第26話

 〈お、重い…空気が非常に重い…。

ナニコレ?水糊の中にでも沈められたの?スッゴイどんよりしてるんだけど。


 いや、確かに衝撃の事実だったよ?ソフィが魔王の娘とか、びっくりだよ?


 でもさぁ…だから何?って思ってる自分がいる…。


 ソフィがホントの娘じゃなくても、父ちゃん愛してる言ってたじゃない?

血の繋がりって、そこまで大事かね…?


 この世界でも、養子縁組とか普通にあると思うんだけど。

と言うか、血の繋がっていないどころか種族すら違う俺を受け入れて家族とか呼んでるのはどこの誰よ?


 あぁぁぁ…そう思うんだけど、全然言えねぇ…。このシリアスな雰囲気をぶち壊すほどの勇気はないぃぃ…。〉



『ソフィ、すまないが、ポケットから出してくれないかっ…!?そろそろ関節がキツイッ…!』


 悶々としながらヤマトが言った言葉は、慰めでも励ましでもなく、救助要請だった。

実は、ソフィが水晶玉に触る前にポケットにねじ込まれてから、ずっと変な体勢のままでいたのだ。

 脚が変な方向に曲がって動かすことができず、さらにその状態でソフィが動いたりしたのでそろそろパキッと行ってしまいそうだ。


「ん……」


ソフィはそう唸って、ベッドに突っ伏したまま手だけをポケットの方に向かわせ、ヤマトを救出した。


『ふぅ…ありがとさん。』


 ソフィの手の上で軽く礼を言う。すると、ソフィはぼそりと呟くように告白した。


「…ねぇ、ヤマト…私、魔王の娘なんだって…。」


〈 いきなり爆弾投下してきたなぁ!?こ、ここは4択だ…! 〉


1「あ?いきなりどーしたよ?」で逆に聞いて悩みを吐き出させる。

2「そんなことより、屋台行こうぜ!」ではぐらかす。

3「それがどうかしたか?」で気にしていない風を装う。

4問答無用で殴る。


〈うん、まず4は論外。1は…これはイケメンがやるから様になるのであってゴキブリがやっても意味ねぇ。却下。2は…この空気でこれ言える奴いたら見てみたいわ。却下。3は…逆に怒り買いそうで怖いな。ダメそう…。〉


 高速で頭を回転させ、言動とその反応をシュミレートする。しかし最適解と言えるものは見つからず、ポクポクと考えを巡らせるうちにある答えにたどり着いた。


  〈あれっ?俺詰んでね?〉


「ははっ、そうだよね。いきなりこんなこと言われても、反応に困るよね…。」


 ソフィは自嘲するように笑い、力のない声で呟く。反応をしないので、ヤマトが驚きのあまり声を出せないと勘違いでもしているのだろう。実際それに近い状態ではあるのだし。


 〈良かったぁぁ…選択肢5の無言があったぁぁぁ!セーフッ、セーーフッ!〉


 とりあえず、その場だけは凌げたことを喜ぶヤマト。本当の地獄はここからだと、分かっているはずなのに目を逸らしてしまう。


「なんかさ、さっきお父s――ルーウィンさんが話してるのを聞いちゃってさ…。本当の娘じゃないのに、大事な子供…だなんて、笑っちゃうよね…。今まで、騙してたくせに…。」


〈よぉし、今度こそは気の利いたことを言うぞ…!フゥ、掛ける言葉は――こんな時って何言えばいいの?くそっ!俺の対人能力と修羅場耐性の低さが憎いっ!〉


「それで、本当の親は魔王だって?はっ、人類の敵じゃん…。なんで引き取ったりなんかしたの?お人好しにも程があるよ…。」


 ヤマトが何かを言おうとして何も言えないジレンマをどうにか解消しようと四苦八苦しているうちにどんどんと話が進んで行く。そのため、口を開こうとするとワンテンポ遅れた反応しか出来そうになく、仕方なく黙っていた。


「それでさ、ピートのヤツ、怒っちゃってさ…。魔王の娘となんて、一緒にいない方がいいに決まってるのに…。現にさっき―――成人式の時もあんな怖いことがあったのに。ユキちゃんなんて、友達だって…。魔王と人が友達になんて――なれるわけないよ…!」


 ソフィがグチグチと悲しみと不安の入り混じった不満とも愚痴とも取れない何かを吐き出している中、最後の一言にプチンと来てしまった。


『なぁ、ソフィ。』


「なぁに?ヤマト、あんたも私の近くにいない方がいいかもよ…?魔王の娘なんて危な―――」


 ソフィの、その何気ないであろう一言がさらに俺のボルテージを上昇させる。俯きがちに自虐を続けようとするソフィに、冷たい言葉を投げた。


『お前さ、結局何が言いたいの?で、なんて言ってもらいたいの?』


 それは、悩んでいる人に言ってはいけない言葉だろう。しかし怒髪天を衝く心持ちのヤマトはソフィの気持ちも考えずに言い放つ。


「は…?」


 ソフィは、いきなり辛辣な言葉を全力投球され、顔を上げた。涙で潤んだ瞳には大きな驚きが映し出されている。それはそうだ。俺もここまで怒っていたのかと自分で驚いている。


「な、なに?ヤマト急に…。私がこんなに悩んでるのに、急に…そんな…」


 訳が分からない、そんな顔をしてこちらを見つめている。そんなソフィに向かって俺はさらに一言…。


『いやぁ、俺にはお前のそれは、悩んでるんじゃなくて優しい一言をかけて欲しくて自虐してるようにしか見えなかったぞ?』


 さらに厳しい言葉をぶつける。こんなことを言っても何もならない、そう分かってはいるが止めることなど出来なかった。


「なっ…―――そんなことないっ!」


『そんなことあるだろ。自分の不幸な境遇に酔って、自分からは何も行動しないで蹲ってただ外から助けを求めてるだけだろ?』


「はぁ!?なんでっ――そんなこと言うの!?」


 とうとう限界を迎えたソフィの涙腺が決壊し、涙が頬を伝っていく。

しかし、怒りはまるで収まらず、口調はドンドンと荒くソフィを責めるように強くなっていく。


『なんでかって、そりゃ怒ったからに決まってんだろが。まだわかんねぇの?』


 理不尽な、あまりにも自分のことしか考えていない言葉に、ソフィは豆鉄砲を喰らったハトの様に呆然としている。


「はっ…?怒るって、怒りたいのは私の方だよ…」


 辛うじて絞り出した一言は弱く震えており、様々な感情が滲んでいた。混沌と混ざり合った感情に呑まれ、ソフィからは薄く黒いオーラが溢れてきている。


『そうか、でもじゃあ、なんで怒ってないんだ?』


「そんなのっ…!わかんないよっ…!もう何もわかんないの!」


 ただ揚げ足を取る為だけの薄い言葉は、中身が無いにもかかわらずソフィの心へ鈍い衝撃を与える。体に纏わりつく闇は次第に濃くなり、ソフィを覆い隠そうとしていた。


『あっそ。でも俺は、俺が何でお前にキレてんのかちゃんとわかってるぜ。』


 しかし、この言葉で自分の殻に篭ろうとしていたソフィの心が激しく共鳴する。それは怒りという形で現れ、闇色は周囲を威圧するように放たれた。


「そんなの今は関係ないっ!」


『関係あるから言ったんだよ!』


 すべてを拒絶する黒を受けて尚、ヤマトはソフィに叫ぶ。両者が更に激しく言葉をぶつけ合わせようと口を開いた時だった。


「そんなの――――」カ――ンカ――ンカ――ン

「って、何!?」


『3回だから、非常事態か…?』


遠くから警鐘が響き、熱していた心に水を差す。ソフィから放たれていたオーラは霧散し、息苦しいほどの圧迫感は消えていた。


そのすぐ後にルーウィンが医務室に駆け込み慌てた様子でソフィの腕をつかんだ。


「二人ともっ、急いで逃げるぞ!町の外にモンスターの大群が現れているらしい!」


『なっ…どういうことだよ!?』


「説明している暇はないんだ。早く逃げるよっ!」


 そう言うと、ルーウィンはソフィの手を取って走り出した。急いでヤマトも追いかける。


避難している最中、ソフィとヤマトは口を開こうとすらせず、目も合わせない。



 医務室は闘技場から少し離れた場所にあり、そこから闘技場へと入っていく。この闘技場は、有事の際の避難場所のような扱いにもなっているらしく、中には既に住民や成人式に来た子やその保護者達が集まっている。


「ソフィ!ヤマト!」


 その人ごみの中から、ピートとユキが二人と一匹の方へ向かって飛び出してくる。

その二人の声を聞き、その周囲の人ごみが騒めきそこから怯え避けるように空間に余裕ができた。おそらく、先ほどの成人式の時のソフィの名前を憶えていたのだろう。

 その様子を見て、ソフィは悲しそうに視線を下げるのだった。


「4人とも、ここで大人しくして居てくれ!絶対に外に出ちゃだめだからね!」


ルーウィンはそう言うと、説明もそこそこに外へ飛び出していった。


 先程まで騒がしかった闘技場内は一層ざわめきを増し、闘技場内のほとんどの視線はこちらを刺しているようであった。ハッキリ言って、非常に居心地が悪い。


 ソフィは黙って俯き、ユキはそんなソフィを見つめ、ピートは飛んでくる視線に向かって睨み返し、ヤマトはピートの頭の上に鎮座して活動限界による小休止をしている。

 

 その状況がしばらく続いたころ、闘技場の貴賓席に人の影が現れた。

黒を基調としたゆったりとした衣服に、烏帽子えぼしのようなものを頭に乗せた50代ぐらいの神官らしき男だ。


 その神官らしき男は、周囲にひしめいている避難者たちをぐるりと見まわすと、手に持っていた杖を口の近くにあて喋り出した。


『あーテステス…ゴホンッこれから、今、この街でいったい何が起こっているかを説明します。』


 男に大声を出しているような様子はないのに、声がやたら大きく響く。少し反響してエコーが掛かったようになっていた。


『現在、この街はモンスターの大群に囲まれています。―――お静かに!これから説明いたしますので、どうかご静粛に願いたい!』


 男は、ざわつく民衆をうまく鎮める。そこには普段から人前に立つ者が持つ慣れと威厳のようなものが感じ取れる。神官の中でもかなり高位の人物なのだろうか。


『現状では、街を囲っている壁が機能しているために街中に危険はありません。しかし、街を無数のモンスターが包囲し予断を許さない状況であります。危険ですので、絶対に闘技場から外には出ないようお願いしたい!』


 一時は静かになった闘技場だが、男の話を聞き再びざわめきが戻ってくる。

その中、男は再び声を張り上げた。


『そして、この中で街の防衛に参加が可能な方は、是非ともご協力ください。また、闘技場の周囲に簡易的な砦を築くための人員も必要です。魔法が使用できる方はご協力いただきたい!防衛組は西口から、砦建設組は南口からお願いします!』


 男がそう言うと、何人もの人が南口、西口へと移動していく。


 ソフィたちが入って来た入り口は西口で、現在の位置は人の流れからは外れているものの、西口にほど近い場所であった。


 そのため、西口に向かう人の様子がよく見える。皆、決意を固めたような顔をしており、街を守る強い意気込みが感じ取れた。

 しかし、中には目を輝かせた少年・少女が少数混じっており、成人式で発覚した自身の能力を早く試したくて仕方がないかのように武者震いをしている。その中に、ニセフォイことメイビスも混ざっていた。


 その様子を眺めるユキ達の背中を、後ろから勢いよく押しだすような流れが突然発生した。

 驚いたユキとピートが振り向くと、後ろから先ほど成人式に参加していた赤毛の女子を筆頭とした女子グループが西口に向かう人の流れへと、ソフィたちを無理やり押し出そうとしていた。

 その顔は悪戯をしているときのようなイヤらしいニヤニヤ笑いが浮かんでおり、しかしその瞳の奥にはかなりの恐怖と嫉妬の色が混じっているようでもあった。


「あんたたちは、凄いギフトをもらったんでしょ?それなら、みんなのために働かないといけないでしょう?」


 そう言ってグイグイと西口へと追いやっていく。


 ユキはやや怒ったような表情で反論するも、周りの子たちの「そうだそうだ」的な援護によりアッサリと押し流されていく。

 ピートは眠っているヤマトを頭に乗せたまま、距離の近い異性にどぎまぎしている間に西口へと押し込まれた。

 ソフィは、俯いたまま何の抵抗もせずにそのまま西口へと進んで行く。


 斯くして、三人と一匹は危険地帯へと足を踏み入れることになってしまった。

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