第16話「魔法使いのお願い」

 錬金術師としての私にも、矜持とまではいかないが、方針はある。

 

 それは、「助けられそうな人はできる限り助ける」というもの。

 これは昔、旅の錬金術師さんに助けられて、その時言われた言葉で、私もそう生きたいと思っている。

 別に自分の力で世の中の全てを救えるなんて思わない。それでも、目の前に困ってる人がいて、余裕があれば手を貸すくらいの錬金術師でいたい。

 

 錬金術の産物の多くは何かを便利にしたり助けたりするためのものなのだから。そのくらいの気持ちは持っていてもいいと思う。

 だから、私がいかにも世間知らずな魔法使いのトラヤを助けたのは当然のことだった。


 そんなわけで私達二人は魔境から真っ直ぐ工房に帰ってきた。

 店の入り口部分、使っていない店舗スペースに椅子を並べて、これからのことを話し合う。

 なにはともあれ、まずはトラヤの用件だ。


「ポーション作りは了承したけれど、下宿先の人がどんな状態か詳しく聞いていい?」


 私が淹れたお茶を飲みながら、トラヤが語る。


「えっとね。宿屋の旦那さんなんだけれど、屋根の修理をしてる時に落ちたの。頭から落ちたのを、たまたま見てた私が魔法でひっくり返してどうにか着地させたんだけれどね。足が折れて腰を強打……」


 話に聞くだけで重傷だ。


「もっと上手くやれれば良かったんだけどね……」


「今の話の通りなら、頭から落ちて最悪死んでたんじゃない? なら、トラヤがいたおかげで命拾いしたのよ」


「宿の人達にもそう言われた。でも、お医者さんに見て貰ったら足の骨折よりも腰がまずいかもって話をされて。それで、薬を作ろうと思ったんだけれど」


 それで迷わず魔境に入るとは、行動はともかく普通に良い子だ。いや、魔法使いなら魔境にも慣れてるはずなので、行動も咎めるべきじゃないのかも。


「でも、薬を作るのは苦手なのよね?」


「うん。だから、イルマにポーションを作って欲しい。薬草はあるから」


 言いながらトラヤは腰に下げた小さなポーチの中身を取り出す。

 恐らく魔法による物だろう。明らかにポーチの大きさに合わないくらいの薬草が取り出され、テーブル上に並ぶ。


「……これは。本当に『四節の森』で手に入れたの?」


 ポーチの仕組み以上に並んだ薬草に私は驚いていた。

 トラヤが取り出した薬草は『四節の森』では滅多に見つからない希少かつ高級なものだったからだ。

 しかも魔法使いのポーチの特性なのか、薬草は青々として状態は最高。

 これなら、快癒のポーションと呼ばれる上級の回復ポーションを作成できる。


「うん。魔力の濃いところを探ったり、こつがあるんだ」


 魔法使いって凄い。たまに一緒に採取に行って貰おうかなという考えが一瞬脳裏をよぎった。きっととても儲かる。


「どうかしたの?」


「いや、ちょっと打算が。……これだけのものがあれば、かなり良いポーションを作られるわ。上位の冒険者が大怪我した時の治療用に持つ、上級のが」


 私は一級錬金術師。上級だろうと回復ポーションの範囲ならわけなく錬金術で作成できる。

「本当!? 他に足りないものはない?」


 問いかけに、頭の中で各種素材の在庫を思い出す。

 幸い、引っ越し荷物を全部棚に並べたおかげで必要な素材はすぐに出せる状況にある。


「大丈夫。素材は全部ある。これだけのもので錬金術ができるなんて嬉しいくらい。すぐ作るね」


「あ、ちょっと待って」


「?」


 立ち上がった私を呼び止めたトラヤは遠慮がちに口を開いた。


「できれば、錬金術を使うところ、見学したいんだけれど」


「いいわよ。退屈だと思うけれど」


 うちの錬金室には見学用の区域がある。どうやら、過去にこの工房を使っていた錬金術師は弟子を持っていたらしい。


「退屈だなんてとんでもない! やったね! 見たかったんだ!」


 弾むような口調で足取りも軽やかにトラヤは私に続いて錬金室へと向かっていった。


○○○


 快癒のポーションは簡単に完成した。

 レシピとしては回復ポーションの簡単な変形だし、『錬金術の塔』で何度か作ったことがある。

 それに、ルトゥールの町に来て属性錬金術に目覚めた私は腕前が上がっている。素材の品質もあってこれまでで一番の出来だ。


 ポーションが完成してすぐに、私はトラヤと共に彼女の下宿先に向かった。

 工房から少し遠い、町の賑やかな場所の端の辺りにある、小さいが綺麗な佇まいの宿。そこが彼女の下宿だった。

 

 トラヤの帰還を待ちわびていた宿屋の一人娘に歓迎されたりしつつ、寝込んでいる主人に治癒のポーションを使用。

 効果はきっちり発現し、その場で主人の骨折と腰の痛みは治療された。


 いつも思うが、高位の錬金具の効果は不気味な程である。魔法由来の技術だからと割り切っているけれど、傷がみるみるうちに治っていくのは我ながら驚いた。


「本当にありがとう。イルマ」


「お礼はいいよ。主要な素材はトラヤの採ってきたものだし」


 そして現在。夕飯を頂くことになった私は、トラヤの部屋で時間を過ごしていた。ちょっと前まで宿の娘さんが一緒だったが手伝いに行ってしまった。


「ううん。お礼は言うべきだよ。私の作る魔法薬じゃあそこまで綺麗に治らなかった。まだまだ未熟なんだ。きっと、師匠だったら、旦那さんが落ちたときに空中で停止して、傷一つ付けなかったもの」


 命が助かったんだから良いじゃない、と口から出かかったがそれを止めた。その言葉は、宿の家族全員が先ほどまで散々口にしていた。

 それをわかっていてなお、トラヤは自分の腕の未熟さを悔いているのだ。


「全力を尽くしたんだから、今回は上手く収まったってことでいいんじゃない? 状況に合わせて的確な実力を持ってるわけじゃないしね」


「それは、そうだけど……」


「トラヤは褒めてくれるけど、私だって全然未熟だよ。この町に来たのだって、試験に落ちたからだしね」

 

 正直にそう口にすると、なんだか少しすっきりした。誰かに話したかったのかも知れない。

「そうなんだ。イルマって、全然しっかりして見えるのに」


 買いかぶりすぎる。私は駆け出しの錬金術師だ。


「こういう時は結果だけ見て良しとしよう。トラヤは採取に成功して、宿の旦那さんを助けた。いいじゃない、それで」


 自分は未熟だと言って上手くいった事柄まで貶(おとし)める必要は無い。トラヤは魔法使いとして未熟だと言うが、十分すぎるほどの成果を出した。

 上手くいったとき、自分を褒めるのは大切なことだと思う。


「この宿の人達が感謝してるんだから。それはしっかり受け取らないとね」


 我ながら上手い物言いができない上に、偉そうだと思ったけれど、最後の一言にトラヤははっとした表情になった。


「うん。そうだね。そうする。良かった、上手くいって」


 表情を緩やかな笑みに変えて、自分に言い聞かせるようにトラヤは呟いた。

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