おちこぼれ錬金術師の工房経営

みなかみしょう

第1話「はじまり(1)」

 私、イルマ・ティンカーレは今、人生史上、最大の問題に直面している。

 間違いない、これは人生の岐路だ。もしかしたら終着点かも知れない。確信がある。


 その理由は、目の前にいるハンナ先生の表情が雄弁に語っている。


 ハンナ・ヴェルタ。錬金術師の都ファイスターにおける、最高峰の学び舎『錬金術の塔』において、副学長に地位にあり、私の師匠でもあるお方だ。

 金色の髪を肩の辺りで切りそろえた上品な女性で、五十を数えるはずの年齢を感じさせない美貌の持ち主でもある。というか、二十代後半に見えるのはやはりおかしい、エルフの血が混じっているというのは本当かも知れない。

 

「イルマさん。用件はわかっていると思うのだけれど……」


 本当に、本当に申し訳なさそうにハンナ先生はそう切り出した。

 ハンナ先生は副学長という忙しい身でありながら、自身の研究室を運営している。偉くなっても錬金術師としての研鑽を止めない立派な方だ。

 研究室における指導方針はその性格と同じく優しく丁寧、そして時に厳しい。更に言うと大人気。

 ハンナ先生のお眼鏡に適い、研究室に入れた時点で、錬金術師としての将来は保証されたものという評判すらある程の素晴らしい指導者である。


 私もまた、『錬金術師の塔』に入って二年間、先生の薫陶を受けた身だ。

 あるのだけれど……、どうやら私は先生の評判を覆す存在になりそうなのである。


「やっぱり、駄目でしたか……」


「残念ながら……」


「これで三回目……覚悟はしています」


 沈痛な面持ちで頷いたハンナ先生に、私は言った。さすがに声は小さく、絞り出すようなものになってしまったけれど。


「イルマさん、貴方は今の錬金術師協会の規約では、特級錬金術師になることはできません」


 それは決定的な一言だった。

 錬金術師には等級がある。子供の頃に学び始め、十級から五級までが見習い。四級で店を持ち、二級ともなれば世間では凄腕とみられる。

 そして、最上位の特級錬金術師。これは非常に特別な位置づけで、一級錬金術師が特殊な試験を受けることで得ることができる等級だ。


 特殊な試験とは属性の鑑定がそれに当たる。

 特級錬金術師になると、それまで危険として禁止されていた研究が解禁される。代表的なのが地水火風といった各属性、それを複数混ぜ合わせる錬金術の研究開発と製造の許可だ。


 属性を扱う錬金術のいくつかは低い等級でも可能だけど、扱いが繊細で難しい新規の研究や複雑なものは禁じられている。

 そのため、属性に関しては、技術と知識と経験が備わった信頼できる錬金術師でなければいけないとされ、本人の得意属性を鑑定した上で研究区分も厳密に決められる。


 これについては私も納得している。『錬金術の塔』でもうっかり扱いを間違えて爆発が起こることが年に数回あるし、巻き込まれたりもした。


 現在、私は一級錬金術師。十七歳にしてここまで来たのはそこそこ優秀だと言ってもいい。それなりに苦労も努力も重ねた。

 それもこれも、特級錬金術師を目指すため。私の好きな錬金術を自由に研究するためだ。

 

 十五歳で二級になり、『錬金術師の塔』に入り、順調に一級に昇格。

 流れるようについ先日、特級錬金術師への昇格試験を受けたのだけれど、そこで予想外のことが起きた。


「まさか、属性判定の錬金具が全く反応しないとは」


「そういうこと、あるんですね」


 特級錬金術師への試験は筆記と実技と最終試験。筆記と実技は普通のパスできたのだけれど、最後の最後で私は躓いた。

 最終試験は錬金術で作られた水晶玉、属性判定の水晶球という錬金具に触れるだけという簡単なもの。

 これに触れて水晶の内部に灯った光を見て、その人の得意な属性を確かめるという、最終確認のためだけの行程。


「錬金具の故障を疑い、新しいものも用意したのですけれどね」


「本当、お手数おかけして申し訳ないです……」


 通常、水晶に触れれば灯るはずの光を、私は全く輝かせることができなかった。


「あの水晶球は体内の魔力に反応して、多少の強弱はあれど必ず反応するはずなのですが……」


「私、本当に人間なんですかね?」


 魔力というのは人間の体内を血液のように巡る不思議な力のことだ。それを持たない生物はいないとされている。


「大丈夫ですよ。魔力については、私達も全て解き明かしているわけではありません。貴方は通常の錬金術は行使できますし、錬金具も扱えますからね」


「じゃあ、つまり。扱える属性が無いってことですね」


「……そうなりますね」


 これだと他の錬金術師の手によって作られた属性付きの素材は扱えるけど、自分で新規に作り出すことが出来ない。

 せっかく一級錬金術師にまでなったのに。まさか、こんなことが起きるとは。根本的に才覚がないんじゃどうしようもない。


「えっと、イルマさん。あまり落ち込んではいけませんよ」


「さすがにずっと落ち込んでいますね。今まさに人生の袋小路です。どん詰まりです」


「……そんなイルマさんに、二つの選択肢を用意しました」


 死んだ目をして放った私の言葉を無視してハンナ先生が言った。弟子の絶望に付き合わないで話を進めるあたり、年季を感じる。いやまあ、同情されても解決しないので、助かるのだけれど。


「このまま塔で一級錬金術師として働くか。あるいは私の紹介する仕事先で錬金術師をするか、二択です」


 その申し出に対して、私はすぐに答えを返した。


「塔から出ていく方でお願いします」


 こうして、私の『錬金術師の塔』での生活は終わりを告げた。

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