第34話 グループワーク

帰国してから僕は、先生に電話をして、

グループワークの段取りについて打ち合わせした。


様々な年代の人が集まり、

自分と同じ強迫性障害で苦しんでいる方々が来るとの事だ。


僕は、グループワークなので一方的に自分自身が話すと言うよりは、

対話しながら進めていこうと考えた。


そして、その時々に参加者から出る話に対して自分自身が伝えられるメッセージを伝えていく事が良いと思った。


グループワーク当日となり、

沢山の参加者が集まっていて、僕はとても緊張をした。


自分自身は確かに強迫性障害を以前より克服しているが、

参加者を目の前にすると緊張で心臓がバクバクし、

このままだと心臓が粉々に破裂し、

穴という穴から砕けた心臓の欠片が1つ残らず出てしまいそうな状況だった。

そこで、僕は大きく深呼吸をし、

気持ちを落ち着かせて自己紹介を始めた。


自分自身が強迫性障害を患っている事、

今は独立開業し整体師として活動している事を伝えた。


そして、今回のテーマである“生きる”というテーマに入っていった。


「皆さんはこの“生きる”と言うこと、生きるとは何だと思いますか?」

予定通り、対話方式で話そうと決めていた為、先ず質問してみた。


少し、沈黙が続き1人の若い男性が答えた。


「子孫繫栄でしょ」



それに続くように別の参加者が続く。


「ただ、ただ自分の楽しいことをする」


「仕事を頑張ってお金を稼ぐ」


「スポーツをする」


「生きる意味なんて分かりません。池上さんはどう考えているのですか?」


私は一通り参加者の意見をじっくり聞いてから口を開いた。


「皆さん、ありがとうございます。

“生きる”という事に対しては

1人ひとり色々な答えがあって僕は良いと考えています」


「よく聞く定番の答えですね~」

参加者の誰かが後方から言ったのが聞こえた。


僕は少し微笑みながら、話を続けた。


「例えばですが、そうですね、1番前の望月さんに質問しますね。

望月さんが大好きなアーティストの野外ライブがあるとしましょう。

もう何年もチケットが取れなくて、今回やっと取れたチケットです。

待ち望んだライブです。


しかし、その日、大雨で急に中止、

追加公演の予定も無いです。

そうなった時、望月さんは雨に対してどう思いますか?」


「それは、雨のクソヤローって怒りますよ!」


「そうですよね」


「では、どうでしょう。もし望月さんが、

農家を営んでいるとして、毎日晴ればかり続く。

農作物は枯れてきそう。

こんな時に恵の雨が降ってきたとしたら……」


「それはもう嬉しいですよ。恵の雨、ありがとう。ですよ」


「そうですよね。ここがとても重要な事なんてですが、

どちらも雨という現象には変わらない。


でも、自分の脳の中で『良い』『悪い』をジャッジして

自分の価値観に照らし合わせて物事に意味付けをしている。


本来は雨という現象、ただ雨が降っているという事。

良いも悪いも無い。


そう、究極的には雨に意味なんて無い。

自分達で、自分の脳で勝手に意味をつけている」


「ということは生きる意味というのは究極的には無いという事でしょうか」


「そうなります」

僕は躊躇なく答え、続けた。


「だから、生きる意味はそもそも無いと言えるのだけれど、

それは生きていく上で、

自分自身で見つけていくものだと言えます。


もちろん人生の途中で変わっていくこともあります。


人によってはサッカーをする事、

音楽をすること、

寄付をすること、

子供の教育をすること、

陶芸をして作品を作り続けること、

もちろん、先にあったように生物と考えるなら子孫繫栄の為に、

後世に繋げる為のリレー走者と考えることも出来るでしょう」


それを聞くと1人の青年が僕の目を真っすぐ見てこのように答えた。


「という事は、物事に本来何も意味は無いけれど、

我々が意味をつけている。


そして、良い、悪いも我々の価値観で決めている。


結局、良いも悪いも同じ数になるのであれば、

この強迫性障害も良い面と悪い面がある。


だったら無理に治療しなくても良いよね。

良いも、悪いもあるんだから結局は」


「するどいですね。でも、1番大切なのは、

自分自身がそれを賢明な判断と言えるかです。


あなたはどうでしょうか。


強迫性障害のままでも良いと本当に考えているのでしょうか。


良い、悪いは同じ数になるのであれば、

それこそ、

自分が本当にしたい行動の先にある『良い』と『悪い』の両方を受けた方が

賢明だとは思いませんか?」

僕は彼に優しく語り掛けた。


「確かに、そうですね。

僕自身はこの強迫性障害のままでは無く、

治療をして今より改善していきたいと心から考えています」


「そうですよね。それであれば、答えは見えているはずです。

どの方向に自分が向かえば賢明なのか。


良い面と悪い面が両方バランスしているのならば、

自分が本当に向かいたいその先でその両面を受けた方が、

感謝が生まれると思います」


「今まで考えた事が無い考え方だったので、

新鮮です。池上さん、ありがとうございます」


「とんでもない。僕もまだ日々学びですよ」


そうすると、別の参加者から違う質問が出て来た。


「ヨウスケさんは、強迫性障害を実際にはどのように克服されたんですか? 

参考に教えて欲しいです」


「分かりました。

これからお伝えするのはあくまで僕のケースです。

僕はこれで上手くいったという事。

そこから何かヒントにして頂ければと思います」


「はい。わかりました」


「僕自身はこの強迫性障害になった事で自分は不幸だ、

何もかも終わりだとマイナスの面ばかりフォーカスしてしまっていました。

もう2度と以前のような強迫観念が無い生活が出来ないのでは無いか。


とても苦しみました。


結婚を考えていた彼女とも別れ、仕事も失いました。


正直、自殺も考えたくらい追い込まれました。


そこで、先ず自分が出来る事として、

田端先生の治療方針にきちんと従いました。


強迫行為をやりたくなってもやらない。


財布の中のカードの枚数を数えたくなってもやらない。


もちろんそれを守れない時もあったけれど、

少しずつ出来る様にしていきました。


今でも仕事の中で追求したくなって侵入思考にハマりそうになるんですが、

何日も寝ないでとなるとそもそも健康に支障が出ますから、

これは強迫観念が強くなっているから1度止めようと、

休もうと考えるようになりました。


それと、お客様の存在が大きいです。


強迫観念が出てきても、

整体師として目の前のお客様を感動させる事に全力を注ぐ。

そうする事で強迫性観念に惑わされなくなってきました。


そして、良い面と悪い面を見つめてみる努力もしました。


悪い面はいくらでも出てくるので、

良い面に特にフォーカスして書き出したりもしました。


例えば、仕事を誰よりも追求出来るようになった事、

ミスが減ってきた事、

細かい部分に誰よりも気づける部分など、

この障害があったからこそプラスに働いている部分を見るようにしました。

そうすると、何だかこの障害を憎めなくなってきたんです。


個性として抱きしめようと。


そうすると気持ちが楽になってきました。

でも、1番影響があったのは、

今はもう死んでしまったのですが、三毛猫の影響が特に強い……」


「ね、ねこですか?」


「そうです。

僕は強迫観念に囚われている時に一緒に暮らしていた三毛猫のミーを見ていると

本当に今に集中して生きているという事が分かったんです。


凄くシンプルなんですよ。


生き方が。


僕は過去や未来の事で悩んでいる時も、

寝る時は寝る。


遊ぶ時は遊ぶ、寒くなったら僕のお腹で寝る。


それを見ているうちに僕も

今という時間に集中して生きていこうと思えるようになりました。


僕が自宅から出て鍵を閉めて駅まで向かう。

駅まで向かうという今、行うべき行動に集中する。


この間に脳内に“鍵閉まってないかもよ~”と出て来ても今、行うべき行動に集中する事でこの強迫観念が薄まってくる。


三毛猫のミーのように今に集中する。


それを繰り返していると強迫性障害は徐々に治まってきました。


だから、僕は動物園に行ったり、

動物の動画を見るのが好きですよ。

生きるって事を動物達から学ばせてもらう事が出来るから」


「まさか、飼い猫から強迫性障害の治療方法に結びつけているなんて

池上さん天才ですね!」


「いやいや、凡人ですよ! 凡人だからこそ、

猫様から学ばせてもらったんですよ」


そう言うと、会場から笑いが出た。


その後もいくつかの質問に答えてワークショップは無事に終わった。


「池上さん、ありがとうね。

君はこの障害になってから色々な事を学ばれたね。

体験することで医師である私よりもこの障害に詳しくなり、

そして、人生に活かす術を学ばれたと思う。


整体業もお忙しいかと思いますが、

時々このように地域のワークショップに参加頂けると非常に助かります」


「田端先生のお陰で今、僕はここにいます。

僕に出来る事があれば全力行わせて下さい」

そう言うと田端先生はにっこり笑った。


「良かったですね。答えが見えたんですね」

振り返るとカウンセラーの上条先生がいた。


「上条先生! お久しぶりです。

いらっしゃったんですね。

あの時は人生の両面を見る事が出来ませんでしたが、

時間をかけて見つめ直す事で自分なりに真実を見つけることが出来ました。

このように考えるきっかけを与えて下さり、

本当に、本当にありがとうございます!」


「継続して、一生懸命自分自身の人生に向き合えた事、

素晴らしく思います。

これからも今日のようにたくさんの人の力になって下さいね」


「はい。自分自身に出来る事、精一杯やっていきます」


「共に頑張りましょうね」


上条先生はニコリと微笑んで、柔らかく、優しく言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る