呪い師
詠三日 海座
呪い師
遠い昔。王国に魔女がひとり、住んでいた。
キルケー。「鷹」という意味を持ち、鷹は国を見守る神の使いと伝えられていたため、人々は彼女を「祝福の魔女」とも呼んだ。
彼女が死んだ今では、彼女の弟子がふたり、王国の東西にそれぞれ住まいを構えていた。
東の森に、占い
西の洞窟に、呪い
師であるキルケーが死んでから、ふたりは魔女から受け継いだ能力を振るい、王国の人々に祝福をもたらし続けた。その一方で、ふたりは亡き師の復活を密かに夢見て、復活の呪文をめぐって黒魔法の研究を進めていた。
ある日、イユンクスが手に入れた禁忌の魔法学書から、死を蘇生させる魔術の発見に成功した。
必要なものは、鴉の両足、魔性を吸った生卵、羊の血、聖水、油、人の目玉をふたつ、術師の髪、亡き者の髪、そして――
亡き者からの愛の言葉。
ふたりは準備に取り掛かった。目玉はメラムプースの右目と、イユンクスの左目をくり抜いて捧げることにした。悪魔の魔性を吸った卵や、羊の血などは、師の部屋からいくらでも手に入った。あとはこれらを、魔法陣の上で燃やせばいい、とのことだった。
呪文を書いた陣に、大きな釜を置き、鴉の足、卵、血、聖水、油、を放り込んだ。これと通ずる別の魔法陣に、キルケーの亡骸を横たわらせた。
「あとはキルケーの髪」
メラムプースは師の髪を魔法陣に捧げた。
「そしてわたしたちの目玉と髪」
イユンクスはハサミを取り出して、メラムプースに差し出した。
「愛の言葉だ」
メラムプースはハサミを受け取らなかった。メラムプースは繰り返した。
「愛の言葉が必要だ。お前にはあるか、イユンクス? キルケーからの愛の言葉」
「キルケーからの愛なら、あなたもわたしも、たくさん貰って育ったじゃない」
「違う!」
突然、メラムプースが怒鳴った。いつもは温厚で物静かなメラムプースが、声を荒らげるのは珍いことで、イユンクスは怪訝そうにメラムプースを見た。
「それは親としての愛情だ。母性だ。そうだろう、お前はキルケーから、母親としての愛しか受けていないだろう! そうだろう!」
「あなたは違うの?」
メラムプースは不気味な笑みを浮かべた。目が血走って真っ赤だった。
「ああ、ぼくはキルケーから愛されている。母性じゃない。ぼくは彼女から言ってもらった! ぼくの肌に触れ、唇を近づけて“愛してる”とな!」
「メラムプース――」
「ぼくも彼女を愛している。」
イユンクスが言い返すよりも早く、メラムプースは途端にイユンクスを釜の中へ突き落とした。
「メラムプース!」
「目玉も髪も揃った! 愛の言葉も!」
メラムプースは、藁の束に火をつけた。そして、必死で自分の名前を呼ぶイユンクスなどには目もくれず、彼女のいる釜の中に火を投げ入れた。一瞬の躊躇も見られず、イユンクスはその時まで彼の血走った瞳から目が離せなかった。
油の混ざったそれらは、みるみるうちに燃え広がった。イユンクスは悲鳴をあげた。黒魔法のいかがわしい材料たちとともに、身体が燃える。
「メラムプース!! やめて!! お願い!! ……許さないいいい! 許さないわ!! 裏切ったのね!」
メラムプースはひたすら呪文を唱えていた。イユンクスが持ち込んだ禁忌の書物である。
「わたしが誰だかわかってるのねええ! 呪い師のイユンクスぅうぅうう!! 貴様に神より裁きが下らんことを!!!!」
爛れる喉から声を絞り、イユンクスは金切り声でメラムプースを罵った。この言葉を最後にイユンクスは釜の材料もともに燃え尽き、黒魔法は成功してしまった。
このイユンクスの言葉から、世界に「呪い《のろい》」が生まれた。「呪い」は世界を揺蕩い、憎悪や恨みといった感情の膨張を根源とする、最悪の魔術である。イユンクスは、この憎しみの伝播を喜んで手助けする悪魔と化した。
あの時のメラムプースにも、もしかしたら悪魔が取り憑いていたのかもしれない。
呪い師 詠三日 海座 @Suirigu-u
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