第30話 変化


最近、季節の変わり目かミーの体調がすぐれなくて近所の動物病院に連れて行った。先生は口の中を見るなり、表情を変えた。


「これはとても酷い状態です。口内に潰瘍が出来ています。

このままだと痛みで食事が出来なくなって亡くなってしまう可能性もあります」


確かに見てみると歯茎がえぐれているように見える。


「これは薬で治りますか?」


「いえ、ここまでくると抗生物質でも難しいと思います。

有効的な方法は抜歯です。

歯を全部抜くことで完治する事もあります。

しかし、口内炎では無い場合は話が変わってきます」


「口内炎では無い場合ですか?」


「はい、似たような症状で癌があります。

組織を取って調べてみないと分かりませんが」


手術が必要との事で僕はさっそく手術の予定を入れた。

自宅に帰ると、ミーが不安そうに僕の膝の上に乗ってきた。

ミーの滑らかな毛並みに触れながら僕はいつも通り撫でる。


ミーは嬉しそうに顎を上げて、

首の下も撫でろと言わんばかりのうっとりした表情をする。


僕はミーのリクエストに応えてしっかり、首下も撫でさせていただく。


ゴロリンとして、ミーは僕にお腹を見せてくれる。


僕は猫じゃらしでミーにちょっかいをかける。


ミーは嬉しそうに猫じゃらしに飛び掛かる。

それはまるで、サバンナのハンターのようだ。


僕がソファにいると、ミーはいつも暖を取るためか僕に抱きついてくる。


そして、急に飽きてそっぽ向く。


気づけば、また自分の世界に帰っていく。


今、この瞬間に集中して生きていることを生きながら僕に教えてくれているようだ。

生きるってこと。

それはミーから凄く教わっている。


同じ生き物なのに、人間と猫でこうも違う。

人間は、会社での人間関係、学校での噂話、芸能人の不倫、SNSでの炎上、

どれも何もかも面倒だ。


僕はミーのようにシンプルに生きたいなと思った。


猫はとても不思議だ。


猫は自ら進んで人と共に暮らすことを選んだらしい。


そして、僕達人間も猫と共に過ごすことを望んだ。


何よりもこの持ち前の可愛さが人間と共存させる事を後押しさせた事は間違いないだろう。


手術当日になり、

ミーを連れていき、エコー検査等そばで見守った。

久しぶりに離れ離れになる。

少し不安だが、病院の先生を信じてミーを預けた。


次の日、病院からの電話を待っている間、

僕は手術の成功を祈ることしか出来なかった。


先生から連絡が来て、迎えにいくと、少し元気が無いミーがそこにはいた。


手術自体は成功したとの事で、

口内炎だと思うが、念のため組織を検査に回すとの事であった。


あとは傷の経過観察でいこうという事だった。


しかし、年齢的なものもあり、

容態が急変することもゼロではない為、

何かあればすぐに連絡が欲しいと説明を受け、

病院をあとにした。


自宅に戻ると、まるでラッパのようなエリザベスカラーをつけたミーが壁にぶつかりながら歩いているのを見て、外してあげたいと思ったが、

手術後の傷口の回復の為にしばらくは必要と聞いていたのでそのままにするしかなかった。


エリザベスカラーは少し面白い形だが、

深刻な状況の為、笑うに笑えない。


次の日、起きると、ミーがいなかった。


僕は家中を探した。

ソファにもいないし、机の下にもいなかった。


そして、キッチンの下を見るとそこにぐったりとしたミーがいた。


明らかに呼吸が弱かった。

僕は急いで動物病院に向かう為に準備をしたが、

ミーは嘔吐を繰り返している。


「ミー、大丈夫か! 俺がついているから、大丈夫だからな!」


「クゥーン」


ミーは意識が朦朧の中、僕の言葉に何とか反応している。


しかし、次の瞬間呼吸が止まった。


僕は急いで病院までミーを連れて行った。


タクシーがつかまえられず、僕はミーを抱えながら全力で走った。


今の僕がいるのは、今、僕が生きているのは、

ミーがいてくれたからだ。


今、この瞬間に一生懸命に生きる事、

過去に囚われず、未来に恐れず、今の瞬間を全力で生きていく事を教えてくれて、

僕に前に進んで行くことを教えてくれたのは間違い無くミーだ。


絶対に死なせはしない。

次はミーを、僕が君を守る番だ! 


病院に到着すると、先生はすぐにミーを診てくれた。


しかし、間に合わなかった。


年齢的なものがあり容態が急変する可能性もあると聞いていたので、

僕は頭では理解していたが、心が受け入れられずにいた。


僕がもう少し、ミーの事を早く見つけることが出来ていれば

結果は違ったのではないか。


僕はこの想いをどこにぶつけたらよいのか。


ミーの亡骸を見つめながら、色々な思考を重ねたが、

僕にはどうすることも出来なかった。


ゆっくり撫でていれば

また起き上がっていつものように甘えてくるのではないかと錯覚した。

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