ミミクリーカブトムシ

私誰 待文

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 今年は例年にも増してだるような夏だった。日頃、蒼穹そうきゅうを突き抜けて降り注ぐ太陽光線は、極小なむしでさえ焼き殺してしまわんばかりである。


 地面の焦げたにおいが鼻を突く。この季節に思い出すのは、今からおよそ20年前の小学時代。彼と共に軽装で、校舎から17キロはなれた小山で、虫捕りにきょうじたあの一日。


 *


「なぁなぁ桐鍬きりすき、バケモノ山あるだろ? 学校から自転車で2時間ぐらい走ったあっちの方。あそこでさ、すげぇカブトムシ見つけたんだよ!」


 2時限目が終わるとほぼ同時に、隣の席にいた有戸ありとが両の目をかがやかせて話しかけてきた。


 有戸は当時、クラス内では校内で最も虫について詳しい少年だった。彼は一週間の約半分、昆虫の情報が細かく書かれた書籍を、授業中にも関わらずつくえの下で隠れるように読んでいた。夏休みの自由研究は、誰よりも趣向をらしたカブトムシの生態研究を、模造紙3枚をめつくすほどの熱量でまとめていた。一度、学校の近隣地域で見られる虫を四季に分けた標本を持参して、校内で表章された功績もある。


 だから、いつしか有戸は“昆虫博士”として、クラス内にとどまらず学年全体、および一部の教員や保護者にまでその存在を知らしめていた。

「そのカブトムシの、何がすごいの?」


 私は、4年を通して彼と同じクラスになっている友人として、分かりやすく興味を持ってみる。昔から、どんなに小さな発見でもUMAと遭遇したようにさわぎたてる彼だったが、今回ばかりはこれまで以上に熱のこもった触れ込みだったので、私も実のところ詳細を知りたくなった。


「驚くなよ桐鍬。俺は確かにこの目で見たんだ、カブトムシをな!」


 *


擬態ぎたい? 擬態って、葉っぱとかを真似まねるあれ?」

 得意げに鼻を話す有戸ありと。だがその態度は満足というよりは、後一歩みこんでほしいといった様子だ。


「でも擬態する虫なら、2年生の夏休みにまとめてたじゃん。『十連十とづらと山にひそむ虫について』って自由研究で」

 私を疑問は予測済みだったようで、彼は始終思い通りに事が運んでる人間特有の余裕よゆうさで否定した。


「じゃあ、俺が昔に発表した『十連十山にひそむ虫について』の内容は覚えてるか?」

「ぜんぜん」

「なんだよ……。じゃあ簡単に言うとな、擬態する虫は基本、チョウやキリギリスとかの、天敵にねらわれやすい虫がするんだ。でもカブトムシの種は、自然色に混ざったり、枯れ葉に同化したりと派手な擬態をしない。なんでだと思う?」


 私がかぶりを振ると、またも勝ち誇った表情をする有戸。

「する必要がないんだよ。チョウやキリギリスは長い年月の中で、天敵に見つかりやすいかたちの種から絶滅した。逆に周りに合わせて危険な色になったり、自然にけこんでいた種族は、今まで生き残っている。カブトムシは身体の色を、木のみきや地面に合わせた暗い色にするだけで、生存率が上がった。だから手の込んだ擬態をしない」


 説明不足な点もあると思ったが、知らない情報を教えてくれたので、素直に「なるほど」と返す。

「でも有戸くんが見つけたカブトムシっていうのは」

「そう! あれは完璧な擬態だった、あんなカブトムシはじめてだ!」


 栄光を懐かしむように、そのひとみで天を見る昆虫博士。彼がそこまで熱を入れるほどのカブトムシとは何なのか、私も段々と実態を知りたくなってきた。



「なぁ桐鍬きりすき、一週間後の今日、そのカブトムシを捕まえに行かないか?」


 唐突だった。今までの3年間は、彼が物珍しく話す内容をただ、私がうんうんとうなずくだけの流れが定着していた。彼と共に虫捕りにおもむいたことは、実は一回たりともない。


「今まで俺が話すだけで、実際に虫捕りへ連れてったことないもんな。だからさ、一緒に行こうぜ!」 

「行っていいの? もし僕が見つけたらどうするの」

「その時は俺にくれよ。お礼に家のはたけで採れる、西瓜すいかあげるからさ」


 何だか虫のいい話だと思いつつ、彼の熱量の前に冷たくあしらうのは気が引けたので、とうとう私は彼と一緒にくだんの擬態カブトムシを捕りに行く約束をちぎった。


「じゃあ一週間後の今日、門の前でな! 虫かご忘れんなよ!」

 その日は、入念に計画をノートに書いている彼を横目で見るだけで、会話はしなかった。


                                  〈続く〉

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