第64話「てあたりしだい」
素材採取については、冒険者組合で新たに依頼が出された。
廃墟の魔境が想像以上の速さで拡大していることを考え、報酬なども引き上げられていた。
町の方も動いていて、近くの錬金都市からも購入できないか交渉しているそうだ。
「とりあえず、できることはやったつもりだけれど」
「うん。でも、わたし達が採取に行くのは禁止されちゃったね」
「それは仕方ないよ。一応重要人物だから」
冒険者組合にある食堂で遅い昼食を食べながら、私とトラヤはそんな話をする。
こうなったら自力で採取に向かおうと思ったら、先んじて封じられてしまった。万が一、大怪我でもされたら困るということだ。納得するしか無い。
「この町にいるただ一人の魔法使いなのに。できることがあんまりなくて悲しいよ。大事な仕事なのに」
相変わらず落ち込んでいる。普段天真爛漫というか、陽気だから気づきにくいけれど、トラヤはとても真面目だ。危ない魔境への対処は魔法使いの義務とか使命だと思ってる節がある。
「トラヤ、あなたがそこまで責任を感じることないのよ。これはルトゥール全体で対処する問題なんだから。原因は昔の魔法使いにあるわけで、トラヤが悪いわけじゃない。必要以上に思い詰めちゃ駄目だよ」
「でも……」
「いいから。そう思っておきなさい。魔境が活性化してるところじゃよくある話だろうし。むしろ魔法使いがいるのはラッキーなのよ。だから、まあ、なんだ。この町の人達と私を信じなさい」
「……イルマ、もしかしてわたしを励ましてくれてる?」
「当たり前でしょ。そのくらいするわよ」
というか、前に採取にいったところで私に人の心があるとか言ってたのはトラヤだ。私はそんなに暴れてるだろうか。
「ありがと。そうだね、みんなで頑張らなきゃいけないのに、わたし勘違いしてた。良くない魔境を見たらどうにかしなきゃって思って」
「トラヤは真面目すぎるのよ」
「そうかな」
「そうよ」
ようやく落ちついたトラヤを見て安心していたら、横から声が来た。
「あの、大変仲良くしている所申し訳ないのですが、良いでしょうか」
「うわっ……あれ、この前の錬金術師さん?」
見れば、先日魔境で助けた冒険者パーティーの錬金術師さんがいた。
「ルニと申します。先日はお世話になりました。あの、大変なことになったみたいで、私達もお手伝いしてるんです。依頼で」
結構緊張しているのかもしれない。ルニさんは早口で話しだした。
「ありがとう。助かる。私達は採取禁止にされちゃったし。でも、危険じゃないの?」
「そりゃそうですよ。お二人はルトゥールの切り札なんですから。私達は平気ですほ。こう見えて三年ほど冒険者をやってます」
三年。錬金術師になって独立するのは早くて十五歳。つまり一八歳以上。幼く見えるけど、私より年上なのかもしれない。
「本当に気を付けてね。今、魔境は不安定だから」
「それです。ここの所毎日潜ってたらですね、見つけたんです。ご依頼の品を。それも木材です。ちょっと難しいやつだと思うんですが」
「それって希少な樹木を見つけたってことよね。どんなの? 教えて。あ、座って座って。飲み物も用意する。なにがいい?」
トラヤの杖の根幹になる木材はできるだけ良いものが求められる。
ルトゥールの貯蔵はそこがちょっと弱くて、探していたんだ。そういえば、元々木材を求めて魔境に入ったのがきっかけだったな。
ルニさんは椅子に座って紅茶を頼むと話しだした。
「見つけたのは、ドラゴンのいた魔境の近くです。見慣れない森に出たんですが、以外と変な雰囲気がしなくて。なんか厳かで綺麗な場所だったんです。そこに倒れて枯れた凄い巨木がありまして」
「巨木って、どれくらい?」
「ちょっとした家くらいです。……多分、とこしえの古木の倒木なのではないかと」
とこしえの古木。世界創造の時から存在したという超巨大な樹木。その種から育ったという木の一族のことだ。とにかく大きく、魔境や大地を強く綺麗にすると言われている。
ちなみに私は見たこと無い。保管された枝を錬金術の塔で見たことあるくらいだ。
非常に貴重で、ルトゥールの素材リストにもない。最高の品である。
「多分それ、世界樹の子孫だね。こっちじゃ、とこしえの古木って言うんだ」
横からトラヤが教えてくれた。これは当たりだ。
「もしかして、もう組合に渡してくれた?」
期待を含んだ私の問いかけに、ルニさんは笑顔で頷く。
「はい。納品してあります。三人でできるだけ運んで来ましたから、杖を作れると思いますよ」
「ありがとうございます! すっごく、すっごく助かる。なんなら組合長さんに言って追加報酬お願いしてもいいくらい」
「い、いえ、お気持ちだけで」
ルニさんは控えめな人だった。
「これで一歩前進よ、トラヤ」
「うん。みんなのおかげだね。ありがとう、ルニさん。あ、顔、怪我してる?」
言われてみれば、ルニさんの顔にはうっすら傷があった。良く見れば来ている錬金服も傷んでいる。
「良ければわたしが治していい、お礼というかそんなところで」
「魔法で治してくれるんですか? お願いします」
トラヤが杖を取り出しルニさんに向けると、宝玉から柔らかな光が出て彼女を照らした。
上から下に全身を何度か往復すると、ルニさんがあからさまに驚いた顔をしている。
「すごい。顔だけじゃなくて、全身の痛みも消えた。実は、魔境で細かい怪我をしてまだ治してなかったんです」
「よかった。わたし、簡単な治癒魔法しかできないんだけど、間に合ったみたい。駄目だったらイルマにポーション分けて貰おうと思ったんだ」
言われてみればトラヤの回復魔法を初めて見た。苦手なものあったんだ。
「ルニさん、本当にありがとう。落ちついたらちゃんとお礼をさせて」
「いえ、こちらこそ助けていただいてますし。あ、でも、錬金術で相談があったら声をかけるかもしれません」
「そのくらいお安い御用よ。役に立てるかわからないけどね」
「イルマに聞くなら爆破についてがいいと思うよ」
いつもの調子を取り戻したらしいトラヤの台詞を聞いて、私達は笑った。……冷静に考えると私はこれでいいのかと思ってしまったけど。
ルニさんとの話を終えて、工房に帰ると店の入り口に見慣れた人影があった。
既視感を感じる状況だけど、前と違って戸惑いは無い。
「どうしたの、カザリン。工房になにか用?」
「良かった。帰ってきたんですのね。一度来ていなかったからフェニアさんのところで時間を潰したんですのよ!」
そこにいたのは私の同級生にしてフロート商会ルトゥール支店の店長、カザリン。
いつものように堂々とした態度で私の前に来ると、彼女は手に持っていた紙の束を渡してきた。
「なにこれ?」
「三日後までにルトゥールに到着する素材ですわ。フロート商会と錬金術の塔で協力して、できるだけ急いだんですのよ」
「……はい? いやこれ、本当に? これだけのものを?」
私は混乱していた。カザリンの言っていることの意味が把握できないし、貰った書類の内容も驚きだ。
「信じられない……。足りなかった属性系の素材が、錬金された状態で入ってくる」
「錬金術の塔なら特級錬金術師が山ほどいるでしょう。塔とフロート商会で素材を用意して錬金、その後商会の輸送ルートで一番早い手段を使って輸送したんですのよ」
「凄い、凄いよカザリンさん! そんなことできちゃうなんて」
「元々フロート商会の起こりは困った人々を救いたいというお爺様の心からのもの。こういう非常事態のための予算が用意されておりますの。それに、イルマさんは塔で良いお師匠様についていらしたようですから、話が早かったですわ」
「ハンナ先生。ああ見えて凄い権力もってるからね」
また知らないところでお世話になってしまった。もうどうお礼をすればいいかわからない。
「属性関係は難しいと聞いたので、できるだけ確保しましたわ。必要なら、追加でお願いしますけれど」
「どうなの。イルマ?」
不安げに私の方を見てくる友人二人に、私はできる限り元気に答えた。
「大丈夫。これだけあれば、素材が入り次第、錬金できるわ」
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