第34話

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~街中~


「なんだか妙だな…。」


軽鎧を身につけた巨漢がぼそりと呟く。周囲にいた部下は周囲を警戒しながら、同じような感想を抱いていた。

門が破られたにしては、モンスターが少なすぎるのだ。


 モンスターは、普通の生物に比べて凶暴性が著しく高い場合が多い。

このような、スタンピードと言われる異常発生時には、凶暴性が数段跳ね上がるとも言われているのだ。

 それにも拘らず、南西門に近づいた今もモンスターの気配が無いのは明らかに異常であった。


 と、突然遠くで炸裂するような音と共に土煙が上がった。


「ぬ!?あの位置は…北西の門の辺りか?あそこは工業区画で元々人が少なかった筈…何故そんなところに…。いや、進路を変更するわけにはいかんか…それに、あの近くを通る部隊が解明するはずだ。」


 明らかな異常事態にも拘らず、クマールは何事も無かったかのように進軍を続ける。そこには、確かに自らの部下への信頼も存在していたが、クマールの性格上その判断をすることはあり得ない筈だった。


 このクマールという男は、少しでも違和感を見つければ即座に確認し違和感の正体を見つけにかかる様な、行動的な人物である。

 そのような人物が、違和感を感じた上で、明らかな異常事態に対して変わらず作戦を続行するなどということは、あり得ない筈なのだ。


 それこそ、ような様子だった。


 その違和感にいち早く気づいたのは、クマールの部下ではなく、訓練学校同期のルーウィンだった。


「おいっ、クマール!様子がおかしいぞ。」


「あぁ…って、貴様、なぜここに居る!従軍は認めなかったはずだぞ!」


 ルーウィンに話しかけられ、虚ろだったクマールの目は元に戻る。そして、直ぐにルーウィンに向かって怒鳴りつける。


「そんなことはいいっ!それより、君はあの音をおかしいと思わなかったのか!?」


「あの音…あぁ、先程の炸裂音か。せいぜい、北西の門の奴らが大規模な魔法でも使ったのだろうよ。」


「それがまずおかしいんだ!大規模な魔法が使える様な実力者は、ほとんど北東の門に集まっているはずなんだよ!」


「ふんっ、ならば南西門付近のルートを通った部隊が使ったのだろうよ。衛兵は魔法も使えるからな。」


「それもおかしいんだよ!なぜ街中を進む部隊たちが魔法を使う!?それはつまり…」


「はっ!?そうか、モンスターが…しかし、なぜ魔法を?あいつらは魔法よりも弓の方が得意だったはず…。よほど切羽詰まっているのか?いや、先程の俺の様子…認識阻害か…!?となると…」


 何かに気付いたクマールは、ブツブツと呟きながら考えを纏めていく。

その間も足は南西の門へと進み続けていた。


「おいっ!急いで炸裂音のした方角へ向かうぞ!予想通りならばモンスターを操り、かつ魔術に長けた存在がいる!十分注意しろ!」


 そして、急に部下たちに号令をかけ、進行方向を変えていく。

部隊が進む先には、遠くからでも視認できるほどの量の土煙が、濛々と立ち込めていた。


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 ソフィたちはひたすらに走っている。

背後からは百以上の悍ましいモンスターが追って来ていた。それを魔法で牽制けんせいしながら、どうにか捕まらずに逃げることができていた。


「はぁ…はぁ…不意を突いたから、逃げられたけど、このままじゃ、直ぐに追いつかれちまうぞ…!」


 ピートは背後をチラチラと確認しながら呻く。


『あの数相手に戦うのは無理があるよな。武装してる大人たちに擦り付けるか?』


 ソフィの肩に乗ったヤマトは、悪質な思い付きを口に出す。


「ふぅ…ふぅ…ダメだよ…!大人でも、あれだけの、モンスターは、危ないよ…!」


 それを、ユキは汗を拭いながら首を振り、却下する。


「ひぃ…ひぃ…いや、案外、アリかも、しれないっ…!」


 やや過呼吸気味のメイビスが、ヤマトの案を真剣に吟味する。


「はぁ…はぁ…そもそも、あのモンスター達は、きっと、私を狙ってる、んだよね…?だったら、大人を見ても、無視しちゃうんじゃ…?」


 荒い息遣いのソフィがそれに疑問を呈する。


「ひぃ…ひぃ…大人が、一人なら、そうなるかもな…。でも、大勢いたらいける。」


 息継ぎをしながら話しているため、途切れ途切れになりながらもメイビスはソフィに応えた。その顔は熟れたリンゴのように赤くなり、醜く歪んでいる。日頃からあまり運動していないのか、体力の消耗がかなり激しい様子だ。


「ふぅ…ふぅ…でも、大人は、バラバラで、街を見回り、してるんじゃないの?」


『そうだよな、大勢いるところなんて…。あっ、門には集まってるか?』


「ひぃ…ひぃ…そうだ。門になら、集まってるはずだ。特に、北東の門は、最初に、モンスターの襲撃を、受けたところだから、街の、最高戦力が、集まってるはず…」


「えっ?でも、さっきの、南西の門には、誰も、いなかったよ?」


「それは、たぶんだけど、モンスター達に、認識阻害が、掛かってたんだと、思う。」


『どういうことだ?』


 ヤマトはソフィからメイビスに乗り移って、耳元で質問する。


「認識阻害は、そのままの、意味で、相手の認識を、阻害する、効果の、呪文だ。これは、魔法と言うよりは、呪術に近い。…これをかけると、存在が、希薄になったように、感じるんだ。たぶん、それで、この門は、大丈夫だと思い込んで、誰も、いなかったんじゃ、ないか?」


『それって、お前が使ってたあの姿隠しとは違うのか?』


「あぁ、姿隠しは、完全に対象を、見えなくする。けど、認識阻害は、認識をずらす、だけなんだ。」


『ってか、魔法と呪術って違うものなのか?魔女とかが大鍋で呪いのスープとか作ってるイメージだったんだが。』


「いつの時代だよ、それ…。まぁ、この話は、長くなるから、あとでな。今は、逃げることに、集中しよう。」


 息を整えながら、メイビスはスピードを上げる。

ヤマトと話していたせいで速度が落ち、背後のモンスターに少し差を縮められていた。


『おう、とりあえずの行き先は北東の門だな。いっけぇぇぇ!』


「ってか、ヤマトも走れよっ!僕に乗るなっ!」


◇◇◇


 どれだけ走っていただろうか。不意に視界が拓け、広場のような場所に出た。

住宅街が多かった街並みは一変し、工房や工場が多く立ち並んでいる。左手側には、少し変形した門が、それでもモンスターの侵入を許さず立っていた。


「おいっ、あんなところに子供がっ!」「後ろを見てみろ、追われてるぞ!」


その城壁の上から、身を乗り出して叫ぶ大人の姿があった。

どうやら、ソフィたちとその背後のモンスターを見て慌てているらしく、軽いパニックになりながらも広場に降りてモンスターとの戦闘準備をしようとする。


 しかし、突然現れたように見えたモンスターに対して十分な準備など出来るはずもなく、広場中に人とモンスターが入り乱れる乱闘状態となってしまった。

 元々、北西の門には防衛のための人員が少なく、壁外のモンスターもどうにか防いでいたような状態であった。

 そこに、内側からのモンスターが加わることで、均衡が崩れ門は少しづつだが変形を重ね、内側からも攻撃を喰らうことで、門は見る見るうちに破壊されて行った。


『クソっ…大人たちでもダメか…!』


あまりに絶望的な状況に、ヤマトは悪態を吐く。状況は好転するどころか、悪化さえしているようであった。


「くそっ、こんなところで死んでたまるかよっ!」


 一人の青年が、いかにも死にそうなセリフを吐きながらモンスターに切りかかる。その渾身の一撃で、目の前のモンスターがドサリと崩れ落ち動かなくなる。しかし、一体倒した直後に、背後に居たモンスターから強襲を喰らう。辛うじて剣で受け止めるが、次から次へと湧いてくるモンスターに囲まれやられてしまった。


『こう見ると、村の人たちって凄かったんだな…。』


「何ノンキにしみじみしてるんだよ!というか、何の話っ!?」


 諦めか、開き直りなのか、ヤマトはのんびりと呟く。

メイビスは、杖でモンスターをボコボコにしながら、ヤマトに話しかける。

 メイビスの魔法は、周囲を巻き込むような大威力なものが多く、混戦になった今の状況では全く役に立たないのだ。なので、自身にひたすら強化魔法をかけまくり、杖でモンスターを撲殺している。

 何度も杖を振っているせいで汗だくだが、まだまだ余裕はありそうだ。


『なぁ、メイビス。南西の門が破られたことって、通達が行っていると思うか?』


 見た目のわりに頑丈な杖でモンスターの頭を打ち抜くメイビスに向かって、ヤマトは質問をした。


「…どうだろうな。南西の門付近には誰も人がいなかった。でも、視線は感じていたんだ。」


 その問いに対して、メイビスは微妙な顔をして答える。自分の言っていることが正しいのか、また良いことなのか、図りかねている様子だ


『ん?それって、元魔王の視線じゃなくて?』


「ちがう。上から見られているような…魔力の籠った視線だった。」


『えっ…そんなん感知できるん…?俺一切わかんなかったぞ。』


「たぶん、アレは使い魔を使役して状況を確認していたんだと思う。つまり、何者かが監視をしていたんだ。それが敵なのか味方なのか…。」


『うーん…俺は味方のだと思うんだよな。』


 ヤマトは、楽観的にそう言う。しかし、その言葉には確信が込められていた。


「何故そう思うんだ?」


『だって―――ほら来た。』


 そう言って、ヤマトは触角で壁沿いの道を指す。

そこからは、揃いの軽鎧を身に纏った屈強な男たちが走ってこちらに向かって来ていた。


「アレは…衛兵の装備だな。北東の門に居たはずの部隊がここまで来てるってことは…そう言うことか。」


『うん、たぶんだけど、どこかから見てた誰かさんが門が破られたって報告したんだと思うぞ。』


衛兵は、混戦模様の広場に到着するとすぐにモンスターへの攻撃を開始した。


 日頃から訓練しているだけあって、有志の防衛隊よりも実力が高く、衛兵が参戦してからは敵味方入り混じる乱闘状態だったものが少しづつ解消され、魔法攻撃の頻度も増えてきていた。

 元魔王と共に空を飛ぶモンスターが現れたせいで、壁の上の人は皆下に降りているため、モンスターの頭上からの魔法攻撃は出来なくなっている。だが、それでも魔法が加わるだけで大きく変わるようだ。


――――――このまま持ち堪えれば、追加の援軍が来るはず。――――――


そう、皆が希望を持ち始めた時だった。


メキメキという金属を破る様な音がしたかと思うと、大きな音を立て、門が内側に倒れてきた。幸いそこには人は居らず、モンスターが数匹潰れただけだったが、外からモンスターが流入し、モンスター達の責めはさらに苛烈になってしまった。


『げっ…やばいじゃん!?』


「くそっ…!大規模魔法で吹き飛ばすか⁉」


『アホかっ!俺らも巻き込まれるわ!…ソフィー!ピートー!ユキー!いるかー!?』


ヤマトは、出来るだけ大きな声で3人を呼ぶ。その声は、混然とした状況下でも不思議とよく通り、直ぐに返事が返って来た。


『集まって行動しよう!はぐれると面倒だ!』


 3人は、直ぐにヤマトの方へと人ごみを掻き分けて来る。


「おいっ、どうするんだこれから?」


合流するなり、木剣を持ちなぜか体中返り血だらけのピートが問いかける。それに応えたのは、メイビスだった。


「どうにかして、モンスターを一か所に集めて魔法で吹き飛ばす。」


『却下。お前のギフトからして威力ヤバそうなんだよ!とりあえず、お前らは逃げろ!特にソフィ。お前が狙われてるし、元魔王に捕まると厄介そうだからな。』


 が、ヤマトが即座に否定する。そして、4人に逃げるように言った。


「やだ。」


『えっ?』


しかし、ソフィは首を振って拒否をする。


「あのねヤマト、今、皆凄い頑張って戦ってるんだよ。それなのに、私だけ逃げるなんて、出来ると思う?」


『出来る出来ないじゃない。するんだよ!いいか、お前がアイツに捕まったら、その戦ってる人が迷惑するんだよ!逃げないってのは、皆に迷惑が掛かるの!』


 ヤマトは、イライラした様子でソフィを諭す。言葉尻が強くなり、ヤマトの身体が一回り大きくなったような錯覚を覚える。いや、実際に大きくなっているのだろう。


しかし、怯むことなくソフィはしっかりとヤマトの目を見て、自分の思いを呟いた。


「うん、そうだろうね。迷惑だと思う。こんな子供が、恐ろしいモンスター相手に何ができるか…邪魔なだけだって、自分でもわかってる。私が言ってることがただの我儘だって…。でもね、戦いたいの。ここで逃げたら、たぶん、ずっと向き合えないと思うから。嫌なことは、早めに気持ちよくぶっ潰しておきたいんだよっ!」


 強がるように、少し引きつった笑いを浮かべて、ソフィは明るく言い放つ。

“家族”。ほんの数刻前にソフィの心に深く楔を穿ち、一度はその心をズタズタに引き裂いた物だ。そんなものに、この幼い少女は立ち向かいたいと宣言したのだ。


『ちっ、めんどくせぇな…。お前は我儘言い出したら、絶対に止まりゃしねぇよな。なんなの?ザワザワする森の恐竜娘なの?…はぁ、いいよ。もういいよ。戦うんだな、じゃあ、メイビス。魔法ぶっぱしろ。』


 そんなソフィの様子を見て、説得を諦めたのかヤマトは投げやりにメイビスへと指示を出す。


「えっ…?お前さっきダメだって…」


『いいんだよ、ちゃっちゃとやってくれ。あ、最大威力でな。』


「お、おう…。魔法試してみたかったからいいけどさ…。これは、さっき思いついたアイディアなんだけど、僕の得意属性を掛け合わせて…」


『いいからとっとと撃てよ!』


「はいはい、『アクアスイグニス(仮)』!」


 メイビスは、杖をどこか空間の隙間へと仕舞い、両手を前に突き出して叫ぶ。


『カッコ仮ってなんだよ!それに、何も起こってねぇじゃねぇか!』


「あ、あれぇ…?上手くいかなかったのかな…。だって、さっき思いついたやつだったし…。」


『そんなもんをいきなり実践投入するんじゃ―――』


 ヤマトが、メイビスに説教をしようとした時だった。いきなり、物凄い衝撃が周囲を襲った。衝撃は荒れ狂い暴走し、何もかもを蹂躙していく。


 辺りは、一寸先も見えぬほどの土煙に包まれ、立つ者の影は何処にもなかった。

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