第18話「思ったよりすごいことに」

 リベッタさんからレシピと素材を貰った私達は、すぐに宝玉製造の検討に入った。


「どうかな? 大丈夫?」


「うん。大丈夫。錬金杖の宝玉と殆ど同じ。素材は良い物を貰ってきたし」


 レシピを確認する私の横でトラヤが心配そうに聞いてきた。

 魔法使いの杖の宝玉は、錬金杖のものよりも必要とする素材が単純に倍以上ある。耐久性だとか魔法の効率を高めるためとレシピの端に書かれていた。

 

「まさか、錬金晶みたいなのを作ることになるなんてね」


 リベッタさんから貰ってきたのは水晶の欠片や少しの銀器。それと宝石を削った後に出た粉が少々。

 これらを錬金水と組み合わせる錬金晶と呼ばれる、強力な属性魔力を込めた結晶体を作成される。

 錬金杖の宝玉よりも高価なもので、強力な威力があったり、丈夫な錬金具を作る際に必須の素材だ。

 魔法使いの杖の宝玉はこの錬金晶に似ていた。


「やっぱり難しいの?」


「理屈の上は錬金水の手順をちょっと複雑にしただけだから大丈夫。初めてだから緊張するけどね」


「失敗しても大丈夫だからね。別に杖が使えないわけじゃないんだから」


 私を気遣ってか、トラヤがそんなことを言ってくれた。

 心配してくれるのは有り難いけれど、個人的に成功率はかなり高いと思う。


 錬金杖の宝玉は駆け出しの錬金術師でも作れるもの。これはその上位版に過ぎない。

 錬金水を加える際に属性の調節をするため、特級錬金術師にしか作れないが、慣れていれば、なんのことはない作業のはず。まあ、そこがちょっと不安なところなんだけど。


「悩んでもしょうがない。失敗してもいいんだから、思い切りやっちゃいましょうか。トラヤ、得意な属性って何? それに合わせて作るから」


「魔法使いは全部の属性を使えるんだけれど、強いて言えば火と土かな?」


 そうか。魔法使いは基本的に全属性使えるんだ。そこからして普通の人間とは違うんだな。勉強になる。


「じゃ、火と土のところを強めにしてみようかな」


 レシピによると使い手の属性向きに、ある程度宝玉の性能を改造できるようになっていたので、そこを少しアレンジしてみた。これで、若干だけど特定の属性に強くなるだろう。


「凄いね、そんなことできるんだ」


「凄いのはこのレシピを書いたリベッタさん。私は乗っかってるだけだよ」


 レシピを書き上げた私は内容を何度も見直す。よし、これで行ける。

 続いて錬金晶のレシピを作成にかかる。こちらは錬金水の応用なので簡単に完成した。


 必要な素材はトラヤにも手伝って貰い、それぞれ容器に入れて準備する。

 あっという間に準備は整った。


「それじゃ、始めるね。すぐ終わるよ。見ていく?」


 そう問いかけると、トラヤは満面の笑みでこちらを見て言った。


「もちろん、じっくり見させて貰うよ!」


 私達二人は素材を持って錬金室へと入っていった。


 それから一時間後、思った以上にあっさりと魔法使いの杖の宝玉は完成した。


 ○○○


 新しい錬金具が出来たらまず試してみたいもの。

 そんな錬金術師の欲望に答えるためか、私の工房の裏庭には試験用にうってつけの区画があった。

 リベッタさんの工房だと畑になっている場所だが、ここはまだ何も無い土の地面だ。周囲は塀になっている上、工房の近所には家も無い。

 トラヤの魔法の試験に最適である。


「これを狙ってもらえばいいかな?」


 私は魔法の的にちょうど良さそうな木の棒を一本、地面に突き立てて聞く。


「うん。それでいいと思う。上手く発動するかな。どうなるかな」


 笑顔で落ち着き無く動くトラヤが振り回す杖の先端には、私が作った宝玉が収まっている。

 錬金室の中央で完成した宝玉を見るなり、すぐに試したいと気持ちがはやってずっとテンション高めである。


「上手く使えるかわからないから、弱めの魔法でお願いね。安全には注意して」


 本人は嬉しそうで何よりだけど、私の方はちょっと心配だ。レシピ通りに作ったものの、魔法使いの杖なんて相手にしたことがないんだから。


「イルマが作ってくれたものなら大丈夫だよ。そんな気がする。前より魔力が通りやすいもん」


 魔法使いでない私には魔力が通る感覚というのはよくわからない。多分、錬金室の中で杖を振ってる時と似たようなものなんだと思うけど。


「よし、さっそくやってみよう。イルマ、念のため後ろに下がって」


「わかった」


 トラヤが木の棒に向かって杖を構えたので、私は言われたとおり後ろに避難する。

 見れば、すでに先端の宝玉が光り輝いていた。

 魔境で見た時より近くに居るからよく見える。私が作った宝玉の中で青や赤や緑といった無数の小さな光が螺旋を描くように舞っている。

 すごい。これが魔法なんだ。

 錬金術とは全然違うその現象に素直に感動した。


「火は危ないから、風でいくね。あの木の棒を真っ二つにするよ。それっ!」


 トラヤが気合いの声と共に杖を横に振るうと、宝玉が一瞬閃光を放った。

 

 次の瞬間、木の棒が真ん中辺りから真っ二つになった。


「おおっ」


「やった! 成功!」


 その光景に私とトラヤが喜んだ瞬間。

 ずどん、という鈍い破壊音と共に、木の棒の向こうにあった石の塀に亀裂が入った。


「う、うちの塀が……」


「あれ? おかしいな、ちゃんと加減したのに…………。まさか!」


 怪訝な顔をしていたトラヤが杖を掲げた。

 すると、先端の宝玉から天を焦がさんばかりの火柱が生まれた。


「うわっ。危ない!」


「これを、こうして……」


 驚く私を尻目に、トラヤがぶつぶつ呟きながら集中すると、杖の先端から出る炎はどんどん小さくなり、最終的に松明(たいまつ)くらいになった。


「うん。調整完了。やっぱり楽だった」


「調整?」


「イルマは凄いね。この宝玉、前まで使ってたのと段違いの力があるの。あたしの力をより強く、より繊細に伝えてくれる。細かい威力の調整も前より全然楽だよ!」


 宝玉を光らせた杖を見せながらトラヤがまくし立ててきた。ちょっと恐い。


「そ、そうなの? じゃあ、さっき塀が壊れたのは、思ったよりも威力が出たから?」


「そう。前の宝玉だったら木だけを切るだけで終わったはず。これ本当にすごいよ!」


 興奮冷めやらぬ様子ですごいを連呼するトラヤ。

 上手くいったのは私も嬉しい。塀に亀裂は入ったけれど。


「そうだ。塀の傷も治しておくね。土魔法は得意だから」

 

 言うなりトラヤが塀まで走って行き、杖を掲げると、みるみるうちに亀裂が修復されていった。


 こういうのは錬金術じゃちょっと真似できないな。


 そう思いつつ感心しながら見ていると、こちらに向かって走りながら、笑顔のトラヤが問いかけてくる。


「ねぇ、この後なにをする? 冒険者組合? それともまた錬金術?」


「組合に魔獣のことを報告。まだしてなかったから。そしたら今日は店じまいかな」


 組合にはもう少し早く行くべきなんだけれど、リベッタさんが手を回すのを頼んだりとか下準備が必要だった。出会った魔獣は珍しいものじゃないし、大したことにはならないはず。

「じゃあ、わたしが晩ご飯作ってあげるね! せめてものお礼で!」

 

 新品の宝玉が収まった杖を嬉しそうに眺めながら、弾むような口調でトラヤが言う。


「じゃあ、帰りに買いだしね。うち、食材ほとんどないから」


「行こう行こう!」

 

 こうして、私の日常に、楽しく賑やかで珍しい、魔法使いの少女が加わったのだった。

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