第拾壱章 喜一の正体

 北の地へと向けて旅を続ける神子一行。もう少しで国境の町へと到着するという時にその人物は現れた。


「はぁ……はぁ……っ。殿ようやく見つけましたよ。半年もの間国を開けて何をなさっているのですか!」


「殿?」


慌てた様子で駆けてきた赤い髪の男性が般若の顔をして喜一を睨みやり口を開く。その言葉に神子は驚いて背後にいる彼の方へと視線を向けた。


他の皆も喜一へと視線を集中させる中当の本人は「しまった」って顔をし、隣に立つ隼人は半眼でその様子を眺めている。


「あちゃ~。内緒にしてたのに……アッシュ君。今の言葉で皆にバレちゃったじゃないか」


「まあ、いずれこうなるだろうとは思っていましたよ」


頭を抱えてやれやれといった感じの彼へと隼人がそう言って溜息を吐き出す。


「殿様って……喜一さんが殿様だったのですか」


「ええっ。本当に殿様……なのですか」


驚く神子に文彦も目を白黒させて尋ねる。


「隼人は知っていたみたいだね。知っていて黙ってるなんて酷いじゃないか」


「殿より皆には内緒にしているようにと口止めされていたからな。それがご命令なら私は従わねばならない。だがいつかはばれる日が来るだろうとは思っていた」


弥三郎の言葉に彼が仕方なかったのだといった顔で説明した。


「さあ、殿。今すぐ城へお戻りください」


「……やだ」


赤い髪の男性の言葉に彼は数拍黙ると真顔で答える。


「や、やだとは……嫌だと申されても貴方はこの日ノ本を納める一国の主です。主が城から出てずっと不在のままというわけにはまいりません。ただでさえ行方知れずとなって城内では大変な騒ぎとなっていると言うのに、それを嫌だとはどういうおつもりですか!」


「アッシュ君は相変わらず固いね~。真面目なのは結構だけど、そんなんじゃ嫁さんも貰えないまま仕事仕事の毎日で死んじゃうよ」


喜一の言葉に頭に血が上った様子で怒鳴る男へと彼が溜息交じりにそう話す。


「殿からかうのもいい加減に――――」


「あはっはは。相変わらずアッシュ兄は頭が固いんだから。ちょっと落ち着いて周りを見てごらんなさいよ」


再び怒鳴りつけようとした男性へとレインが盛大に笑うとそう言って聞かせる。


「!? その声は……レイ。お前何でこんなところに」


「私は今神子様達の旅に同行してるのよ。誇り高きアレクシル様の血を受け継いだ末裔の者として、今回の神子の旅を成功させ邪神を討ち滅ぼしに行くためにね」


そこでようやく周囲にいる人達に気付いた男性が彼女の姿を捕らえ驚く。レインがそんな彼へと事の経緯を簡単に説明した。


「神子御一行様……という事は殿。まさか貴方は今神子様と一緒に旅をなさっているのですか」


「そうそう。城にいたんじゃ退屈だろ。だからさ神子さんの旅に同行して邪神を討ち滅ぼしに行くところなの。だからこの旅を見届けるまでは絶対に城には帰らないぜ」


冷静になった男性が考え深げな顔で尋ねると喜一がにやりと笑い答える。


「退屈とは……退屈しのぎに神子様の旅に同行なさっているというのですか?」


「初めはそうだったけど今は違うぜ。神子さんが背負ってしまったものそして聖女伝説が生まれた時から続いている邪神との因縁。そいつを断ち切るために神子さんに力を貸したい。神子さんが無事に帰って来るところを見るまでは絶対に城には帰らない」


男性が眉を跳ね上げた様子に落ち着けとばかりに真剣な顔で説明した。


「殿……」


「アッシュ兄の気持ちもわかるけどさ、殿様がどんな覚悟でこの旅に同行してるのかも理解してあげなよ」


困ったといった顔をする男性へとレインが声をかける。


「……分かりました。貴方がどうしても城に戻らないとおっしゃるのでしたら俺ももう連れ戻そうとは致しません。その代わり俺もこの旅に同行いたします。そして殿の身を守ります。それが俺の仕事ですので」


妹にまで言いくるめられてしまった彼は仕方ないといった感じで溜息を吐き出すとそう言ってついてくると宣言した。


「アッシュ兄が一緒についてきたいって言ってるけど皆はそれでいいかしら」


「勿論です。あの、それよりもさっきからお兄さんって言ってますが、もしかしてレイさんのご家族の方ですか?」


レインの言葉に神子が笑顔で答えると続けて尋ねる。


「ああ。自己紹介が遅くなりすまない。俺はレイの兄のアシュベルだ。呼びにくいから皆は俺のことをアッシュと呼ぶ。良ければ神子様達もそう呼んでくれ」


「分かりました。アッシュさん。これからよろしくお願い致します」


アシュベルと名乗った男性が笑うと彼女も答えるように微笑む。


「アッシュ君は俺を守る側近兵の1人なんだ。だから彼の実力は俺が保証するぜ」


「そう言えば、アッシュさんのあまりの勢いで忘れかけてましたが、喜一さんいえ喜一様が殿さまだったなんて……」


喜一の言葉にそう言えば先ほど重大な事を聞かされたんだったといった顔で神子が呟く。


「神子さん。そんないきなりよそよそしい態度になるのやめてくれよな。皆もだ。そうなるだろうと思ったから身分を隠して遊び人って名乗ったんだ。なあ、頼むよ。この旅をしている間だけでもただの遊び人の喜一って事で接してくれないか?」


「……分かりました。喜一さんがそうして欲しいのであれば。ですが、殿様……なんですよね」


困った顔で彼が言うと彼女も理解してはいるのだがでもと言った感じで考え込む。


「この旅に同行する仲間なんだから、俺が誰だろうと今まで通り仲間として見てくれないかな」


「そ、そうですよ。皆さんは私がこんな容姿をしていようとも私を受け入れてくれた。なら喜一さんの事も殿様ではなくて私達の知っている遊び人の喜一さんって事で受け入れてあげるほうのが、喜一さんもきっと嬉しいと思います」


喜一の頼みに最初に声をあげたのは信乃だった。彼女は自分を受け入れてくれたように彼のことも殿様ではなく1人の仲間として受け入れてあげようよと力説する。


「そうだな。なんか喜一の顔見てると殿さまって感じしないし……」


「ははっ。そうだろう。どこからどう見ても遊び人ぽいだろう」


伸介も彼の顔を見ながらそう言うと喜一がにやりと笑い胸を張って言い切った。


「貴方は殿様ではなく遊び人に成り下がるおつもりですか……」


「まあ、隼人そう言うなって。お前も今まで通り俺の事は遊び人の喜一として接してくれよな」


「……それがあなたの願いならば」


溜息交じりに隼人が言うと彼がまあまあと言った感じに話す。その言葉に彼が仕方ないといった感じで了承した。


こうして喜一が殿様であるという爆弾発言により彼の意外な正体がわかるのと共に、レインの兄であるアシュベルが旅に同行することとなり神子一行の旅は続く。


しばらく歩いていると巨大な体の悪鬼が行く手を阻むように現れ神子達の間に緊張が走る。


「ここは俺に任せてくれ。いくぞ……はぁっ」


「ぐるるるる……」


「アッシュ兄張り切ってるわね」


先頭にいるアシュベルが武器を構えると敵に突っ込む。攻撃を受けた悪鬼は一瞬よろけた。その様子にレインがおかしそうに小さく笑う。


「稲妻よ、集え……はっ」


「そんじゃ私も……光の女神の名は伊達じゃないってとこたまには見せてあげるわ。天駆ける光よ……我が前の敵を討て」


彼が右手を突き出すと呪文のような言葉を紡ぐ。すると彼の右手上空に稲妻が現れるとそれが弾け敵を貫く。


その様子に妹も触発されたかのようににやりと笑い言うと切っ先を天空へと向けてそっと唱える。


すると切っ先に白く渦巻く光が集まり雷が悪鬼に降りそそいだ。


「レイ。久々にあれをやるか」


「いいわよ。アッシュ兄。久々にお見舞いしてやりましょ」


アイコンタクトをとるアシュベルへとレインが頷きにこりと笑う。すると2人は隣同士に並ぶと切っ先を敵へと向ける。


「……赤き雷よ」


「白き雷よ……」


兄が呟くと妹も囁くように言う。集中する2人の切っ先には赤色と白色の稲光が渦を巻き1つの塊となっていった。


「「ここに集いて我が前の敵を討て!」」


「ぎぁああっ」


そうして2人同時に声を出すと共に切っ先から放たれた稲妻が悪鬼を貫き消える。それにより相手はかき消された。


「どうやら今回はぼく達の出番はないみたいだね」


「流石は兄妹なだけあって息の合った連携技だな」


弥三郎がふうと溜息を吐き言うと亜人も刀を納めながら2人の事を讃嘆する。


「アッシュ兄。また腕をあげたわね」


「それはこっちの台詞さ。レイまた腕をあげたな」


にやりと笑いレインが言うとアシュベルも不敵に笑いお互い拳をかち合わせて勝利のガッツポーズをとった。


「だから言っただろう。アッシュ君は強いって。神子さんこんな頼もしい奴が仲間になったんだ。邪神との戦いだって絶対大丈夫だ」


「はい。何だかそんな気がしてきました。皆となら必ず邪神を倒せると……そう思えるんです」


その様子を見詰めながら喜一が言うと神子が答えて大きく頷き微笑む。仲間がいる心強さが神子の不安な気持ちを静め、彼等と一緒ならきっと大丈夫だと確信もなくそう思えるようになるのであった。

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