《 第11話 相合い傘の居心地 》
不覚にも柚花とネカフェを満喫してしまった翌日。
昼飯を済ませると、俺は家をあとにした。
今回の目的地はゲーセンだ。
学生時代は買い物ついでにショッピングモール内のゲーセンで遊んでいたが、俺と柚花の趣味嗜好は似通っている。
俺が『日曜日はショッピングモールのゲーセンで過ごそう』と考えたなら、柚花も同じ発想に至っている可能性が高い。
そこで今回は裏をかき、あまり利用したことのない商店街のゲーセンで遊ぶことにしたのだった。
「よし、いないな」
駅のホームに柚花がいないことを確認。電車に乗りこみ、商店街へ。人通りの多いアーケードを歩き、ゲーセンにたどりつく。
出入り口の周りにガチャガチャとクレーンゲームの筐体が置かれ、賑々しい音楽が流れる店内には柚花がいた。
「……」
またかよ!
せっかく裏をかいたのに! こんなことなら裏の裏をかくべきだった!
どうするかな……。まわれ右してショッピングモールに行ってもいいけど、柚花の目的はクレーンゲームの景品っぽい。
よほど欲しい景品があるようで、さっきからコインを投入し続けている。
いつから始めたのかはわからんが、柚花はクレーンゲームがかなり苦手だ。自力で手に入れるのは難しそう。
しかし俺の記憶によると、この店の店員さんは親切だ。
しばらくすれば助け船を出してくれるはず。取りやすい位置に置いてもらえば楽にゲットでき、満足して帰宅するだろう。
とりあえず30分くらい商店街を散策しようかな。
そう決めたところでポケットのケータイが振動した。
柚花からのメールだった。
【知り合いにクレーンゲームのコツを聞かれたから教えてちょうだい】
こいつ、俺に見られているとも知らずに……。
【知り合いって誰だよ?】
【誰だっていいでしょ】
【素直に個人的に教わりたいだけって言えばコツを伝授してやらんこともないぞ】
【あたしがあんたに教えを乞うと思う?】
【思う】
【その自信はどこから来るのよ】
【左を見てみろ】
柚花がこっちを振り向いた。顔が赤らんでいく。手のひらの上で転がされていたと気づき、恥ずかしがっている様子。
今日も柚花と関わってしまったが……ぎゃふんと言わせることができたし、良しとしようかな。
「さ、さっきまで知り合いと一緒だったのよ!」
「その言い訳は厳しいだろ。ずっと見てたんだから」
「見てるなら見てるって言いなさいよ!」
「お前こそコツが知りたいなら素直にそう言えよ」
「だって……バカにするじゃない」
「そんな意地悪するわけないだろ……」
「だったら……教えてくれる?」
「特別だぞ。どれが欲しいんだ?」
「あれ。ニャンダース」
「あー。お前好きだったもんな、ニャンダース。いつもパーティに入れてたっけ」
ニャンダースは大人気ゲーム、カプセルモンスターのキャラクターだ。素速そうな見た目とは裏腹に鈍足で、おまけに紙装甲だったので、対戦で出されたときはいつも一撃で沈めてた。
「ええ。あんたに何度も何度も倒されたニャンダースよ」
「まだ根に持ってんのかよ。手を抜いたら承知しないって言ったのはお前だろ」
「だからって一撃で倒すことないじゃない……。で、コツはわかるの?」
「わかるけど、こっちにしろよ。ニャンスターも好きだっただろ?」
ゲットしやすそうな場所に置いてあるぬいぐるみを指さすと、柚花は首を振った。
「ニャンダースが欲しいのよ。昔みたいに部屋に飾りたいの」
「あのときは俺がゲットしたんだっけ?」
「一発で取ってたわ。だからあたしにも取れると思ったんだけど……」
「いくら注ぎこんだ?」
「3000円ちょっとよ」
「沼にハマってんな……」
「あんたがもっと早く声をかけないからよ」
「だってお前、声をかけたら怒るだろ」
「いまさら声をかけられたくらいで怒んないわよ。で、コツはどうするの?」
「まずは店員さんを呼ぶんだ」
「それで?」
「それで、『取りやすい位置にしてください』って頼むんだ」
「……それコツじゃなくない?」
「一番確実な方法だろ。3000円も使ったんだから配置変えてくれるって」
「だったら、あんたが話しかけてよ」
「なんでだよ」
「緊張するからに決まってるじゃない。ほら、行くわよ」
シャツの袖を掴み、ぐいっと引っ張ってくる。
そのまま店員さんのもとへ連れていかれ、背中をぺしっとされた。
はいはい、わかってるって。
「あの、すみません。3000円以上使ったんですけど景品が取れないので、場所を変えてもらってもいいですか?」
「構いませんよ。どちらですか?」
筐体へ案内すると、落とし口の近くに移してくれた。
「で、どうする? 俺が取ろうか?」
「この際だから自力で取るわ」
コインを入れ、鋭い目つきでクレーンを操作する。
無事にゲットでき、柚花は嬉しそうにニャンダースを抱きしめた。
「取れた! 取れたわ! 見てた!?」
「見てたよ」
「これがあたしの実力よ!」
「俺も手伝ったけどな」
「わ、わかってるわよ。お礼にジュース奢ってあげるわ」
店内は空調がガンガンに効いて冷えるからか、柚花に連れられて外へ出る。
自販機の前で、4歳くらいの女の子がぐずっていた。
「ねえ、どうしたの?」
「迷子じゃないか?」
「見ればわかるわよ。あたしが知りたいのは泣いてる理由よ。お腹が痛いのかもしれないじゃない」
「けどお腹が痛そうには見えないぞ」
「痛そうには見えないけど痛いかもしれないじゃない。いまこの子に話しかけてるんだから邪魔しないで」
「邪魔なんかしてないだろ。こっちはこっちで心配してんだ」
「だったらあたしに任せなさいよ」
「お前が人見知りだから俺が話しかけたんだろ」
「子ども相手に人見知りは発動しないわよ」
「おねえちゃんたち、怖い……」
「ご、ごめんな? お兄ちゃんは怖くないから」
「お姉ちゃんだって怖くないからね?」
「で、でも、怒ってた……」
「ち、違うからっ。怒ってるわけじゃないからっ」
「お兄ちゃんたち、ほんとは仲良しなんだぞっ!」
「そ、そうそう。ほら見て、こんなに仲良し!」
俺の手を握り、ぶんぶん振りまわす。
手を繋いだ俺たちを見て、女の子は安心した様子。だけど迷子になったことを思い出し、再びぐずり始めてしまう。
「お母さんとはぐれちゃったのか?」
「ママがね、いないの……」
さっき入店したとき、この子はいなかった。
ほんの数分前にはぐれたばかりなら、まだ近くにいるはずだ。
「お姉ちゃんに、お名前教えてくれるかな?」
「……
「美羽ちゃんはママとお買い物してたの?」
「うん。でもね、美羽がぬいぐるみさん見てたらね、いなくなってたの……」
「そっか。美羽ちゃん、ぬいぐるみさんが好きなんだね」
「うん。ニャンダースも好きだよ」
「可愛いもんね、ニャンダース。じゃあこれ、あげよっか」
「くれるの?」
「うん。あげる。だから泣きやんで、ニャンダースと一緒にお母さんを捜そうね」
「さがす!」
美羽ちゃんは明るくうなずいた。
あとはお母さんを見つけるだけだが……あまりこの場を動かないほうがいいよな。
「俺が捜すから、お前は美羽ちゃんとここにいてくれ」
「みんなで捜したほうがいいんじゃない?」
「入れ違いになったら困るだろ。近くにいると思うから、大声で呼びかければ向こうから見つけてくれるって」
「恥ずかしくないの?」
「そりゃさすがに恥ずかしいけど、迷子を放っておけないだろ」
「だって。よかったね美羽ちゃん、お兄ちゃんが見つけてくれるみたいだよ」
「おにいちゃん、がんばれ!」
「ありがと」
「おねえちゃんも!」
「あ、あたしも応援するの? ……が、がんばれ!」
「お、おう。ありがと」
少し照れくささを感じつつ、大勢が行き交う通りに立つと、大声で「美羽ちゃんのお母さーん! こっちに美羽ちゃんがいますよー!」と呼びかける。
何事かと通行人が俺を見るなか、若い女性が駆け寄ってきた。
「美羽ちゃんのお母さんですか?」
「は、はい。あの、美羽は……?」
「あそこです」
美羽ちゃんを指すと、お母さんは安心したように表情を緩めた。
美羽ちゃんが笑顔を弾けさせ、バンザイする。
「ママ来た!」
「よかった……。急にいなくなるから捜したのよ」
「美羽ね、ぬいぐるみさん見てたの! そしたらね、おねえちゃんがくれたの!」
「ありがとうございます。お金は支払いますので……」
「いえ、いいですよ。そのかわり、大事にしてあげてね?」
「うん! 美羽の宝物にする!」
ぎゅっとニャンダースを抱きしめ、お母さんと手を繋ぎ、笑顔で去っていく。
ふたりの姿が見えなくなると、柚花はふっと表情を曇らせた。
美羽ちゃんを元気づけるために譲ったが、ほんとは手放したくなかったんだろう。
「……どうしてもって言うなら、俺がニャンダース取ってやるよ」
「でも、また3000円くらい使わないと場所変えてくれないんじゃない?」
「そんなことしなくても取れるって。1000円以内でな」
「そこは一発で取れるって言いなさいよ」
「最近クレーンゲームしてないし、さすがに一発は厳しいって。で、どうする?」
「……お礼はジュース10本くらい?」
「俺の腹を破壊する気か。1本でいいよ」
「じゃあ……お願いするわ」
俺たちは筐体へと向かい、ひさしぶりのクレーンゲームに奮闘することしばし。
クレーンがニャンダースを落としてしまい、ニャンスターにぶつかった。
ころっと転がり、ニャンスターが落ちてくる。
「あ、あと1000円! あと1000円で取れるから!」
「もういいわよ」
「俺のプライドが許さないんだよ!」
「だからもういいってば。ニャンスター、取ってくれたじゃない」
「で、でもさ、ニャンダースのほうがいいんだろ?」
「ううん。ニャンスターがいい」
そう言って、柚花は幸せそうにニャンスターを抱きしめた。
ニャンダースをゲットしてやりたかったけど……柚花が気に入ってくれたなら問題ないか。
「大事にしろよ」
「言われなくても大事にするわ。……あと、取ってくれてありがと」
「ん」
素直に礼を言われるとむずむずするな……。
嫌な気はしないけどさ。
「さて、約束は忘れてないよな?」
「当然よ。どれでも好きなものを飲むといいわ」
「どれも値段一緒だろ……」
柚花とともに店を出る。
そしてジュースを飲んでいると、ぽつぽつと雨が降り出した。
「うげっ。マジかよ……傘持ってきてないのに……」
「天気予報見なかったの? 午後から降水確率30%って言ってたわよ」
「30%ってほぼ降らないだろ。まあ、雨が上がるまでゲーセンで時間潰すからいいけど。お前はどうするんだ?」
「あたしは帰るわ。数学の宿題やってないし」
「やべっ。忘れてた……」
数学教師は体育教師をやってそうな面構えの男教師だ。見た目に違わぬ厳しさで、昔宿題を忘れたときに大声で叱られたのがいまだにトラウマになっている。
「あんたも帰るの?」
「帰るよ」
「傘はどうするの?」
「コンビニで買うしかないだろ」
話している間に、雨脚が強まってきた。
傘を買わないと駅に着く頃にはびしょ濡れだ。
「……どうしてもって言うなら、あたしのに入れてあげてもいいわよ」
「……ジュース何本?」
「いらないわよ。あたしはあんたと違って心が広いもの。……どうする?」
「じゃあ……入れさせてもらうよ」
仕方ないわね、と笑みを浮かべ、柚花はバッグから折りたたみ傘を取り出した。
ただでさえコンパクトな傘は、ふたりで使うとかなり狭く、肩と肩とが触れ合ってしまう。
だけど……こないだとは違い、居心地はそんなに悪くなかった。
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