第61話「暴走する魔法」

「うん。大丈夫、やったみたい」


 爆破によって魔法生物の殲滅を確認したトラヤはすぐに土壁の魔法を解除した。すぐさま周囲を警戒して杖を光らせる。

 私はリュックを下ろして、回復用の錬金具を取り出す。主に缶ポーションだ。


「三人とも大丈夫ですか? これ、使ってください」


「あ、ありがとうございます……」


「た、助かりました……」


「これ、缶のポーション……」


 ポーションを受け渡しつつ、今度は爆裂球と結界の錬金具を三つほど取り出す。渡す相手は冒険者パーティーの錬金術師だ。

 私より歳下に見える、大人しそうな見た目の錬金術師の子にそれを手渡す。


「もう手持ちの錬金具ないんでしょう。これ、脱出までの護身用に」


「あ、はい……。ありがとうございます。……もしかして、イルマさんですか?」


「そうですけど」


 問いかけに軽く答えた瞬間、錬金術師の子の顔が明るくなった。


「やっぱりっ。魔法使いと爆破、この缶のポーション。そうじゃないかと思ったんです。まさか、ルトゥール最強の錬金術師に助けて貰えるなんて……嬉しい」


 喜び始めた。何故だ……。


「イルマとトラヤっていうと、ドラゴンスレイヤーの……」


「助かった。いきなりここに迷い込んで困ってたんだ」


 残りの冒険者二人も安心した様子でそんなことを言っている。名前一つで落ちついてくれるなら有名なのも悪くない。そういうことにしておこう。


「三人とも、ここには突然入っちゃったんだね? あ、もう魔法生物はいないから安心してね」


 廃墟内を確認したらしいトラヤが言いながら私達の方に来た。

 問いかけに、錬金術師の子が慌てて答える。


「は、はい。突然、周囲の景色がおかしくなって。魔境計を見たらみたこともない動き方をしたんです。それで、脱出手段がないかと思ってここに入ったら……」


「魔法生物に襲われたってわけね」


 状況的には私達と同じだ。助けが間に合って良かった。


「トラヤ、なにかわかった?」


「多分、なんらかの魔法の実験場だったんだと思う。でも、今は駄目だね。暴走してる。周囲の魔力を吸収して、施設の中央にある魔法陣を稼働させ続けてるみたい」


「あの魔法生物はその産物ってこと?」


「多分。ルトゥールに急に現れたんじゃ無いかな、この魔境。だから、数もあれだけだった」


「じゃあ、他にはいないんですね。今なら逃げれる」


 冒険者の一人がほっとした様子で言った。脱出の余裕があるのは有り難い、けどこのまま放置しておいていいものか。


「脱出はそんなに難しくないと思う。周囲の魔境から魔力を吸い上げる作りだから、その関係で外の森に向かえばどこかに出る。でも、その前にやってみたいことがあるんだけど……」


「中央にある魔法陣とやらをどうにかしたいのね。できるの?」


 トラヤの説明が正しいなら、この魔境は放っておけばどんどん魔法生物を産みだしていく。非常に危険な場所だ。魔法使いとして、対処しておきたいだろう。


「わからない。でもやってみたい」


「わかった。私とトラヤは魔法陣っていうのをどうにかできないか試してから脱出する。三人はどうします?」


「で、できればご一緒させて頂けると嬉しいです。ちょっと怖いんで……」


 リーダーが言うと残りの二人がお願いしますとばかりに頭を下げた。


「時間は掛からないから、全然大丈夫だよ。わたしに挑戦させてもらって、それからみんなで脱出しよう」


 トラヤの発言でとりあえずの方針が決まり、そのまま私達は移動を始めた。

 廃墟は壁は残っているけど、中はボロボロだ。調度類も見られない。

 ただ、建物の中央部で輝く魔法陣とその周辺だけは当時の姿を残していた。


 人間よりも少し小さいくらいの白い台座とそこに描かれた魔法陣。

 トラヤに案内されて数分で、私達はそこに辿り着いた。


「これがこの魔境の中心で本体。周りから魔力を吸い込んで、あの魔法生物を産みだした。本来は、別の目的だったのかもしれないけれど、今は暴走してる」


 杖を構えて、ゆっくりとトラヤが前に進み出る。


「どうするの? 手伝えそうなことある?」


「わたしの魔法で解除してみる。イルマと他の人達は周りを警戒してて」


 魔法陣の前に立ち、杖を掲げながらトラヤが言った。私達は指示通り、武器を用意して周りを警戒する。


 屋根の無い室内に、トラヤの声が響く。


『標の元に立つ 我ら境界の力 礎に刻みし道筋よ 根源へと還らん 礎は始まりの境界へと続き……』


 驚いた。トラヤが呪文を詠唱している。いつもはそんなことなしに魔法を使っているのに。

 そういえば、前に詠唱や魔法陣が必要なのは結構大きな魔法になると言っていた気がする。

 これは、そういう対処が必要な事態ということなんだ。


『礎は混沌へ……混沌は……』


 トラヤの掲げる杖の宝玉は、呪文と共にどんどん輝きを増していく。

 対応するように、台座の魔法陣が明滅する。


「すげ……」


「これが魔法……」


 一緒に来ていた冒険者達が驚いている。私も初めて見るので驚きだ。ただ、それ以上にトラヤの苦しそうな表情が気になる。


『混沌よ、境界より還りよ!』


 一際強い声音をあげると杖の宝玉が激しく光った。

 台座の魔法陣が閃光を放つ。

 

 一瞬目が眩んだ私達が見たのは、がっくりとうな垂れるトラヤだった。


「ごめん。私じゃ解除できなかった」


 輝きを失った杖を手に、力のない声で私を見て言ってきた。

 見れば台座の魔法陣は淡い光を放っている。


「さっきより光が弱いわね。失敗ってわけじゃないんじゃない?」


「停止できなかったから、だんだん力を取り戻しちゃう」


 私の方にやってきたトラヤを見てびっくりした。見たこともないくらい疲れている。目の下がうっすら黒くなっているし、息も細い。

 慌てて缶ポーションを取り出して渡す。一番いいやつだ。


「飲んで。大丈夫なの?」


「ありがと。少し休めば平気だよ。みんなで脱出くらいなら余裕」


 トラヤの言葉に私以外の冒険者が表情を緩めた。自分達の安全だって気になるよね。


「一応聞くけど。私の錬金具で吹き飛ばせない? 色々あるよ?」


 念のための護身用として無の爆裂球も持って来ている。あれなら、魔法陣を地面ごと消し飛ばせるはずだけど。


「それをやるとどうなるかわからないから、最後の手段にした方がいいと思う」


 缶ポーションの蓋を開けながら、トラヤが言った。今は手出ししない方がいいか。

 すると、やるべきは次の手だ。


「トラヤが回復したら脱出しましょう。それから、冒険者組合なんかに報告ね」


 これは自分達だけの手に負えない。脱出して、ルトゥールの皆に手伝ってもらおう。

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