第63話「準備のはじまり」

 報告もしたし、会議に参加してルトゥールの町としての方針まで決まった。それも、私達に都合の良いような内容でだ。

 それでもなお、トラヤは落ち着かない様子だった。


「さっきフェニアさんのお店行ってたんだよね。どうだった?」


 工房の入り口の部屋で私を急かす姿には焦りが含まれている。いつものマイペースさはどこへやらだ。


 あの会議から三日たっている。トラヤは連日冒険者組合に行って色々と話をして、私は杖を錬金するためにあれこれ動いている。

 今はフェニアさんの店で相談して帰って来たところで、タイミング良くトラヤも帰宅した。素材の集まり具合が気がかりだったんだろう。


「ちょっと難しいのよね。属性水とか錬金晶を組み合わせて作れる属性結晶っていうのがあるんだけど、求められてるのはその上位版で……。そうなると大元の素材自体が高級品になっちゃって……」


 つまり、求められるものが全て高度で希少なものになる。希少な素材を錬金し、錬金したものを素材にして更に素材にする。最初から最後まで特級錬金術師で無ければ作れない素材が中心だ。


 元々田舎だったルトゥールに特級錬金術師は少なく、私含めて五人しかいない。冒険者は増えているけれど、こちらは工房を構える必要があるので急増しない。


 私はレシピと用意できる素材のリストを見比べる。フェニアさんのお店をはじめ、町の錬金具店は協力的。費用は町や組合が払ってくれる。

 おかげでリストには凄い素材が並んでいる。極零結晶、ウインドドラゴンのひげ、超堅石柱などなど、どれも属性関連では最高級の素材だ。


「凄い素材が集まってる。ルトゥールの魔境が昔、活性化してた名残なんでしょうね。でも、まだ足りない。それと、特級錬金術師の手が足りないの」


 リベッタさんは半引退で私は未熟。残りの人達は自分の仕事で忙しい。貴重な特級錬金術師は、これ以外にも重要な仕事を受けているという。それでも優先的に手を貸してくれると約束してくれたけど、限界はある。


「急いでも十日くらいかかるんじゃないかしら。これでもかなり早いと思うんだけど」


 素材の集まる速度と、繰り返す錬金術。失敗がないという前提だけど、これが最速だ。


「そんな……もう少し早くしないと……」


「落ちついてトラヤ。あの魔境が危険なのはわかるけれど、組合の編成した部隊が定期的に魔法生物を駆除してくれるんだから」


「うん、わかってる。みんな、魔境から出てきたわたしの話をよく聞いてくれてるよ。でも、ドラゴンの時でも連絡をしなかったお師匠様がわざわざ手紙を書いてきたのが気になるんだよ。わたし、あの人が手紙を書けるなんて初めて知ったくらいなんだよ?」


「…………」


 以前、トラヤの師匠はかなりの面倒くさがりだと聞いたことがある。身の回りの世話はトラヤがやっていたとも。それがわざわざ動くほどの事態に、トラヤは警戒してるということか。


「わかったわ。カザリンとハンナ先生にもう一度相談してみる。大商会と錬金術の塔なら、なにかできるかもしれない」


 言われてみると私も不安になってきた。できる限りの手立てを打ちたい。


「ありがとう、イルマ」

 

 トラヤにお礼を言われてしまった。さっそく動こうと立ち上がった瞬間、入り口のベルが鳴った。


「失礼。セラだ。組合長の代理で来た。トラヤ嬢が帰った後、新しい報告が来たんだ」


「今開けます!」


 慌ててトラヤが扉を開けると、いつものように真面目な顔をしたセラさんが入ってきた。


「なにがあったんですか?」


 今回も魔境調査隊に編成されているセラさんが使いに出されるなんてきっと大事なことだ。横のトラヤも緊張している。


「調査隊及び、今も魔境に出ている複数の冒険者からの報告をまとめたんだが。どうやら、あの廃墟の魔境が広がっているようだ。それも、周囲の魔境を変異させつつだ」


「それって、四節の森もですか?」


 セラさんは頷く。


「他よりは安定しているが、若干の影響が見られる。例のドラゴンのいた魔境など、魔獣が大量発生したそうだよ。それと、廃墟の魔境は魔法生物の発生が増えている、このままだと駆除が難しくなりそうだ」


「…………」


 思ったよりも、状況の変化が早い。十日くらいならどうにかなると思ってたのに。


「あの、わたし、もう一度あそこにいって魔法陣を弱めてみましょうか?」


「いや、それは危険だ。私達の見立てでは、例の魔境は力を増している。以前と同じ方法が通じるか疑問だ」


「錬金晶を沢山作って、トラヤの力を増してやるとかどうですか?」


 私の発言を聞いたセラさんはトラヤの方を見た。


「どうだろ。この前やった時、魔力の量とかじゃなくて、根本的に今の杖じゃ駄目な気がしたんだよね」


 駄目か。トラヤの感覚は結構間違いが無い。


「下手な手を打つよりも杖の完成を急ぐ方が良さそうですね」


「それだ。組合から冒険者への採取依頼を増やす。魔境で採れる素材について二人に相談したい。一緒に来て貰えるだろうか?」


 その誘いを、私達が断る理由はなかった。

 今回もまた、時間との戦いだ。

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