《 第12話 男女の友情は成立する 》
金曜日。
今日は新入生の歓迎遠足当日だ。
そんなわけで俺たち1年生は遊園地を訪れていた。
「ではこれより自由時間とする。あまりハメを外しすぎないよう気をつけつつ遊び、正午までに一度ステージへ戻るように。以上、解散!」
休日はパレードが催されるステージで一時解散となり、同級生が友達同士で去っていく。
前回同様ぼっちで自由時間を過ごすことになった俺は、前回同様土産コーナーへと向かい――
「やっぱりお前もいたか」
「どうせ来ると思ったわ」
柚花と鉢合わせた。
「自由時間になって早々土産選びって。遊ぶとき邪魔になるだろ」
「遊ぶつもりはないわ。この歳になってひとりで遊園地をまわっても楽しくないし。ていうか、あんただってひとのこと言えないじゃない」
「ふふっ。残念だったな。俺は友達がいないから土産コーナーで時間を潰してるわけじゃないぞ」
得意気に笑ってみせると、柚花は焦り顔だ。
「まさか友達とここで待ち合わせしてるの? あたしにも紹介しなさいよっ!」
「なんでだよ」
「あたしだけぼっちとか寂しいじゃないっ」
「ぼっち生活には慣れてるだろ」
「ふたりでいることに慣れすぎて寂しいのよ! あんたが仲良くなれるなら、あたしだって仲良くなれるわ! ひとりだけ抜け駆けなんて許さないんだから!」
柚花はヒートアップする。よほどぼっちが嫌みたいだ。
ここまで食いつかれるとは思わなかった。打ち明けづらさを感じつつ、俺は真相を口にする。
「友達ができたわけじゃないから。佐奈に頼まれて土産を買いに来ただけだよ」
「そ、そう……。ならいいの」
柚花は安心したようにため息をつく。
俺に友達できるのがそんなに不安かね。…………不安かもな。柚花が友達と楽しく過ごす姿を想像するともやっとするし。
ただまあ、不安とは少し違う感情ではあるけども。
この感情に名前をつけるなら……嫉妬が近いだろうか。
でも俺、なんで嫉妬してるんだろ? 柚花が誰と仲良くしようと俺には関係ない。柚花との関係性が薄まることを思えば、むしろ喜ばしいことなのに。
……柚花とゲームするのは楽しいし、心のどこかでまだ仲良くしたいと思ってるのかね?
だとしても、そんなこと言えないけどさ。
柚花はひとりだけぼっちになるのが嫌なだけ。べつに俺と仲良くしたいとは思っていないのだから。
「佐奈ちゃんのお土産を選ぶなら、あたしも手伝うわ。あたしのほうが佐奈ちゃんの好みを把握してるし。あんたのことだから、どうせシャーペンでも買うつもりだったんでしょ?」
「なぜわかる……!」
戸惑う俺に、柚花は得意満面だ。
「何年付き合ったと思ってるのよ。あんたの発想はお見通しよっ」
「でも悪くないだろ、シャーペン。実用的だし」
「こういうところのシャーペンって、値段のわりに質悪いじゃない」
「偏見だろ……」
てか近くに店のひとがいるのにそういうこと言うなよ。
俺まで変な目で見られちゃうだろ。
「偏見じゃないわ。実体験から来る感想よ」
「感想って。だったらなんで大学生のとき遊園地で買ったシャーペン使い続けてたんだよ」
「そ、それは……あんたに買ってもらったから、使わないのは悪いなと思ったのよ。試験中にポキポキ折れてイライラしてたわ」
とにかく、と咳払いして、
「シャーペンもだけど、普段使いできるものは好きなひとが選んでくれるからいいのであって、そうじゃないならほかのにすべきよ」
「佐奈が俺を嫌ってるみたいなこと言うなよ……」
普通にショックだぞ。
「そうは言ってないじゃない」
「それに近いことは言っただろ」
「あたしが言ってるのは恋愛的な意味で好きかどうかってことよ。嫌ってるどころか佐奈ちゃんは隠れブラコンよ。あたしとふたりでお茶してるときも兄ちゃん兄ちゃん言ってたし」
「あの歳になってブラコンは、それはそれでどうかと思うが……」
「わがまま言わないの。妹に好かれてるだけマシじゃない。……それともあたしの妹みたいなのがいいの?」
「そ、そんなわけないだろっ。あいつの話はマジで勘弁してくれ……」
「あたしだって好きで話したわけじゃないわよ」
とにかく、と再び咳払いして、
「買うなら日用品以外にしなさい。じっくり選べば素敵なものが見つかるはずよ」
「そんな本気で選ぶつもりはなかったんだが……まあ、時間だけはあるしな。お前がそこまで言うならほかのにするよ」
俺たちは土産コーナーを見てまわる。
「ところで佐奈ちゃん、元気にしてる?」
「元気すぎるくらいだ。毎日遅くまでバスケ頑張ってるぞ」
「そう。部活を頑張るのは立派だけど……勉強は?」
「俺の妹だぞ。してるわけないだろ」
「どうして得意気なの……。その調子だと兄妹揃って大学受験で苦労しそうね。……今回も同じ大学に行くの?」
「実はちょっと迷ってるんだ。そもそも大学に進学したのって、就職のために大卒の肩書きが欲しかったからだし」
「進学も就職しないってこと?」
「就職以外にも稼ぐ方法はあるからな。大学3年のとき競馬漫画にハマっただろ?」
「競馬場に行ったわよね。意外とくつろげたからびっくりしたわ。……って、まさか競馬で稼ぐつもり?」
「一生分を稼ぐわけじゃないけどな。あの日万馬券が出たことも、そのレース内容も覚えてるんだ。そこで得たお金を元手に株を買おうと思ってさ。そんなわけで27になる頃には億万長者になってるってわけだ」
「なんかズルくない?」
「そりゃズルだけどさ、あんな人生もう嫌なんだよ」
生きるために働くのが本来のあるべき姿だろうに、あの頃の俺は働くために生きている感じだった。そのせいでイライラして、柚花にきつく当たってしまって……もう二度と、あんな自分にはなりたくない。
「だから俺はズルするぞ。そして幸せな人生を送ってやるんだ」
「お金がある=幸せってわけでもないと思うけど……。でも、あんな会社に就職するよりはマシね。当時のあんた、本当につらそうだったもの。ただ……お金持ちになるつもりなら、いまのうちに信頼できる友達を作っておいたほうがいいわよ」
「なんで友達を?」
「お金があっても孤独だと、人生つまらなそうじゃない。かといって急に友達が億万長者になったらトラブルになりそうだし……あんたのことだから、お金目当ての女にころっと騙されちゃいそうだから……」
だから、と柚花が真剣な眼差しで見つめてきた。
「このあたしが、友達としてあんたを見守ってあげるわ」
「友達って……」
信じられない発言に、耳を疑ってしまう。
俺と友達になりたがるなんて……どういう風の吹き回しだ?
「……本当に俺と仲良くしたいのか?」
「こんな嘘つかないわ。だってさ、あたしたちの関係がおかしくなったのって、結婚したからでしょ? それまではいい関係だったじゃない」
「そりゃ……ぶっちゃけ、人生で一番楽しかったと言っても過言じゃないけど……」
「あたしもそう思ってるわ。あんたは……航平は、あたしにとって最高の友達だったけど、最良の結婚相手じゃなかったのよ。航平にとってのあたしもね」
「それは……」
……それは、素直には認めたくない。
結婚生活だって、全部が全部嫌な思い出ってわけじゃない。楽しかった思い出も、幸せだった思い出も、たくさんあるんだから。
ただ、最悪の幕切れで終わるので、否定はできなかった。
とにかく。
俺と柚花が最高の友達だったことだけは疑いようのない事実だ。
「問題は、お前が……柚花が俺に惚れてしまうことだな」
「は? 航平があたしに惚れるのが問題なのよ」
「いやいや、先に惚れたのは柚花だろ」
「告白もプロポーズもしてくれたのは航平じゃない」
「即答でオッケーしてくれただろ。だいたい告白したのが俺だとしても、先に好きになったのがどっちかはわからないだろ」
「つまりなに? あたしとは友達になるのも嫌ってこと?」
「そ、そうは言ってないだろ。柚花が俺を好きにならないって誓うなら友達になってやるよ!」
「そっちこそ、あたしのこと好きにならないって誓うなら友達になってあげるわ!」
バチバチと火花を散らしながらも、俺と柚花は再び友達になった。
こうなった以上、二度と同じ過ちを繰り返してはならない。
男女の友情は成立しないと聞くが、一度失敗を経験している俺たちなら友達として踏みとどまることができるはず。
「友達になったついでに聞くけど、このあと暇?」
「このあとって?」
「解散したあとよ。暇なら映画でもどうかなって」
「映画って、キミウタ?」
「そうそれ。キミウタ好きだったでしょ?」
「好きだけど、何回も観ただろ」
「映画館で観たいのよ。あんたに散々『映画館で観たキミウタは迫力すごかったぞ』ってマウント取られて悔しかったんだから」
「マウントとか取ってねえよ」
「取ったわよ。あと特典フィルムの自慢もされたわ」
「あー、それはしたわ。マジで神シーンのフィルムだったし。んじゃまた手に入れて自慢してやるとするか」
「あんたよりいいシーンを手に入れて悔しがらせてやるわ!」
そうして正午まで佐奈の土産を選び、ステージで教頭先生のありがたい話を聞いてから、俺たちは遊園地をあとにしたのだった。
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