第14話

 大人たちの話を聞いた限りでは、想定より早く魔獣たちが山から下りてきた、と言うことらしい。おそらく、広間で寝かされている怪我人は、魔獣によって傷つけられた者だろう。


「腕が千切れかけてるわ!」「止血しないと!」「消毒用のお酒持ってきました!」


 避難所の広間は、多数の怪我人が所狭しと寝かされており、まるで野戦病院のような様相である。重症者もかなりいるらしく、女性陣が忙しそうに走り回っていた。


(うわっ…結構怪我人がいるな。あっ、腕が千切れてる人もいる…。魔物たちがこの避難所に気付くことは無いかもしれないけど、村の防衛はかなり絶望的かもな…。)


 避難所の入り口はどうやら巧妙に隠されているらしく、人の出入りは激しくとも、魔物の出入りは全く無かった。もしかすると、街の防衛は諦めて、避難所を守ることに専念しているのかもしれない。


(あ、そうだ。外ってどうなってるんだろ?少しだけ見てみよう。…潰されないように気をつけないとな…。)


 一応、戦況を確認するために外の景色を見ておくことにした。魔法が実践で使われているのを見てみたい、と言う気持ちもかなりあったのだ。


 天井を伝い、入って来たのとは違う換気口へと入り、地上を目指すのだった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


避難所の入り口から最も近い吸気管を登って行き、地上へと顔を出す。


 顔を出したところは、どうやら瓦礫で覆われているようで、吸気口自体は塞がれていないものの、抜け出ることは容易ではなさそうだった。


(あぁ…塞がってなくてよかった。何とか穴からは出れたからな。…でも、こうも瓦礫が重なってると、抜けるのはめんどくさそうだなぁ…。)


 しかし、せっかくここまで来たのに戻ることがもったいなく感じられ、瓦礫と瓦礫の僅かな隙間をうようにして脱出を試みる。ゴキブリの肉体は、わずかな隙間さえあれば、簡単に抜け出ることが出来るのだ。


 四苦八苦しながら、瓦礫を少し進んだ時だった。

ゴウッと言う風を切るような轟音と共に、上にあった瓦礫が吹き飛んだ。


(なっ、何だ!?)


 驚いて顔を上げると、そこには満身創痍のソフィの父と母、それと対峙するように、山の中の湖で執拗しつように追って来ていたあの大蛇がいた。両者は互いに警戒し合っているのかにらみ合って動かずにいる。

 夫婦のまわりには大量の魔獣の死骸が積み重なっており、血がまるで川のように流れていた。これぞ、屍山血河の様相と言うヤツである。

 そして、その後ろでは、かなり高齢の老人が嬉しそうに剣を振り回している。恐ろしいことに、そのひと振りで2,3匹の魔獣が一気に吹き飛んでいた。


「楽しぃのう!これほどの危機は、およそ30年ぶりか…!血が騒ぐわい」


(どう見てもヨボヨボなのに…元気なモンスター爺さんだ…。)


 と、バーサーカージジイの後ろで狩り残しを始末していた50代ぐらいのやや白髪の混じった頭の男が


「長老!あんた、もう80でしょうが!大人しく避難所に引っ込んでてくださいよ!」

と叫んだ。


(って、80⁉80歳であんな超人的な動き出来るのかよ!?異世界すげぇ!)


「ホッホッホ、まだまだ行けるわぃ!儂が居らねば、お前さんらぁはあっちゅうに全滅するじゃろがぃ。」


と言いながら剣を振り、魔獣を切り伏せていく。


「そんなワケありますかい!皆あんたに鍛えられて、女子供ですら小さいやつなら魔獣を倒せるようになっとります!ジジイの助力なんて不要ですわ!…って、ちょっ、群れに突っ込んでいくなっ!おぉい!誰かあのジジイを押さえつけろ!」


 バーサーカージジイは、魔獣の群れの中に突っ込んで行って、多数の魔獣を切り捨てていた。それを止めようと、何人もの男衆が続いて突っ込んでいき、魔獣の群れはモーゼに割られた海のごとく真っ二つに分断されていく。


(…うん、この様子だと、魔獣の群れは心配なさそう。…と言うか、なんであんなに深刻な感じだったんだよ。全然大丈夫そうじゃんか。)


 が、バーサーカージジイがいくら切り倒しても、魔獣の数はなかなか減らない。山からドンドンと湧いてくるのだ。山中の生物が魔物化したと言われても不思議ではない程に魔獣が現れる。

 …まぁ、ほとんどが現れた直後にバーサーカージジイとその愉快な(?)仲間たちによって倒されているのだが。それでも、倒しきることは出来ないようであった。


 と、奥の戦闘に気を取られている間に、手前の蛇が急に動きを見せた。

焦れたのか、機が熟したのかは知らないが、大きな口を開けものすごいスピードでソフィ父に向かって突撃していく。体を真っ直ぐに伸ばしながらの攻撃はかなり早く、まるでミサイルか魚雷のようだった。


 その蛇の顔の前に、巨大な土の壁がいきなり出現し、蛇の行く手を阻もうとする。が、まるで紙でできているかのようにアッサリと貫通され、ソフィ父がいた場所へと突進していく。


 が、そこにいるはずのソフィ父はすでにおらず、蛇は首を壁から抜いて再びソフィ父を探そうとする。しかし、先ほど簡単に貫通できた土壁が、今度は首枷のように首にまとわりつき、蛇をその場に釘付けにしていた。


 蛇が動こうと四苦八苦しているうちに、ソフィ父が蛇の体を剣で切り付ける。硬い鱗に阻まれて両断することは叶わないが、かなり深い裂傷が刻まれる。

 が、蛇が暴れたことにより、土の壁が破壊されて拘束が解除されてしまった。そして、再び両者は睨み合った。


 しばらくすると、蛇の体の傷がだんだんと塞がって行き、ついには完全に無傷になっていた。しかし、流れた血は戻らず、かなり体力を消耗している様子でもあった。


 おそらく、このような攻防を、手を変え品を変え幾度も繰り返しているのだろう。両者の激しい攻防の余波で周囲の家屋は瓦礫の山となり、その瓦礫の山も次の攻防では崩れ去ってしまう。

 そのため、蛇とソフィ父&母の周囲は完全な更地になっていた。


(って、あぶねぇぇ!?こっちにまで瓦礫が飛んできた!こっから逃げないと!…って、あれっ!?出てきた穴がない!?)


  身の危険を感じて、急いで避難所に戻ろうとする。が、あたりに散乱した瓦礫のせいで吸気口の位置が隠れてしまっていた。他の穴を探してみても、ぱっと見ではどこにあるのか全く分からない。

 逃げることも出来ず、ただソフィ両親と大蛇の戦いを見ることしかできなくなってしまった。


(巻き込まれないように遠くから見てよう…。転生してから、まだ3日しか経ってないしな。ここで死んだら、情けなさすぎる。)


 今目の前で繰り広げられている戦いに巻き込まれれば、簡単に潰されてしまうことだろう。

 誰にも気づかれないうちに、さっさと戦場から逃げることにした。

全速力で、ただひたすら真っ直ぐに遠ざかっていく。戦場から200mほど離れた、おそらく安全だろう場所で、後ろを振り返って戦いを眺めることにした。


 が、後ろを振り向くと、ソフィの両親と戦っているはずの大蛇とばっちり目が合った気がした。だが、そんなはずはない。異世界の魔物とはいえ、いくら何でも200m以上も離れた小さな虫を視認できるはずがない。


 だが、大蛇はこちらに気付いたかのように脇目も降らずにこちらへと迫ってくる。

ソフィの両親は、いきなり自分たちを放置して何もないところへと突進している蛇を見て、呆然としている。


(って、冷静に観察してる場合じゃねぇ!逃げないと――って、ついてくる!コッチくんな、シッシッ!)


 迫りくる大蛇に身の危険を感じ、一目散に逃げだす。

が、大蛇は執拗に追いかけて来る。気のせいか、追いかけて来る大蛇はどこか楽しげだ。

 瓦礫の隙間を縫うように、カクカクと何度も曲がり、身を隠しながら逃げても、大蛇は真っ直ぐこちらを見ながら突進してきていた。目の前の障害物を、まるで存在しないかのように真っ直ぐ突き進んで薙ぎ倒していく。強力な魔法攻撃を受けても何事も無かったかのように回復しながら追いかけて来る。

 まるで、ゴキブリのこと以外は見えていないようだった。


(くそっ…俺以外は眼中にないですってか!?いい迷惑だよチクショウ!どうせ追いかけられるなら美少女が良かったなぁ!)


 何度も何度も同じ場所をグルグル回っていると、少しずつ冷静さを取り戻していく。追いかけられる恐怖はあるが、どうにか逃げられていることへの安心も同時に存在していた。


(…いや、ホントにいつまで追いかけて来るんだよ?さっきから、ずっと横から魔法喰らったりしてるぞ?…あっ、この習性?みたいなの利用して倒せないかな?)


 うまくいけば、この状況から抜け出せるかも知れない作戦を思いついた。


(思いついた…けど、実行するには少し勇気がいるなぁ…)


 だが、うだうだと悩んでいる間に、大蛇は少しづつ距離を詰めてきている。少しずつ少しずつ、ゆっくりとだが追い詰められているのを感じていた。このままでは丸呑みにされてしまうだろう。

 命の危機に、覚悟を決めて思いっきり叫んだ。


『ああああぁぁぁぁァァァァ!助すけてくださぁぁぁぁぁぁぁぁぃ!』


みっともない救助要請を。

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