第15話「魔法使いトラヤ」
ちょっと落ち着くといっても、少し準備に時間がかかった。
まずは、トラヤさんを襲っていた魔獣の処理だ。片方は私の爆発球で消し炭みたいになってしまったが、もう一方はそこそこ原型を留めている。
私はトラヤさんの許可を得た上で解体をして、爪と牙を入手した。この魔獣は他の部位はあんまり価値はないので残りは穴を掘って地面に埋めておく。ちなみに穴はトラヤさんが魔法で空けてくれた。初めて見たけど魔法って便利だ。
その上で周囲に魔獣の影がないのを確認した上で、私が採取をしていた草原まで戻り、手持ちの錬金具でお茶を淹れる。予備も含めてカップを二つ持っていたのが幸いだった。
「どうぞ。あんまりいい紅茶じゃないけど」
「ありがとうっ。なんかごめんなさいね。魔獣の後処理までしてもらっちゃったし」
最初は敬語だったトラヤさんだが、話してるうちに気軽な口調になっていた。どうも素の状態でないと話しにくいらしい。私は気にしないのでそのままやってもらっている。
「気にしないで。牙とか爪を持って冒険者組合に証拠として見せないといけないの。それから買い取って貰うから、そのお金はトラヤさんに渡すね」
「え、いいよ? あ、いやちょっとまって。そのお金でお願いしたいことがあるの! 錬金術をお願いしたいんだ! ちょっと困ってて」
「はい?」
あからさまに怪訝な顔をしたのだろう。トラヤさんは「しまった」という表情になって、頭に人差し指を当ててしばし考えてから言う。
「ごめん。また先走っちゃった。えっとね、ちょっと長い上に上手く話せないけれど、あたしの事情、聞いて貰える?」
魔法使いがこんなところにいる理由を聞けるなら断る理由はない。こちとら助けた時から好奇心は全開だ。
「わからないところがあったら質問してもいいかしら?」
「うん。むしろお願いしたいかなっ。まずね、あたしがここに来た理由なんだけれど……」
こうして、トラヤさんの身の上話が始まった。
トラヤさんは十六歳の魔法使いである。といっても一人前ではなく、修行中の身とのこと。 そんな彼女だが十日程前に、師匠から急に「ルトゥールの町で修行してきなさい」と放り出された。
魔法使い達はそれぞれ自分の魔境に引きこもって暮らしており、外の世界との交流はあんまりない。
トラヤさんもその例に漏れず、慣れない世界に苦労しつつもルトゥールの町の小さな宿屋に落ち着いた。なんでもそこの子供が町の外に出たところを保護したのがきっかけだとか。
それから下働きのような生活をしている内に、宿の主人が病気になった。
一家の主人が倒れて困り果てた妻と子を見て、トラヤさんは魔法使いとして手助けすることを決意。
治療のための薬草を手にれるため、早朝にこっそり門を越えて『四節の森』へ入ったのだった。
「そこで採取中に魔獣に襲われて、私に出会ったというわけね」
「そうそう。イルマさん、話をまとめるの上手だねぇ」
トラヤさんは話し上手とは言えなかったけれど、内容は十分要領を得ていたので事情は理解できた。
「もしかして、冒険者登録もしてない?」
「冒険者? なにそれ?」
知らないふりではなく、心の底からの疑問が返ってきた。
「門を越えて魔境で採取していいのは、基本的に冒険者っていう人達だけなの。私も一応登録してる」
「そうなんだ。『四節の森』なんて子供でも入れるし、気にしてなかった。やっぱり、こっちの常識を知らないのはまずいかな……」
顎に指を当てて考え込むトラヤさん。その仕草は年齢相応で、傲慢な魔法使いという一般的なイメージからは程遠い。
「こちらの事情に詳しくないけど、合わせてはくれようとしてるのね」
「当たり前のことじゃない? 迷惑かけたくないもん」
これまた意外な返事が来た。
なんというか、もう少し手を貸した方がいい気がする。
この子の世間知らずぶりは心配になる。このままだと余計な問題を起こすかも知れないし、魔法使いだと知った面倒な連中に目を付けられかねない。
そんなことを考えていると、トラヤさんが真剣な目で私を見つめていることに気づいた。
「どうかしたの?」
「イルマさん。助けて貰って虫の良い話だとは思いますけど。お願いがあります」
居住まいを正し、トラヤさんは深々と頭を下げて言った。
「あたしの採った薬草で錬金術を使ってポーションを作ってください。下宿先の人を助けたいの。あたし、まだ魔法使いの薬は作るの自信ないから……」
まさか、頭を下げてそんなことを言われるとは思っていなかった。
「わかった。報酬はさっきの魔獣の爪と牙の代金ね。それと、私からもお願いしていいかな?」
「あたしにできることなら!」
「工房でポーションを作った後、私の師匠のところに一緒に行ってくれる? トラヤさんがこの町で暮らしやすいように取りはからって貰えるかもしれないし、魔法使いがいるってちょっとおおごとだから」
今の私の師匠であるリベッタさんは、この街で錬金術師を長くやっていて方々に顔が利く。この街に来て短いが、何度かそんな話を聞いた。
きっと、トラヤさんの世話もしてくれるだろう。
これは私の善意というわけではない、錬金術師は魔法使いには敬意を払う。相手が嫌な奴で無ければ、できるかぎり親切にしろと教わるのだ。
「……あの、トラヤさん、その顔の意味は?」
色々と事情あっての私の提案を受けたトラヤさんは目をキラキラさせて、満面の笑みでこちらを見ていた。
「やっぱり錬金術師って凄いね。お師匠様が言ってたんだ、『魔法は心の力だけど、錬金術は理性の力だ』って。魔法使いなんかよりよっぽど話がわかるよ!」
素直すぎて騙されないか心配だ。大丈夫だろうかこの子。
「正直言うと、トラヤさんが魔法使いのイメージと離れててびっくりしてるけどね」
そう言ってちょっと冷めかけた紅茶を口に含むと、トラヤさんはニコニコ笑いながら言う。
「うちの一門は魔法使いだからって偉そうにするなって方針なの。だから、イルマみたいな錬金術師に会えたのは嬉しいな」
弾むような口調で言って、トラヤさんは私の淹れた紅茶を一気飲みした。
「じゃ、素材もあるし。話もまとまったことだし、行きましょうかトラヤさん」
空になったカップをもらって立ち上がると、小さな魔法使いが慌ててそれに続いた。
「うん。工房を見るのちょっと楽しみ。あ、それとね。トラヤでいいよ、呼び方。さん付けなんて慣れないから」
「じゃあ、私もイルマでいいよ。トラヤ」
「実はもうそう呼んでるけどね」
にっこり笑うトラヤに対して、私も笑みを返した。
親しみやすい魔法使いという珍しい知り合いを増やして、私のルトゥール最初の採取は終わったのだった。
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