第7話「古い町の錬金術師」

 教わった錬金術師の工房はフェニアさんの店を挟んでおおよそ私の工房の反対側にあるようだった。

 私の工房の周辺よりも賑やかな雰囲気のある通りを抜けると、すぐに目的の場所は見つかった。


 作られた時代が近いのだろう、どこか私の工房と似た雰囲気を持った頑丈そうな佇まい。壁と屋根は綺麗な白と赤。扉の上には錬金術師の店であることを現す釜を描いた看板。

 見た感じ、工房の裏と横には畑が作られ、そこで素材を栽培しているようだ。

 

 さて、行くか……。


 懐に入れたフェニアさんの紹介状を取り出してみる。ちょっと緊張する。

 取引のためにお店に行くのと違って、同業への挨拶だからだろうか。というか、こういうの苦手なんだよな……。

 とはいえ、注文を受けたし、素材についての約束もしてしまった。このまま行かないわけにはいかない。


 距離をとって様子を窺っていたが、意を決して工房に向かう。

 玄関先につけられたノッカーに手を付けようとした時だった。


「あら、お客様かしら?」


 横からいきなり声をかけられた。

 慌てて声のした方を向くと、工房の畑部分の方からこちらに歩み寄ってくる女性が一人。

 白髪の、背の低い、品の良い女性だ。高齢に見えるけど、足腰はしっかりしている。着ているのは黒と紫の落ち着いた色の錬金術師の服。


「は、はじめまして。えっと、フェニアさんのお店から来ました。イルマ・ティンカーレと申します」


 慌てて挨拶混じりに手紙を渡す。しまった。脳内プランでは玄関先で落ち着いた挨拶を交わすはずが、大分変わってしまった。


「これはご丁寧に。フェニアちゃんから?」


 女性はゆっくりとした動作で手紙を受け取ると、外見通り品の良い笑みを浮かべて言う。


「もしかして、向こうの工房に引っ越して来た錬金術師さんかしら?」


「あ、はい。フェニアさんの所でご挨拶したら、こちらを紹介されまして」


「なるほどね。では、中でお話しましょうか」


 玄関の扉を開きながら、女性は朗らかな笑みを浮かべながら続ける。


「緊張しないでね。若い子と話すのが楽しみなだけだから。私はリベッタ。もうお婆ちゃんだけれど、錬金術師をやっているわ。よろしくね、イルマさん」


「よ、よろしくお願いします」


 リベッタさんが何だか楽しそうな足取りで室内へ入って行ってしまったので、私は慌てて追いかけたのだった。


○○○


 クリーム色の壁に、落ち着いた色合いの木製の調度類。各所に飾られた鉢植えなどは観葉植物では無く、素材用。錬金具が並ぶ棚と机の上がちょっと散らかっている以外は、とても綺麗にしている。


 リベッタさんの家の中は整理整頓のできる錬金術師の部屋という感じだった。

 とても貴重な人材だ。日々の仕事に追われて、整理整頓できない錬金術師は多い。ハンナ先生とか特に酷くて、年に二回、弟子全員で掃除が必要なほどだった。


「……うんうん。よくわかったわ」


 部屋に通され、お茶を淹れて貰った私はリベッタさんの手製らしいハーブティーをゆっくり味わっている。フェニアさんの紹介状を読み終わるのを待っているのだ。


「イルマさん」


「はいっ。なんでしょうか!」


「落ち着いてね。ここは『錬金術師の塔』ではないんだから」


「すいません。つい」


 これまで年長の錬金術師というと偉い人ばかりだったからか、緊張しているようだ。落ち着け私……。


「属性水については承知しました。あのお店、冒険者が来て混むことが多いから、私一人じゃ大変だったから助かるわ」


「そ、そうなんですか。じゃあ、リベッタさんの商売の邪魔にはならないんですね」


「むしろ私に隠居させて欲しいくらい。少しゆっくりしたいのよ。頑張ってね」


 そういうと手紙を丁寧に畳みながらリベッタさんは朗らかな笑みを浮かべた。

 良かった。まずは一安心だ。これで工房としての最初の一歩を踏み出せる。


「はい。頑張ります。それじゃあ、属性水を……」


「と、その前に、質問をしてもいいかしら?」


 早速仕事の話を進めようとしたところで、リベッタさんが穏やかな笑みを湛えながら聞いてきた。


「なんでしょう。答えられる範囲なら」


「どうして一級錬金術師なのか。聞いてもよいかしら?」


「やっぱり、気になりますよね……」


 フェニアさんからの手紙に等級のことが書いてあったんだろう。リベッタさんは特級錬金術師だ。私に何かしらの理由があることはすぐに察したに違いない。

 『錬金術の塔』にいる一級錬金術師は全て特級を目指すもの。それは、昔も今も変わらないのだから。


「話しにくければ別にいいのよ。こんな年寄りだけれど、何か力になれるかもしれないから」


「いや、まあ、なんといいますか……。試験に落ちまして」


「筆記と実技かしら?」


「いや、それが、最後の属性判定試験で……」


「あら……」


 それを聞いてあからさまに驚くリベッタさん。そりゃそうだ。引っかかることなどないはずの属性判定試験に落ちた人なんて見たことないだろう。

 初対面でがっかりさせてしまったかなと思ったら、返ってきたのは意外な言葉だった。


「おかしいわね。属性が無いなんてありえないのに」


「はい?」


 私の反応を見て、リベッタさんは小さくため息をついた。


「やっぱり。錬金術協会って変わらないのよね。仕方ないと納得しているのだけれど。いざあなたのような子を見ると申し訳なく思うわ」


「あの、先ほどの言葉の意味を聞いてもいいでしょうか?」


 突然謝罪されて戸惑うばかりだが、見逃せない一言があった。


「属性が無いなんてありえない、と言ったのよ。魔法使いでない私達には完全に理解できないけれど、人は誰もが魔力を持っていて、得意な属性を持っているの。錬金術師に限らず、あらゆる人がね」


「初めて聞きました……」


「私も昔、魔法使いに会って教えてもらうまで知らなかったわ。でも、錬金術師協会の上層部は知っている。理屈の上では、錬金術師になりたての子供だって属性付きのものを好きに作れるのよ」


「なんでそれを隠し……いえ、わかります。危険なんですね」


 知識と経験を積んだ錬金術師にしか属性付き錬金具を研究開発させない。

 その理由は『危険だから』に他ならない。過去の資料に大惨事を引き起こした記録もあるし、私も何度かそういう現場に居合わせたことがある。


「そう。属性付きの錬金術は危険を伴う。でも、属性判定の試験までいったあなたは実質合格したようなもの。経験も知識も十分。だから……」


 私の言葉を肯定しつつ、リベッタさんは悪戯っぽく笑って言った。


「だから、ちょっと自分を試してみない?」


 それは、とても魅力的で抗いがたい、笑顔と言葉だった。

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