妖怪交遊録

空助

第1話

――絶対に、次こそ助けるから……!


 よく見る夢。

 時代こそ違うけれど、いつも同じ人が死にゆく私を抱きしめ泣きながら、「次こそは」と言うのだ。

 その人を私は知っていた。

 同じクラスの七歩一弥くん。

 どうして彼のことを夢にまで見るのかわからない。そこまで仲のいい関係でもない相手を夢に見るということは、無意識にそれだけ七歩くんが好きだということだろうか。

 その話を親友の東玲(あずま れい)に話すと、「あんな冷徹王子のどこがいいんだか」と呆れたように言われた。

 冷徹王子は、七歩くんにつけられたあだ名だ。誰に対しても冷たい態度をとり、必要最低限の会話しかしない。


「まあ、顔はいいけどね」


 そう、顔はいいのだ。顔はいいから、がんばって好意を伝える女子はあとを絶たないわけなのだが、「興味ない」の一言で切り捨てられている。


「そういえば、最近、また見るんでしょ?」

「うん」


 見る、というのは幽霊とかそういうもの。

 昔から、そういう霊的や物の怪といった類の物はよく見ていたが、いつの頃からか見なくなった。それが最近、また見るようになったのだ。

 お兄ちゃんがそういうカルト的な物に対して造詣の深い人だったから相談したら、簡単なお守りをくれたが、寄って来ないが見えなくなるということはなかった。


「食べられないように、気をつけなさいよー」


 冗談めかして脅かしてくる玲に「もう、やめてよ」と怒ると、ケタケタ笑いながら自分のクラスへ帰って行った。

 それと入れ違いに入ってきた七歩くんがこちらを睨んでいる気がしたが、気の所為だろう。

 お守りを確認し帰宅していると、前方からゆらゆらと黒い大きな塊が歩いてくる。いつものか、と思い目線を合わせないようにすれ違おうとしたが、「オイシソウ」と言いながら顔を覗き込まれた。

 息が詰まる。なにか、まずいことになっている。

 金縛りにあったように動けなくなる私に、黒い塊は「オイシソウ、オイシソウ」と繰り返す。

 私に触れようとするソレ。怖い……! そう思った瞬間、ソレは蹴り飛ばされた。


「……」

「七歩、くん……」


 私に一瞥もくれずに、黒い塊を凝視する七歩くんがいた。


「この子は貴様が食らっていい子じゃない。死にたくなければ失せろ」


 学校で聞くのとはまた別の暗く冷たい声。黒い塊は怯えたように体を震わせ、ゆっくりと消えて行った。

 それを見届けてから、七歩くんはこちらを見て「そんな弱いお守りなんかで、身を守れると思ったの?」と聞いてきた。


「ただでさえ、漏れ出ている魔力で撒き餌状態なのに。それに……」


 そこまで呟いて、七歩くんは目を伏せて言葉を区切った。


「とにかく、一緒に来て。なんとかするから」


 歩き出した七歩くんの後姿を呆然と見ていると、途中で止まり「死にたいなら、そのまま帰れば」と言うから、慌ててあとを着いて行くと人気のない古びた神社へと着いた。

 七歩くんは鞄から鈴を取り出し軽く鳴らすと、空間が歪んだ。ぐにゃりと丸く開けた空間の先には、まるで時代劇のような町並みが広がっている。

 そのまま七歩くんは迷うことなく入っていき、「おいで」と言った。

 恐る恐る入ると、そこに広がっていたのは現代とは思えない古びた情景の町並み。そこを行き交うのは、妖怪と言われる異形の存在。


「なに、これ……」

「ここは七歩蛇領の妖怪城下町。お察しの通り、妖怪の町だよ」

「妖怪の町……」

「説明は、そうだね。清一の店でするよ」


 清一とは、と思いながら先を歩く七歩くんをまた追いかけると、「扇」と書かれた店へと入って行った。


「清一、いるかい」


 入るなりそう声をかけると、奥から浅黄色の着物を着た男の人が「店主がいなかったら、店は開けられませんよ」と言いながら出てきた。優しそうな相貌と、短い髪、高い背。それだけならば、ごく普通の男性と思えるだろうが、男性の額からは角が一本生えており、耳も尖っていた。

 鬼だ。

 顔を青くする私に、男性は「おや、これは珍しいお客さんですね」と微笑みかけた。


「魔女のお嬢さんとは」

「魔女?」

「清一。この子はまだ、魔女ではないよ。お茶とお菓子」

「はい、ただいま」


 番台に上がりくつろぐ七歩くんが、「キミもあがりな」と言ってくるので、そろりとあがり七歩くんの側に腰かける。


「……近いんだけど」

「いや、その、怖くて……」


 怯える私に、七歩くんはため息を吐いて「ここの妖怪は、外の連中のように人を食らうことはないよ」と説明してくれた。


「外にいる連中は、無法者。ここにはちゃんとした法がある。それに、もし人に害をなすようなことをすれば、烏天狗警察が捕まえに来る」


 烏天狗警察? と首を傾げると、突然、「俺ちゃんでーす!」と、鳥面の男性が割って入ってきた。

 それを七歩くんは嫌なものを見る目で睨み、「それが烏天狗警察、七歩蛇領常駐の藤峰」と紹介してくれた。

 よく見れば、確かにその背中には黒い羽根が生えている。


「なにしに来たの。仕事は?」

「ちゃんと仕事しに来たよ。はい、清一くんあての手紙」

「警察なのに、どうして手紙?」

「警察は基本的に、領地内の法で裁ききれないものを裁く存在だからね。仕事がないから、暇してるならってことで郵便配達の仕事をしてもらってるんだよ」


 藤峰さんは大量の手紙を下げていた袋から取り出すと、お茶とお菓子を持って来た男性、清一さんにわたそうとするが「燃やしてください」と言われていた。


「美衣ちゃん泣いちゃうよ」

「彼女がその程度で泣くとは思えないですね」


 遠い目をする清一さんに、なにがあったのだろうと見ていると、七歩くんが「美衣は、清一のストーカー」と教えてくれた。

 なるほど、それは怖い。

 藤峰さんは唇を尖らせて、「本当に燃やしちゃうからね」と言ってから、私と七歩くんの方を見て「随分と仲のいい距離だね、お二人さん」とからかわれた。


「妖怪が怖いんだって」

「えー? こんな陽気なお兄ちゃんと、優しいお兄さんが?」

「人と違うと言うのは、どうしても恐怖の対象になってしまうものだよ」

「一弥様も妖怪なのに平気なの?」


 藤峰さんの言葉に、思わず「え?!」と声をあげて距離をとってしまった。


「味方がいない」

「キミだって、その人間以外の存在なんだよ」

「どういう……」


 意味がわからない私に、七歩くんは「お茶とお菓子もそろったし、説明始めるね」とお茶をすする。


「まず、真子月夜。キミは魔女や魔法使いの家系の人間なんだよ。それ故に、元来強い魔力を有している。子供の頃に見えていたものは、魔女の力の一つだね。しかし、年々力が強くなっていくっていうのに、キミの親はろくに修業もつけないからその力は暴走して危険な状態だった。だから、僕がキミの力を封じた」

「ちょっと、初耳の情報が多すぎてキャパシティーオーバーですね」

「キミは魔女で、その魔力を僕が一時的に封じてた」

「短くありがとうございます」

「続けるよ。けど、キミの死期が近づいたからか封印が効かなくなった」

「ここいちの爆弾情報!」


 死期とは?! と動揺する私を他所に、七歩くんは悠然とどら焼きを食べている。


「死ぬの、私……?」

「この死は、キミの魂に刻まれた死だ。十七の歳にキミはいつも死んでしまうんだ……」


 思い出される夢の記憶。


――絶対に、次こそ助けるから……!


「ねえ、七歩くん。私、七歩くんとどこかで会った?」

「ここではない時代で、何度も会ったよ」


 キミは覚えてないだろうけど。と言う七歩くんは悲しそうな顔をしていた。


「僕はキミを助ける為に、キミの魂が巡っても探してきた。月夜、今度こそキミを助ける」


 どうして、そこまで……。と聞く私に、七歩くんは「僕の初めての友人だからだよ」と、学校では見たこともない、優しい顔で言った。

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