヒラリとヴァルサが見せたのは、あの会議でフェミアが読み上げていた報告書であった。
「ルーファス。読みあげろ。」
「かしこまりました。」
書類を受け取ったルーファスは、咳払いを1つして、報告書をはっきりと読み上げた。
「………『目撃情報、深夜の浜辺にて男を見かけた。』………おかしいですねぇ?どこにも、5人とは………。」
「それは…!」
「ご自身でもご確認ください。5人とは書かれていません。」
そう言ったルーファスから報告書を取り上げたノートンは、目を大きく開いて顔を近づかせて内容を確認した。
「つまりだ。その場に居合わせていないと分からない情報をお前は知っていた。観念しろ、ノートン。」
「………………………ふふ。くくくく………。」
膝をついて項垂れていたノートンだったが突然小さく笑いだした。その様子に、誰もが首を傾げる。
ノートンの笑い声は徐々に大きくなり、最終的には、倉庫に響くような声で笑った。
「わははははははは!!あーはははははは!!………………ヴァルサよ…………お前の推理見事だ
……!そうだ。これまでの行方不明者は、全て!!私がファニアン海賊団に売り飛ばした!!」
「なんでこんなことするの!?お偉いさんでしょ!?シャルロッタお姉ちゃんのこと裏切るの!?」
「勘違いしないでくれ。お嬢さん。……私はね………あの女の地位をいつもいつも狙っていた。その為に!!金が必要なんだよ!!」
ノートンはヴァルサの方を見ると、ポケットから銃を取りだし、自分の腹に向けた。
「は!?何しようとしてんスか!?あんた!!」
「ヴァルサ………お前は確かに賢い。そこは認めてやろう。だが、どんなに善行を行ったところで、貴様は海賊だ!!!私の一言で、貴様は即死刑!!あの女も私の言葉を……いや、ほとんどの奴らが!!私の言葉しか信用しない!!」
そう言い放ったノートンは、口角を上げたまま勝利を確信しているような表情をしていた。
しばらくの沈黙。
やがて「はぁ。」とヴァルサが、深いため息をついたかと思うと、体をゆっくり反転させる。
「…………らしいぜ?もうこれ、自白したようなもんだろ。」
と、出入口に向かって話しかけた。
それを合図に、出入口から現れたのは、数人の衛兵を引き連れ、今にも泣きそうな表情を浮かべているシャルロッタの姿。
「な!?」
「……ノートン。今の話、全て聞かせていただきました。あなたのような方が、こんなことをしていただなんて、とても残念です。」
「な、んで………ここに……!?」
声を震わせ、思わず持っていた銃を落とすノートン。
「あの時……会議の後、ヴァルサに言われたの。」
ヴァルサとシャルロッタが会議室に残ったあの時…。
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