第8話「初日から大変です(1)」

 今日の朝、工房を出る時は一番近くの錬金具の店に挨拶して、商売できるか相談するだけのつもりだった。


 どういうわけか、昼過ぎになって帰宅した私の鞄の中には想定外の物品が入っていた。


 ポーションを入れて出かけていった小さめの鞄の中に入っているのは、地水火風といった代表的な属性の各種錬金水。人差し指くらいの長さの細い瓶に入ったそれが五本ずつ。


 いや、考えてみれば想定外の物品じゃない。リベッタさんの所にはこれを貰いにいったんだから予定通りだ。


 想定外なのは、リベッタさんの工房で聞いた、この錬金水の使い方だ。

 私でも属性を扱えるかも知れない。その可能性に抗えず聞いた、錬金術師が属性を操作できるようになる簡単な方法。


 それは、各種属性の錬金水を口にすること。


 シンプルすぎて驚いた。こんな単純なことだなんて。

 同時に納得もした。幼少の頃から私達は「決して錬金水を口にしてはならない」と厳しく言われている。


 属性付きの錬金術の扱いについての知識への厳格な管理と教えもあって、それを素直に信じてきた。そもそも、ポーションでも無い特殊な魔力が宿った水を口にするというのは、いかにも気が引けるし。


 しかし、リベッタさんが言うにはこれが一番確実だそうだ。

 水は人間の体に必須なもの。それに特定属性の魔力を付与した物を吸収することで、自分向きな属性に体が反応するらしい。


 錬金水を飲むことで、自分の魔力の性質をはっきり意識できる。魔法使いは見ただけでその人の体内の魔力と得意属性を見れるそうだけど、私達はそう簡単にいかない。


「仕事用も含めて、一通りの錬金水をあげるわ。飲むかどうかはあなた次第。もし飲んで、何らかの錬金水を自作できたら、当面は私が作ったってことにしちゃいましょ」


 工房から送り出す前、錬金水を渡しながら悪戯っぽく笑ったリベッタさんの顔を思い出す。

 あれは嘘じゃない……と思う。なんで私に教えてくれたのかはわからないが、特級錬金術師として、秘密を教えてくれたように感じた。


 錬金室の前、作業室の机の上に並べた錬金水を見て考える。

 

 飲むべきか、飲まずに済ますべきか。

 

 もし、リベッタさんが私を陥れようと嘘をついたなら、大層酷い目に遭うだろう。一応、錬金水を飲んだら死ぬとまで言われたことはないから、寝込むくらいで済むはずだ。

 

 対して、本当に私が何らかの属性魔力に目覚めた場合、今後の方針は大きく変わる。諦めていた特級錬金術師への道が開けるかも知れない。

 非公式でルール違反な目覚め方だけど、ハンナ先生にお願いすれば、何とかなるのではないか?

 私の脳裏でそんな打算が働いた。


「飲むリスクの方が少ない気がする……。最悪、なんかあったら吐き出そう」


 とりあえず手近に小さめのバケツと水を大量に用意しておいた。

 覚悟はあっさり決まった。三度も試験に落ちたんだ、ここで四度目の挑戦をするくらい何でもない。


「じゃ、まずは水属性から……」


 瓶の内部で青い光がまたたく錬金水を手に取ると、コルクで閉じられた蓋を抜く。

 軽い音と共に準備はすぐに整った。


「とりあえず一口……」


 小さな瓶とはいえ、一気飲みは気が引けたので一口分だけ胃に流し込んだ。

 その瞬間、全身に震えが走った。


「んんんんん……っ!!


 胃を中心に体全体に広がるように、一気に熱が走った。それは脈のように繰り返し。私の体の感覚が一気に混乱する。


「く……んっ……」


 胃を抑え、軽く呻く。失敗か、一気に吐くか……。病気とは違う、不自然な全身の熱。まるで激しい運動をしている時のように息が切れ、熱い……。


「や……ば……」


 自分の体に何かが起きている。それだけは間違いない。これが続くなら危険だ。

 頭の中の冷静な部分がそう言うが、体が上手く動かない。まるで別人の体のよう。


「…………あれ?」


 机の上でのたうち回ったのは五分ほどだったろうか。

 気がついたら、全身を侵していた熱は引いていた。

 今の感覚は気のせいじゃ無い。その証拠に、汗でびっしょりだ。


「終わった……。なんか凄かったけど、上手くいったのかな?」


 言いながら、机の横に立てかけて置いた錬金杖を手に取る。

 伸縮させずにその先端の宝玉を、飲み残しの水属性の錬金水に当てる。


 錬金室の中でなくても先端の宝玉を通せば、錬金具に影響を与えることができる。もし、私が今ので水の属性を得ていれば、この錬金水が魔力に反応するはずである。


 ちなみにこれもリベッタさんに教わった方法だ。


「うそ……信じられない」


 飲み残しの水の錬金水の瓶。杖の先端を当てられたそれが、ほのかに光っていた。綺麗な透き通った蒼色で輝くその様子は、まるで空を切り取ってきたかのようだ。


 あまりにも実感の無い現実に、高揚感すらわかない。


「これで、私にも属性が……?」


 大変なことになった。まさか、『錬金術の塔』を出て、心を入れ替えた工房経営初日にこんなことになるなんて。


「いやまて。まだ早い。自力で錬金水を作ってからだ」


 そう、安心するのはまだ早い。偶然杖と錬金具が反応しただけかもしれない。

 大切なのは検証だ。錬金水のレシピもリベッタさんに教わっている。それを試そう。簡単な錬金術だし。


 そう思って机を立った時、ふと開けっ放しの鞄が目に入った。

 そこには、残りの三属性の錬金水が入っている。


 特に深い考えも無しに、私はなんとなく思いついた。


「せっかくだから、全部試してみるか」


 繰り返すが検証は大切だ。飲んで試してみよう。

 残り三本の錬金水を手に、私は机の上で三回のたうちまわる覚悟を決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る