神社の向こう側には神様の世界が広がっている

桜瀬るい

序幕





神様なんて存在しないんだよ。


 そう言われたのは一体いつのことだったか。幼い頃だったような気もするし、つい最近かもしれない。


この時、私がなんて返したのかすらも覚えていない。それくらい曖昧な記憶だった。



「行ってきまぁす」


住宅街が広がる風景の一角、決して豪邸とはいえない古びた日本家屋がぽつんと佇んでいる。平家の、築何十年も前のそれは、他の新築のアパートと同じように太陽に照らされていた。



「いってらっしゃい、音羽。気をつけるのよ」


「うん、お母さんもね。あ、バスの時間遅れちゃうからもう行くね」


引き戸をガラリと開けて玄関を出る。


音羽と呼ばれた少女は、鞄を手に坂を下っていった。



 佐伯 音羽さえき おとは。それが彼女の名前だった。


古びた日本家屋に病弱な母と2人暮らし。父は単身赴任で違う県に異動、当たり前だが、母は働きに行っていないため音羽がバイトをして生活している。


高校2年生、恋愛や部活、勉強に友情などさまざまなことを一気にできる貴重な時間。勉強以外のそれら全て、バイトに当ててしまっていた。



「あ、音ちゃんおはよう〜!今日もバスの時間ギリギリだねぇ…もう少しこっちの方に住んだら?」



バスに駆け込み、一息ついたところで友達の茜が音羽に近づき、小声でそう声をかける。



「あぁ、おはよう。いやぁ私、あの家が好きだからさ、それに家賃も高いし」



にへらと笑い、左手を後頭部に持っていく。


その表情と仕草は、いかにも"その場をなんとかやり過ごしています"と言っているようで、それは茜をなんとも言えない気持ちにさせるには十分だった。



『次は飛彩坂ひいろざか〜。お降りのお客様は…』



乗客の1人が「降ります」というボタンを押し、それを合図に一部の他の乗客も降りる準備を始める。



それに便乗し、音羽と茜もかばんを肩に下げ、ICカードを制服のポケットから取り出した。




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神社の向こう側には神様の世界が広がっている 桜瀬るい @Rui_Ouse

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