第35話

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~北西の門付近~


「ぬっ…なんだ?この妙に気持ちの悪い気配は…。」


濛々と立ち込める土煙の中で、クマールはその巨体をブルリと震わせた。

歴戦の勘が、この先に待ち受けるものに対して警鐘を鳴らしているのだ。

クマールは、警戒を一段階引き上げいつ襲われても対処できるように慎重に進んで行く。


 部下の風魔法で土煙を散らしながら、爆心地と思われる北西の門前広場へと向かう。途中でモンスターに遭遇することなく、スムーズに進むことが逆に怪しい。


 しばらく、そうして進んでいると、ガラガラと瓦礫を突き崩すような音がした。

クマールは、部下たちに目で合図し音の方向へと慎重に進んで行く。


 音に混じり時々、「はーっはっはっは!そこにいるのは分かっている!」とか、「そこだっ!おや?またしても逃げられたか!」とか、「逃げても無駄だ!いい加減出てきたらどうだ!?」という男の声が聞こえてくる。何か良くないことが起こっていることは明白だ。


「くっ…急ぐぞっ!」


小声で部下に合図を出し、極力気配を隠して走る。その間、クマールの頭には最悪の想像が広がっていた。


(くそっ…まさか、人間がモンスターを操っていた!?そうなると、北西の門にいた奴らは既に…!)


 そして、音の源にたどり着きクマールが目にした光景は、最悪の想定を遥か斜め上を行っていた。


 壁は跡形もなく破壊され、山のような瓦礫があちこちに存在していた。しかし同時に、モンスターは殆ど死滅し、辛うじて生き残っているものも虫の息だ。


 そして、広場の中心には、奇怪な生物の背に跨り、大仰な口調で何かを口走りながら瓦礫と戯れている、金髪の男…ただの変質者が一人いただけであった。



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『クソッ…確かに全力でぶっぱしろとは言ったけど…ここまでなるかよ…』


 盛大に吹き飛ばされた先で、ヤマトは悪態あくたいを吐く。


メイビスが放った得体のしれない魔法は、無差別に衝撃しょうげきをまき散らし、辺りにあった物を軒並み吹き飛ばしていた。


(ちっ…これじゃあ、どっちが魔王かわかったもんじゃねぇな…。)

『おーい!ソフィ!ピート!ユキ!メイビスのアホ!生きてるかー!?』


「うん…っ、何とか…!」「あぁぁ…何があったんだ…?」「私は大丈夫だよー!」

「誰がアホだっ!」


 視界を覆う土煙の向こうむかって問いかける。それに帰って来た返答は全て無事を知らせるもので、ヤマトはひとまず胸をなでおろした。

 4人は、ヤマトの声を頼りに集まってくる。幸いにも、皆近い場所に吹き飛ばされていたようで、直ぐに合流することができた。


『さて、メイビス。言い訳があるなら聞こうじゃないか。』


 二足歩行状態のヤマトが、余った2対の腕を組んでメイビスを睨む。

対するメイビスは、やっちゃったテヘペロ、とでも言うような軽さで答えた。


「いやぁ、初めて使うやつだから効果とか加減とかなんもわからなかったんだよね。」


『分からなかったんだよね。じゃねぇよ!こちとら死にかけてるんだよ!』


 ふざけたようなメイビスの様子に、ヤマトは激高する。


「大丈夫大丈夫。ちょっと吹き飛ばされただけだったから。周りの建物が倒壊とうかいしてるけど、僕たちの身体は何ともないだろ?」


「うん…確かに、どこも痛くないけど…。なんで?」


ソフィは、自分の身体が不自然に無事なことを訝しむ。

建物が吹き飛ばされるほどの威力の衝撃が直撃したのなら、本来は人間などミンチになっていないとおかしいはずなのだ。しかし、現在ソフィたちの身体はあの衝撃以前に負った傷以外に、特に外傷は増えていないように思えた。


「詳しい事は僕にも分からないけど、たぶんあの衝撃事態が魔法の効果だったんじゃないかな?まぁ、あくまで仮説だよ。」


「えーっと…どういうことだ?」


ピートは、理解しようと頭を捻るが、全く理解できなかったようだ。


「あの時、僕は圧縮した水と火の魔力を、一か所で同時に解放したんだ。」


「えっ…、水と火…?でも、その二つは相殺そうさいし合って消えちゃうんじゃないの?」


 ユキが当然の疑問を抱く。本来、相反する属性同士は相殺し合い消滅するはずなのだ。


「うん、普通に合成ごうせい魔法まほうを作ろうとしたらそうなるね。それは僕も経験済みなんだ。でも、そもそも合成魔法は魔力を混ぜ合わせて作るんだけど…その時に魔力が相殺し合って消えちゃうみたいだったんだ。でも、さっきモンスターから逃げて魔法使ってるときに思ったんだけど、混ぜ合わせずに、ただ魔力をぶつけ合うだけだったらどうなるんだろうって。で、少しの魔力でやった時はモンスターを一体吹き飛ばすぐらいの威力が出たんだ。そこで、魔力をいっぱい使ったらどうなるんだろうって実験して、あれってわけ。」


 メイビスは物凄い勢いで捲し立てる。その眼は興奮でキラキラと輝いており、その言葉は明るくとても楽しそうである。


『あれってわけ…じゃねぇよ!?なんでそんな物騒ぶっそうな魔法を今使おうと思った!?ってか、(仮)かっこかりってただのお試し魔法だからってことか!?』


「その通り!」


メイビスは胸を張って堂々と答える。その顔は、どうだと言わんばかりの満面のドヤ顔で無性にひっぱたきたくなる。


『何が「その通り!」だ、このスカポンタン!未知のモンをいきなり実戦投入する奴があるかっ!お前、頭のネジいくつかぶっ飛んでんじゃねぇの!?』


「な、なにを失礼なっ、僕はただ自分の好奇心が抑えられなくてだな…」


『それがぶっ飛んでるって言うんだよ!まともな奴は、好奇心を抑えられるんだ!』


ヤマトがメイビスに向かって怒鳴り散らす。しかし、メイビスはまったく気にしていない様子で、ソッポを向いていた。


「ちょっと、二人とも?今は喧嘩けんかしてる場合じゃないでしょ。」


『そ、そうだな!いそいで逃げよう!』


 そんな二人を、ユキがたしなめた。その声には温度が一切なく、相当おかんむりな様子である。

 ヤマトは、戦々恐々とした様子で急いで逃げるように皆を促す。

逃げると言っても、メイビスのせいで周囲の目印になるものは軒並み破壊され、どこへ行けばいいのか全く分からない状況ではあるのだが。そこは、ヤマトの優れた位置把握はあく能力と探知能力でどうにかなるだろう。


 とりあえず、ヤマトの言う通りに進むということで話が纏まったその時だった。


何か、巨大なものが崩れた壁の瓦礫の山から、ガラガラと音を立てて立ち上がった。

そのシルエットは、一般にトロールと呼ばれるみにくい巨人の姿に酷似こくじしていた。しかし、なぜか狼のような鉤爪かぎづめを備え、醜悪しゅうあくな顔にはパッチワークの様に牙や角が適当に生えており、四足獣のように体を丸めていた。


「クハッ…―――よもや、貴様らがこれほどまでに我を追い詰めるとは思わなかったぞ。せっかく集めた僕たちも殆ど使ってしまったではないか…。」


その謎のおおよそ生命と認めたくないような不気味な物体の腹の下から、みすぼらしい金髪の男が這い出してきた。どうやら、あの巨体を盾に瓦礫から身を守ったようだった。しかし、服はかなり破損し、上半身は裸。下半身も辛うじて局部が隠れているだけと言った様相であった。


「だがな、小僧共。魔王の力がただ魔物を従えるだけだと思うなよ?魔王は、従えた魔物を強化しその力を己のモノとすることができるのだ…。魔物を従え強化し力を得る…これが魔王が魔物の王たる所以ゆえんだ。」


『いや、どこ向いて喋ってんの?』


 男は立ち上がり、そして見当けんとう違いな方向を向いて話しかけていた。

少し収まったとはいえ、未だ濃い土煙が視界を妨害している。更に、散発的さんぱつてきに配置された瓦礫によって声が反射し、全く別の場所から声が聞こえるような状況である。正しい位置情報がかなり掴みにくいのだ。


「ははははっ!どこに向いてだと!?貴様らに向かってに決まっておろうが!」


そう言って、マルボスらしき影は瓦礫に話しかけ続ける。

その隙に、ヤマトたちは逃げ出した。


「ふははは!知らないのか?魔王からは逃げられない!」


(いや、お前もう魔王じゃねぇし、なんでそのネタ知ってんだよ!あいつ絶対転生者だろ!)


「吾輩は転生者ではない!そこかぁ!」


〈聞こえてたっ!?そうか、ソフィに聞こえてマルボスに聞こえない筈はないよな…!〉


 見当違いな方向へと攻撃を繰り返すマルボスを背に、足音をなるべく立てないようにして走る。方向など気にせずに、ただマルボスから遠ざかる為に。


 そしてしばらくの間、マルボスは半裸で瓦礫とじゃれ合っていた。

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