第34話「ドラゴンのいる場所」

 午後に入ってから少し経った頃、セラさんが工房にやってきた。

 錬金術の練習をしていた私と家事をしていたトラヤは急いで来客の準備をして、入り口の部屋にお茶とお菓子が用意された。


「情報収集がてら話に来ているだけなのに、いつもすまない。今度、なにか差し入れを持って来るよ」


「気にしないでいいですよ。魔境調査の話は勉強になりますから」


「あたしは美味しいお菓子とか持って来てくれると嬉しいかなー」


 ちゃっかりと要望するトラヤを見て、セラさんはくすりと笑う。


「わかった。今度組合で良い店を聞いてこよう」


「なんかすみません」


「いや、気にすることは無いかな。フェニアも含めて、二人とも仲良くして行けたらと思っているんだ。こう見えてね」


 フェニアさんの店の常連であるセラさんはとても真面目な人だ。たまにあの店で女性達で集まってなにかの集会をしていると噂があるけれど。そこに触れなければ安全だと思う。


「さて、仕事の話をしてしまおうか。まず、例の場所は『ドラゴンの魔境』と名付けられることがようやく決まった」


「地味に良いことだねー。『あの場所』とか『ドラゴンのいる所』とか好き勝手言ってたもん」


「調査の方も続けてるんですよね?」


「二人も知っての通り、私達が救出されたあの魔境を拠点にドラゴンの情報を収集中だ。一度、トラヤ嬢も一緒に来て貰ったな」


「行ったね。その時はドラゴンに会えなかったけど」


 合成魔獣がいた魔法使いの工房があったあの魔境は、その後の調査で特段珍しいものは発見できなかった。私とトラヤも同行してかなり念入りに探索したのだけど、隠し部屋や資料の一つも無い空っぽぶりだ。


「拠点になってるあの魔境、大丈夫なんですか?」


「もうすっかり落ち着いてるよ。魔境計も普通に動いてた」


 救出の際、トラヤが「そのうち安定する」と言っていたがその通りになったみたいだ。魔法使いは魔境に詳しい。


「あれから何度も寝泊まりしているが、危険なことは起きていない。周囲に合成魔獣の影もないよ」


「うん。捨てられた合成魔獣はあれで全部だったみたいだね」


「ちゃんと対処してから工房を放棄して欲しかったわ」


 あの魔境に合成魔獣が残っていた理由。それは、工房を放棄されることになった際、巨大な合成魔獣を連れて行けなかったから放置されたからだとトラヤは推測していた。

 本来は処分しなければならないが、情が移ってしまってできない。さりとて合成魔獣は連れて行くのは大きすぎる。そんな場合に魔法使いがよくやることらしい。とても迷惑だ。


「おかげで拠点ができたと思おう。二人の活躍で全員無事だったことだしな」


「別に私達だけで助けたわけじゃないですよ」


 そこはちゃんと伝えておく。あれは、リーダーさんを中心に冒険者の人達がいたからこそできたことだ。私達だけだったら、もっと危険なことになっていた。


「そういうことにしておくよ。それで、ドラゴンについて少し報告があった」


 その言葉に、私とトラヤが沈黙する。

 ドラゴンは私達からしても見逃せない存在だ。退治するとかではなく、その動静はルトゥールの町の情勢に大きく影響する。


「大きさはギリギリ中型、鱗は赤だが腹の辺りが金色。知性はあまりなさそうとのことだ。あの魔境の中を飛び回って動物を襲うところが何度か目撃された」


「巣穴は見つかったんですか?」


 私の問いかけにセラさんは首を横に振った。表情に無念さが溢れている。

 ドラゴンを倒すなら巣穴にいる時だ。飛び立たれる可能性を減らせるし、宝を守っていれば逃亡の可能性を減らせる。


「巣穴が見つかって、人が集まったら退治するんだよね?」


「その予定だ。まだ先の話になりそうだな」


 メモを懐にしまいながらセラさんがそう自分の見立てを語った。

 それから真剣な表情で私達に聞いてくる。


「組合でもう一度確認するように言われた。ドラゴンを退治して、魔境が消える可能性はあるだろうか?」


「多分、ないよ。魔境を維持する中心にドラゴンを置くことなんか滅多に無いし、もしやるならそこの守護者になって動かないはずだから」


 トラヤの受け答えは軽い。この質問は前に一度されていて、答えた内容も変わらずだ。魔法使いの発言力は高く、あのドラゴンは退治しても問題ない存在、というのが現在の冒険者組合の判断である。


「これは素朴な疑問なんだが。二人を加えれば、現状のルトゥールでドラゴンを倒せるだろうか?」 


 仕事では無く本当に個人的な疑問という風な問いかけだった。

 私はトラヤに視線を向けて、少し考えてから答える。


「んー。中型といっても小さい。火属性のドラゴンですか……。素材とレシピがあれば退治できそうな錬金具を用意できますけど。私はドラゴンと戦ったことがないから何とも」


「なんとかなるんじゃない? お師匠様とドラゴン退治にいったことあるし。イルマって戦い慣れしてるし強い錬金具をいっぱい知ってそうだよね」


「たしかに、爆弾と光の剣の話は驚いた。実は一人で倒せるんじゃないか?」


「さすがにそれは無理ですよ。空を飛んでたら落とす方法がないし、巣穴に入って戦うにしても錬金具を使ってる間にやられちゃいます」


 それに、ドラゴンに通用しそうな錬金具は知っていても、そのレシピを知らない。相手が相手だから、必要な素材だって希少なものが多いだろう。私の工房の在庫じゃきっと作れない。


「錬金具が揃って、トラヤとセラさん達に協力して貰えば何とかなるかな? ってとこですかね」


 実際、小型に近いドラゴンくらいなら錬金具が発達した現在なら結構なんとかなる相手なのだ。これが知性を持った古くて強大なドラゴンとなると話は違うのだけど、今回はその心配は無い。


「錬金具が揃えば……か。そのうちイルマに色々と依頼するかもしれないな。その時は宜しく頼む」


「できれば素材とレシピも用意してくださいね」


「承知した。組合にも伝えておくよ。さて、私はこれで失礼する。それと、トラヤ嬢は組合で相談があるんだが」


「おお、お仕事? いきますいきますー」


 どうやらトラヤは仕事のようだ。そのまま下宿先の宿に帰る流れになるだろう。

 それなら私の方もできることを片づけておこう。


「じゃあ、私はフェニアさんのお店に納品に行きますんで。二人とも、お気を付けて」


「イルマも気を付けて」


「また明日ねー」


 そんな風に言葉を交わして少し経った後、私は納品物の詰まった鞄を背負ってフェニアさんの店に向かうのだった。

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