第10話「おちこぼれからの出発」

 翌日の昼近く。私の姿はリベッタさんの工房にあった。

 本当はもっと早く来たかったんだけれど、久しぶりの熟睡が気持ちよすぎた。気づいたら朝というか、太陽はとても高く昇っていて、慌てて着替えて出かけることになった。

 とはいえ、昨日までと違って調子は悪くない。ちゃんと寝れたし。


「すいません。二日続けて突然やってきてしまって」


「いいのよ。あなたのことだから、きっとすぐ来ると思っていたもの」


 朗らかに笑いながら、リベッタさんはお茶を淹れてくれた。


「それで、どうだったのかしら?」


 向かいに座ると好奇心を一杯にして、身を乗り出さんばかりの勢いでそう聞かれた。この人はこの人で、私がどうなるか気になっていたらしい。


「えっと……驚かないでくださいね……。というか、ちょっと困ってるんですけれど」


「大丈夫よ。この歳だもの、少しくらいじゃ動じないわ」


 リベッタさんのそんな言葉を聞きながら、私は鞄の中から持って来た錬金具を次々に取り出していく。

 机の上に並んだのは、昨日作った各種錬金水と球だ。


「これだけ、できました。その、複数の属性が作れたんですけど」


「あらあらまあまあ」


 頬に手をあてて感心したように言うリベッタさん。多分、驚いているんだろうけど、想像より反応が薄い。


「もしかして、よくあることなんですか?」


「まさか。錬金術師は一人一属性よ。私だったら水の属性しか扱えない。これは驚いたわね」


「試しに全部の錬金水を飲んだらこうなったんです。なにかまずいことが起きてるんじゃないかと思って……」


「そうよね。複数の属性を扱えるなんて聞いたことないわよね。不安になるのも当然だわ」

 

 私の感情を受け止めるようにリベッタさんは穏やかな口調で言うと、優雅な動作でカップに手を付けた。


「本当に、驚いているわ。ねぇ、ハンナ?」


『ええ、まさかの全属性とは思いませんでした。これは非常に特殊な例ですね』


「……!?」


 いきなり、室内に聞き覚えのある声が響いた。

 『錬金術の塔』の副学長にして私の師匠、ハンナ先生の声だ。


「その鏡、錬金具だったんですか!」


 見れば、私のすぐ右側にかかっている四角い鏡の中にハンナ先生の姿があった。

 相変わらず若々しい先生は私と目線を合わせると、にこにこと笑いながら手を振ってきた。

『久しぶりですね。イルマさん。驚かせてごめんなさいね』


「えっと。どういうことか説明をして貰えるんですよね?」


 今わかるのはリベッタさんがハンナ先生と知り合いだったこと。それと、私の起こしたことに驚きつつも二人がある程度納得していることだ。

 作為的なものを感じる。説明して貰わなければ。


『もちろん、説明をします。落ち着いて席についてください。イルマ・ティンカーレ。あ、それとリベッタ先輩。鏡をテーブルの上にお願いできますか?』


「ええ、ようやく三人でお話しできるわね」


 なんだか楽しそうなリベッタさんによって、先生の映り込んでいる鏡が壁から机の上に動かされた。鏡は折りたたみ式の足が背面にあったらしく、自立した。


「では、説明を始めましょう」


 私と視線が合うことを重ねると、ハンナ先生はそう言って話を始めた。


『イルマさんには謝らなければなりません。錬金術師協会の決め事のせいで、不安にさせてしまいました』

 

 最初に出たのは恩師からの謝罪だった。何がなんだかわからない私としては首肯して続きを促すことしか出来ない。

 ちなみに錬金術師協会というのは錬金術師を管理している国際的な団体のことで、『錬金術の塔』に本部がある。


『協会の中には特別な決まり事があるのです。『属性判定試験に落ちた錬金術師の扱いについて』という決まりが。属性判定の錬金具が反応しないのには理由があるのですよ』


「それって、判定できない場合の想定があるってことですよね?」


『その通りです。属性判定の錬金具は完璧ではありません。大きく分けて二つの場合、機能しないことがあるのです。一つは、その人物の属性が余りにも弱い場合』


「そしてもう一つが複数の属性を持っていた場合……」


 思わず私の口をついて出た言葉を二人は笑顔で肯定した。

 つまり、私は最初から属性が判定できないほど力が弱いか、複数属性を持つ者だと判断されていたわけだ。


「しかし、なんで塔から出すなんてことを」


『そこも決まり事なのです。複数属性を持つ錬金術師は十年に一度くらいの割合で出現します。ですが、非常に貴重な人材なのもあり、塔の中にいると色々と問題になってしまう事が多いのです』


「ああ、なるほど……」

 

 ハンナ先生の言葉を濁すような言い方に私は納得した。『錬金術の塔』の中でも権力争いはある。上昇志向の強い者の間で人材の奪い合いも珍しくない。

 そんな中に複数属性が扱える特級錬金術師なんて特別すぎる存在が入っていったら、どんな扱いをされるかわからない。


 上手くすれば栄達し、そうでなければ酷いことになるだろう。

 そして、私の知る限り、『錬金術の塔』に複数属性の特級錬金術師はいなかった。噂すら聞いたことがない。


「詳しくは話せませんが。イルマさんの想像を何倍か酷くしたことが過去にあったと思ってください。そこで協会は決めたのです。『属性判定に失敗した錬金術師は一度外に出し、信頼できる者に再試験を依頼する』と」


 その言葉にリベッタさんを見ると、老錬金術師はにっこりと笑った。


「イルマさんの方からやってきてびっくりしたわ。本当は私から会いにいくつもりだったのよ」


「つまり、最初からこうなるように仕組まれてたんですね」


 色々と理解した私は肩を落として椅子に座り直した。なんか疲れたので、お茶も口にする。

『ごめんなさいね。落ち込んでいる貴方を元気づけることすらできずに』


「たまに本当に属性が弱いだけの子もいるものねぇ……」


 ハンナ先生が鏡の中で頭を下げてきた。塔から出る前に説明してくれればとも思うけど、多分、機密保持の意味もあるんだろう。しかし、もし単に属性が弱いだけだったら更に凹んだだろうな。


「複数属性の錬金術師っていう存在自体が秘密にされているんですね」


「ええ、基本的にはね。中には適当な属性を名乗って活躍している人もいるけれど」


 希少すぎる技能は色々と問題を起こすため自分は保護された。そういうことで、ここは納得しておこう。ハンナ先生相手に怒ってもどうしようもない。

 

「それで、私は今後どうなるんですか?」


 そう、問題はこれからだ。ある意味で、私は試験に受かった。

 一般的な形と違うにしろ、特級錬金術師の条件は満たしたことになる。協会や『錬金術の塔』の扱い的にどうなるのか、気になるところだ。


「選択肢は二つあります。塔に戻るか、この町で修行をするかですね」

 

 問いかけに対して、ハンナ先生は人差し指と中指を立ててそう答えた。


「塔に戻れるんですか?」


 二度目の私の問いに、ハンナ先生は頷く。


『戻れます。貴方は特級錬金術師になりますから。ただ、いきなり戻ると大変目立つので時間をおいた方がいいでしょう』


 たしかに試験に落ちたとされる私がすぐ戻って来たら誰が見ても訳ありに見える。

 それに錬金術は好きだけど、塔の権力争いに巻き込まれたくない。


『一般的に複数属性の錬金術師は、現地の熟練の特級錬金術師の指導の下、しばらく修行をします。塔に戻るにしても、複数属性の使い方に習熟してからの方が良いですからね』


「なるほど。リベッタさんの指導を受けろということですね」


『そちらのリベッタ先輩は私もお世話になった方です。錬金術の師としては申し分ありません』


「褒めすぎよ。複数属性の子への指導はしたことがないもの。不安だわ」


 まったく不安を感じさせない様子でリベッタさんがそう言った。


『塔からも属性関係のレシピなど、情報は渡します。私もこのような形で良ければ支援しますので、しばらくルトゥールの町で研鑽を重ねて欲しいのですが』


 突然不安げにハンナ先生が言った。どうやら、最後の決断をする権利は私にあるらしい。

 全力でここにいた方がいいと言っておいて、何を弱気になっているのやら。二年くらいの付き合いだが、先生は最後の詰めが甘いところがある。


「わかりました。私、ここでリベッタさんに色々と教わりながら、錬金術師として暮らします」


 目の前の老錬金術師と鏡の中の恩師に向かって、私は胸を張ってそう宣言した。

 そもそも、すでにフェニアさんの店に錬金具を卸す約束だってしているのだ。状況が変わったからって、すぐさよならは言えない。


 なにより、私は特級錬金術師になったら、そのうち塔を出て自分のやりたい錬金術をするつもりだった。今の状況は好都合なのだ。


「ああ、良かった。これで私の仕事が少し減って助かるわ」


 胸をなで下ろすかのような様子で言うリベッタさんだった。


『では、イルマさん。この町で錬金術師としての腕を磨きなさい。貴方ならば、複数属性を見事に使いこなすと、私は信じていますよ』


「はい。やってみます。自分のできる限りを」


 生徒を送り出す教師の目をして語るハンナ先生に、私はできるだけ力強く答えた。


 この日から、私の錬金術師としての新たな生活が、本格的に始まった。

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