かぜそよぐ

「寒いっすね」

「いやー、もう7月になのにねー」

「柚月先輩めっちゃ薄着じゃないですか、俺ので良ければ上着貸しますよ」

「お、良い子だ。有難くお借りしよう」


部活終わり、先輩と俺と2人の帰り道。

7月初旬の夕暮れの日差しは、雲に遮られて届かない。

寒さに震える先輩に俺のパーカーを差し出す。

こんなに露骨にアピールしても、きっと先輩は気づかないだろう。



「夏っぽいもの無いかねぇ」

「花火大会は予定通りやるそうです」

「来た!夏の風物詩の王様!」

「王様なんですね。あ、あと湖のとこのフェス、今年先輩の好きなバンド出るみたいですよ」

「やった!フェス行かないと夏は始まらない!!」

「柚月先輩受験生なのにフェスとか良いんですか?」

「いーじゃん、1日くらい。それに最後の近江終わるまでは受験生してらんないし」


1年前の春、強引な柚月先輩の勧誘で俺は競技かるた部に入った。

始めこそ「何でこんなことやってんだ」と思ったが、柚月先輩の根気強い指導で俺はチームのエースにまでなることが出来た。

そんな柚月先輩と出られる最後の大会である近江神宮での大会。1試合でも多く、先輩と共に戦いたい。


「そういやさ、近江の大会って私らからしたら夏の風物詩だよね」

「こんな寒い中行きたくないです俺」

「そんなこと言わずにさー、晶の成長見ないと私も安心して引退出来ないよ」


引退なんて、しなくていいのに。


そんな願いは叶わない。来年の3月になれば先輩は高校からも卒業してしまう。


「あ!ねえ晶、ラムネ飲まない?」


通学路の途中にある蕎麦屋はスイーツ系も取り扱っていることで有名だ。「ざるそばはじめました」と張り紙がされている。

かき氷もやっているが、流石に寒すぎる。


「何で急にラムネですか?」

「いやー、夏っぽいことしたいじゃん!」

「こんな寒いのに?」

「こんな寒いのに」


そう言いながら柚月先輩は俺にラムネを手渡し、俺は柚月先輩に120円を手渡す。ほんの少しだけ触れる手。きっと意識しているのは俺だけだ。


「先輩、俺と夏っぽいことしませんかー?」

「今してんじゃん、ラムネ飲んでんじゃん」

「じゃなくて」


俺にしては大きな一歩を踏み出す。


「俺と花火大会行きませんか?」


2人だけで。



夏の標を、2人で集めたい。







風そよぐ 奈良の小川の 夕暮れは

みそぎぞ夏の しるしなりける


風がそよそよと吹いて楢の木の葉を揺らしている。

この、奈良の小川の夕暮れは、すっかり秋の気配となっているが六月祓のみそぎの行事だけが、夏であることの証なのだ。

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