大人

みず

大人

いつも通り目を覚ましたつもりだった。

しかし、私は体に違和感を覚えた。

部屋を見渡す。

うん、夢か!と思ってもう一度目をつぶってしばらく経ってから開けてみたものの、部屋は変わっていない。

わかりやすく言おう。ここは私の部屋じゃない!!

昔、そうだ、中学生の時1年だけ住んでいた時の部屋だ。

全くその通り!うん!よく思い出したぞ私!!

先程から感じる体への違和感も、だんだん察しが着いてしまう。そうその通り。私は中学三年生の時の私に戻ってしまったようだった。

不思議なことに、この摩訶不思議な体験を意外と冷静に受け入れてしまえる自分の脳みそに少しびっくりした。でも、案外そんなものだろう。

自分のキャパオーバーな出来事が起きると人間は考えるのを諦める。私は諦めるのが得意だった。

だから、すんなり考えるのを諦め、この状況をとりあえず受け入れてみることにする。

中学三年生…何をしていたっけ。というか、今日は何月何日だ、?

ベッドの横に飾ってあるカレンダーは7月になっている。中学三年生の7月と言って私が思い出すのは、彼女のことしかない。

というか、毎年7月はあの子のことばかり考えていた。もう十年も経っているのにこの7月の印象は、私の人生で1番濃かったと言えるだろう。

と、そんな時アラームが鳴って気づく。

学校だ!!!!!!!!

学校に行こう!!!!!

両親は共働きで、2人とも私より早く家を出ているので家には誰もいない。

うん。行ってしまおう。学校に。

あの子がまだ生きている忌々しかった学校に。

そう決めてから私はベッドから飛び起き、見るのも嫌になる制服に着替え、適当に髪を結んで家を飛び出した。早くあの子に会いたかった。

今月末、台風の日に橋から落ちてしまい死体も見つからなくなってしまうであろうあの子に。


教室に入ると、あの子の席がすぐ目につく。

なぜかって?花瓶が置かれてるからだよ。

そう、あの子はこのクラスでいじめを受けていた。



私は中一の時から彼女と仲が良く、そして彼女にとても好意を抱いていた。もちろん恋なんかじゃなかったけれど。そんな軽薄で在り来りな感情なわけあるか!私のこの気持ちが!

あの子は、見た目は真面目そうな雰囲気の漂う女の子だった。あの子のことを一言で表せ、と言われたら(もちろんそんなことは無理だけど)私は多分「星」

だと言うだろう。これはいかにもポエマーチックな言い回しだけれど、私は仲良くなった時からずっとあの子のことを星だと思っていた。

あの子は、とても純粋な子だった。そして純粋すぎるというのは、空気が読めないというのにも繋がるのだ。中学生なんていう難しい年頃の彼らは彼女の絶妙な違和感を嫌い、いじめを始めた。


中二のときだった。

所謂、学校で目立つグループに属する男の子達が、あの子よりも目立つ空気の読めない女の子を馬鹿にし、笑っていた時だった。下の名前までは思い出せないが、確か相田さんとかいう名前だった気がする。相田さんの友達だった子も、自分まで巻き添えを喰らわないようにとその子から距離を置いていた。

なのに、あの子はいつも通り相田さんに「おはよう」と挨拶をした。

その時の教室の空気が変わるのを私はただ見ていた。

それからもあの子はずっと相田さんのことを気にかけていた。

周りはあの子に良くない感情を抱き始めていたのも気づいていた。

しかし、私はその行動をした時、とても心が高揚した。あの子はいつも期待を裏切らない。

あの子は、空気が読めない。

あの子は、人の悪意を微塵も理解できない。

あの子は、私たちが綺麗事だと馬鹿にするような、道徳の教科書に乗るような出来事を本気で信じている。

あの子の視界では、きっと努力は絶対に報われるし、愛には価値があり、夢はいつか叶うのだ。

直接、あの子の口からそう聴いた訳では無いけれど、私はあの子のことを分かっているつもりだった。


彼女がいじめられ始めるのも時間の問題だと私は気づいていた。

でも、何も言わなかったし、何もしなかった。

何を言うって言うんだ?というかどちらに?いじめてる子達か?彼女に少し注意するとか?

あの子は私が言うぐらいじゃ、止まらないでしょう。私の中の星はそんなか弱くないでしょう。

もし、いじめが始まっても、それはあの子が「異常」だという証拠で、私の中の「特別」が間違っていないという証拠になる。

私の中では「勲章」みたいな印象だった。




でも、中三になっていざいじめが深刻化すると、そんなことも言えなくなる。

最初の方は、彼女はちゃんと戦っていた。

なぜ自分がこんなことをされるのか、なぜみんなはこんなことをするのか、理由を見つけ出し、出来れば話し合い、理解し合うことを目指していた。

私はそんなことは当たり前に無理だと気づいていたが、もちろん言わなかった。

しかし、いつまでも彼女といては私も目の敵にされてしまうので、私も周りと同じく彼女を避け始めてた、のが確か7月の初めだった。



今は、7月30日。彼女の命日は明日である。

私はどんな行動をとるか決めていた。

絶対に助ける。

私は大人になったあの子が見たいんだ。

大人になっても、まだ無茶で無謀な馬鹿げた綺麗事を盲信できる人を見てみたいんだ。

だから、私は彼女が教室に入るのを見た瞬間に、「おはよう!」と出来るだけ明るい笑顔でそう言った。

私の記憶よりもずっと暗い表情をしていたあの子は、記憶よりもか細い声で、「お、おはよう」と言った。

絶妙な違和感を覚える。あれ、この子こんなんだったっけ。もっと凛としていなかったか?もっとピンと背を伸ばして真っ直ぐ目を見る子じゃなかったか?

まあ、記憶違いがあっても仕方ないか。

私の中では14歳とは、10年前なんだから。


私はそれから、あの子に頻繁に話しかけた。

話していると、だんだん私の記憶の中のあの子と一致してきて、とても嬉しくなった。


周りの子達は私にこっそりと、「あの子と話すのやめた方がいいって!省かれちゃうよ?」と言ってきた。

私は得意気に笑ってそれでもいいのだと答えた。




ついに今日あの子が死んでしまう、一体どうしよう。というか、私はいつ元の時代に帰れるんだ?これが映画や小説なら、何かをやり遂げたらだろう。絶対そうだ!明日彼女を死なせないことが私の役目だ!

神様がそう言ってるんだ!!

と思い、あの子を死なせないぞ作戦を一人悶々と考えていた時だった。

あの子から、LINEが来た。

「ねえ、今時間ある?池田川の橋まで来て欲しいんだけど。」と。

死ぬには早くないか!?

私は急いで、家を飛び出た。

彼女は傘をさして、一人そこに立っていた。

私はその時から、あの違和感を感じ始めていた。

まるで普通の女の子みたいに見える、と。

いじめられ傷ついて、泣いている。


私は「大丈夫?どうしたの?」と聞くと、

彼女は「ここから飛び降りようと思うの」と言った。


私は視界がひっくり返る気がした。

今彼女はなんと言った?彼女の死は事故じゃなかったの?じゃあ、彼女は台風の日に自殺しただけ?

いじめを受けていた中学生が自殺しただけ?

そんなものじゃないでしょ。あなたは。

あなたは、そんな絶望的な状況でも希望しか見出せないような、私の中の星のような。

そんなことを言うなよ。

彼女の顔で、彼女の声で、全く彼女らしくない言葉を言うなよ。誰だよこいつは。


私は許せなかった。どうしても。

この子がそれを言うのが。

私の中のあの子なら、命は何よりも価値のあるもので、救いはいずれ訪れるのだと言う。


だから私は、目の前に立つ彼女に似た何かを川に突き落とした。






次の日目覚めると、私は元の体に戻っていた。

未来は何一つ変わってはいない。

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大人 みず @hanabi__

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